
利益を生み、事業を成長させることと、社会や環境をより良くすることは両立できるのか。その手がかりの一つが、企業の社会・環境への取り組みを共通の基準で評価する認証制度「B Corp(Bコープ)」だ。『共感と信頼のサステナ経営』を共著した立命館アジア太平洋大学(APU)名誉教授の鈴木勘一郎氏(以下、鈴木氏)とB Corp認証取得支援コンサルタントの岡望美氏(以下、岡氏)に、認証の先にあるB Corpの意義と、日本企業が「良い会社」を目指すための視点を聞いた。
鈴木 勘一郎
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科後期博士課程修了 博士(学術)。1978年(株)野村総合研究所入社。企業調査部、パリ駐在員事務所(所長)、米国スタンフォード大学フーバー研究所(客員研究員)、経営コンサルティング部などを経て、2001年(株)ジーエヌアイ(現ジーエヌアイグループ、東証グロース上場)創業。2007年同社代表取締役社長兼CFO。2009年立命館アジア太平洋大学国際経営学部教授、2020年同大学名誉教授。2023年ジーエヌアイグループ副社長。2026年1月よりEcoRing Japan Holdings 社外取締役に就任。
岡 望美
東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程終了 修士(国際協力学)。2009年ゴールドマンサックス証券(株)入社。2014年日産自動車(株)を経て、2021年にB Corp認証取得支援コンサルタントとして事業開始。B Corp認証を運営するB Lab™︎グローバルパートナー(支部)にあたる一般社団法人B Market Builder Japanの創設メンバー。2025年4月よりB Corpであるマテックス株式会社 社外取締役に就任。
「良い会社」は、思いだけではつくれない
「社会を良くしたい」「従業員や地域に誠実でありたい」。そうした思いを持つ企業や経営者は、日本にも以前から大勢存在してきた。目先の利益だけでなく、社会との関係を見据えて事業を続けてきた企業も少なくない。
しかし、理念として望ましい姿を掲げることと、それを日々の意思決定や行動に根付かせることは同じではない。鈴木氏は、理念を実現する上では、思いを言葉にするだけでなく、自ら納得して行動へ移すことが重要だと語る。

「理念というと、『実現したいビジョン』を思い描くことだと捉えられがちです。もちろん、それも間違いではありませんが、それだけでは絵に描いた餅になってしまいます。同様に大切なのは、自分自身が納得した上で一歩を踏み出し、その実現を図る行動につなげることです」(鈴木氏)
また、最初から明確なビジョンが見えているとは限らない。さまざまな経験を重ねる中で、自分たちが実現したいことを見つけ、まずはやってみる。思うような結果が出ないことも含めて実践を繰り返すことでその理念が徐々に組織に根付いていき、理念は経営の軸になっていくと鈴木氏は考えている。
一方、各社が独自に取り組むだけでは、自社の現在地や、次に改善すべき点を捉えにくい。鈴木氏は、個々の理念や実践を共通の基準で可視化し、企業同士をつなぐ仕組みにB Corpの可能性を感じた。
「B Corpに出会い、見える化するためのツールや仕組みとして、非常にうまく制度化されていると感じました。さらに個別に実践している人たちを横につなぐことでB Corp全体の経営レベルを引き上げていける。そこにB Corpの大きな意義があると思っています」(鈴木氏)
企業のB Corp認証取得を支援してきた岡氏も、共通の物差しを持つことの意味を現場で感じている。社会を変えたいという思いがあっても、効率やコストだけを見れば、環境や社会に配慮した取り組みが競争上の負担になることもある。自らの選択に確信を持てず、「本当にこの方向でよいのか」と迷う経営者もいるという。

「それぞれに『社会を変えたい』という思いがありながら、孤軍奮闘している企業は多いと思います。経済的な合理性だけで見れば、価格が上がることで選ばれにくくなるという壁にぶつかることもありますし、取り組みがうまくいっていても、『自分たちがやっていることは正しいのか』と不安になる経営者もいます。だからこそ、共通の物差しで現在地を測り、取り組みを正当に評価してもらうことに意義があるのだと思います」(岡氏)
B Corpによる見える化は、できていないことを指摘するためだけのものではない。岡氏によれば、認証取得に向けて基準と向き合う中で、「自分たちは、すでにこれができていた」「世界的な基準に照らしても評価できる取り組みだった」と、自社の中に埋もれていた価値に気づく企業もあるという。改善すべき部分を把握すると同時に、これまで言語化できていなかった強みを発見する機会にもなる。
二人の言葉を重ねると、B Corpは単なる「良い会社であること」を示す認証ではないことが分かる。企業が自らの理念と実際の行動との距離を測り、できていることと、これから変えるべきことを捉える。その上で、次の一歩を考えるための起点となるものだ。 では、海外で生まれたB Corpを、日本企業が取り入れる意味はどこにあるのか。日本独自の経営思想や企業文化を、海外の基準に置き換えてしまうことにはならないのだろうか。
B Corpは日本企業の「良さ」を映す物差しになる

B Corpは海外で生まれた仕組みだが、鈴木氏は、日本に根付いてきた共存共栄という経営思想とB Corpのそれぞれが目指す方向は決して違わないと捉えている。
「近江商人の『三方よし』に代表されるように、日本にも目先の利益だけでなく、社会課題の解決やステークホルダーを大切にする考え方が以前からありました。ただ、理念だけでは具体的な進歩やレベルアップが見えにくい。B Corpの強みは、それを見える化できる点にあります。グローバル基準にただ合わせるのではなく、日本企業がもともと持っていた強みを生かすこともできると思います」(鈴木氏)
岡氏も、B Corpを活用する際に、欧米の取り組み方をそのまま当てはめる必要はないと話す。目指す方向を共有しながら、自社の文化や置かれた環境に合う方法を考えることが大切だ。
「日本には、100年、300年と続いてきた企業があります。短期的な利益だけでなく、長期的な時間軸で物事を見たり、人を深く信頼したりするところは、日本企業の良さではないでしょうか。B Corpの基準で現在地を知りながら、日本らしくどう進めるかを考えることが重要だと思います」(岡氏)
共通の物差しを持つことは、自社らしさを手放すことではない。むしろ、これまで感覚的に捉えていた価値を言葉にし、何を改善し、何を自社らしい強みとして伸ばすのかを考えるきっかけになる。
見える化はゴールではない――認証の先に何を生み出すか

自社の取り組みを確認し、弱い部分を改善する上で、見える化は大きな力を持つ。しかし鈴木氏は、認証取得や評価点の向上をゴールにしてはならないと強調する。
「見える化は第一段階に過ぎません。誰もが改善に取り組める状態をつくり、全体の標準レベルを上げることはできます。ただ、点数ばかりを競っていても、それは『点』に過ぎない。その先に、本質的で新しい価値をつくる段階があります」(鈴木氏)
そのためには、共通の基準で土台を整えることと、自社だけの強みを磨くことの両方が必要になる。
「『同じ土俵で戦う部分』と『同じ土俵では戦わない部分』を意識することが重要です。B Corpの基準で、身長や体重を測るように現在地や弱いところを知る。一方で、そこで満足せず、他社がやっていないことや、自分たちが得意とすることを磨いていく必要があります」(鈴木氏)
B Corpは企業を同じ形に整えるための仕組みではない。共通して高めるべき土台をつくり、その上で独自の価値を生み出すために活用するものだ。認証取得は区切りではあっても、企業の変革が終わる地点ではない。
「正解のない問い」に向き合えるか

B Corpの質問や基準は、岡氏によれば、Excelに出力すると数百行に及ぶという。しかも、単純に正誤を選べば終わるものではない。日本でB Corpが広がりにくい背景として、岡氏が挙げたのは、英語や制度の違いだけでなく、「答えが見えにくいこと」だった。
「B Corpの基準に向き合うには、『なぜこの質問が問われているのか』『これまで見過ごされてきた人たちを巻き込むにはどうすればよいか』と深く考える必要があります。その先の解決策は一つではありません。用意された答えがない中で、自社なりの方法を模索することに難しさがあるのだと思います」(岡氏)
海外の事例をそのまま当てはめるのでも、答えがないからと立ち止まるのでもない。問いを自社の状況に置き換え、まず試してみる姿勢が求められる。
「社会に出れば、答えは自分で見つけ出さなければなりません。それをどれだけ自分の課題として考え、やってみることができるか。見える化は学びやすくするためのツールですが、やっていないことは見える化できません」(鈴木氏)
岡氏も、日本企業に必要なものとして「行動」を挙げる。周囲と足並みをそろえる慎重さを生かしながらも、答えを待つのではなく、自ら考え、できることから動く。その力が、予測できない変化に対応するレジリエンスにもつながる。
利益と社会性を「ビジネスのど真ん中」で両立する

答えのない問いに向き合う先にあるのは、利益と社会性を対立させず、事業の中で両立させる経営だ。その考えを端的に表しているのが、書籍の紹介文に掲げられた「利益を追わない企業に未来はない、利益だけを追う企業にも未来はない」という言葉である。B Corpが求めているのは、利益を否定して社会貢献を優先することではない。
「B Corpは『公益性の高い企業の認証』と説明されることもありますが、認証企業はNPOではありません。稼ぎたい、成長したいという気持ちは、大きなモチベーションになります。ビジネスとは別の場所で良いことをするのではなく、事業を動かす力を社会や環境の改善につなげていく。ビジネスのど真ん中で環境や社会を考えることが、B Corpの本質だと思います」(岡氏)
社会も環境も変わり続ける以上、一度つくった仕組みを守るだけでは、企業の価値を維持することはできない。企業には、変化に応じて新しい価値を取り込み続けることが求められる。そして、その取り組みが顧客や社会に受け入れられ、選ばれ続ける上で土台となるのが、書名にも掲げた「共感と信頼」だと鈴木氏は語る。
「人が商品を購入したり、サービスを利用したりする背景には、機能や便利さだけでなく、その商品や会社への共感があります。その共感をきっかけに信頼が徐々に築かれていく。共感から積み上がる信頼は、しっかりとした経営の土台になると考えています」(鈴木氏)
社会や環境への配慮を本業の外側に付け加えるのではなく、商品・サービスの提供や、利益を生み出す仕組みそのものに組み込む。その積み重ねが、経済性と社会性を両立する道になる。
理論と実践を一冊に――二人が本に託したもの
鈴木氏がB Corpと出会ったのは、ESG投資の研究を進める中で企画したシリコンバレー研修だった。その後、エコリングのB Corp認証取得支援や国内外のB Corp企業への取材を重ね、「世界では増えているのに、なぜ日本では広がらないのか」という問いを深めていった。
「本を書くのであれば、アカデミックな内容だけでなく、実践で本当に役立つものにしたいと考えました。岡さんが精力的に認証支援に取り組み、その周りでB Corp認証企業が次々と生まれているのを見て、一緒に考えていただきたいと思ったのです」(鈴木氏)
岡氏のもとには、認証取得を目指す企業の試行錯誤や実践知が蓄積されていた。
「本当に頑張っている会社が報われるように、その取り組みを正しく伝えたいという思いがありました。簡単に認証が取れるように見せることも、難しそうだからと皆が遠ざかってしまうことも避けたい。そのバランスを伝えることが大切だと思っています」(岡氏)
『共感と信頼のサステナ経営』は、サステナビリティが求められる時代背景から、B Corp認証企業の全体像と個別の実践、将来のシナリオまでを扱う。B Corpという制度を知るだけでなく、企業が利益と社会価値をどう結び付け、自社らしい経営をつくるかを考えるための一冊だ。
「B Corpに関わる人たちは、良い意味で『昨日より今日、今日より明日』という考えを持っています。難しい時代だからこそ、しっかりと価値を積み上げられる企業であることが、将来の価値を生み出す土台になります」(鈴木氏)
B Corpを知ることは、認証を取得するかどうかを考えることだけではない。自社の理念は行動につながっているか。社会や環境への配慮は本業の中に組み込まれているか。共通の基準で高める部分と、自社だけが磨く価値は何か。さらに、同じ志を持つ企業とつながり、社会や業界にどのような変化を生み出せるか。二人の対話と本書が投げかけるのは、企業が自らの現在地を見つめ、次の一歩を選ぶための問いである。

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