
5日の夜、ひとつの短い投稿がファンの間を駆け巡った。『HUNTER×HUNTER』の作者・冨樫義博氏が、自身のXで心身の不調を明かし、今後は締切のある仕事の依頼をすべて断ると表明したのである。
発信源は、これまで原稿の進捗を淡々と報告してきた、あのアカウントだった。人気漫画家の活動縮小の報には、本来なら落胆の声が渦巻いてもおかしくない。しかしこの夜、タイムラインを満たしたのは、まったく性質の異なる言葉の数々だった。
冨樫義博氏がXで表明した「心身の不調」と原稿優先の決断
5日午後7時すぎ、冨樫氏は自身のアカウントを更新した。心身の不調が重なったこと、現在引き受けている依頼を最後に、今後は締切のある仕事の依頼をすべて断り、自身の原稿作成を優先すること。そして、原稿作成を再開した際には改めてこの場で発表すること。投稿はごく短い文面で、余計な説明を一切そぎ落としたものだった。
この表明は、オリコンやスポーツニッポンなど複数の媒体が同日中に速報。スポニチアネックスの報道によれば、冨樫氏の投稿にはファンから体調を気遣う声が相次ぎ、原稿を後回しにしてでも静養してほしいという趣旨の反応が目立ったという。
短文ゆえに、何を指して締切のある仕事と呼んでいるのかは明示されていない。ただ、ファンの間ではおおむね、本編の制作そのものではなく、グッズやコラボレーションの監修、記念イラストの寄稿といった、本編以外の付随的な依頼を指すのだろうという受け止めが広がった。本業である『HUNTER×HUNTER』の原稿に集中するために、周辺の負荷を削ぎ落とす。そう読み解いたファンが多かった。
2年間椅子に座れなかった——冨樫氏を蝕んできた身体の不調
今回の宣言を理解するには、冨樫氏が長年抱えてきた身体の問題に触れないわけにはいかない。
冨樫氏を苦しめてきたのは、重度の腰痛だと言われている。その深刻さは、本人が過去にXで綴った言葉からもうかがえる。椅子に座った状態で描くことが2年ほどできなくなり、従来のやり方を諦めることでなんとか執筆を再開した。あらゆる動作に常人の3倍から5倍の時間がかかる。日常生活そのものが脅かされるほどの苦痛のなかで、彼は原稿に向かい続けてきたという。
仰向けに近い姿勢で、背中にクッションを当てながらペンを動かす。そうした執筆環境の断片が、本人の投稿を通じて少しずつ共有されてきた。休載の多さをかつて揶揄する声もあったが、その実態が明らかになるにつれ、受け止め方は大きく変わっていった。サボりではなく、身体を削りながらの創作である、と。
週刊連載からの離脱と、Xが担った「もうひとつの連載」
冨樫氏と『HUNTER×HUNTER』を取り巻く環境は、ここ数年で構造的に変化している。
KAI-YOUなどの報道によれば、2022年12月、ジャンプ編集部は冨樫氏の体調を踏まえ、No.401以降は週刊連載ではない掲載形態で届けると発表した。四半世紀以上続いた週刊連載という過酷なサイクルから、作品は正式に軸足を移したのである。以降は、おおよそ2年おきに10話分をまとめて集中掲載するという独特のリズムが刻まれるようになった。
直近では、9月7日発売の『週刊少年ジャンプ』41号をもって、10週連続掲載が第420話で区切りを迎えた。次回掲載は未定とされている。一方で、今年7月に発売されたコミックス第39巻をもって、電子版を含むシリーズ累計発行部数は1億部を突破した。休載を重ねながらも、作品の求心力はいささかも衰えていない。
誌面の連載が止まっている間、もうひとつの連載とも言える役割を果たしてきたのが、本人のXである。完成した話数の報告、ネームやペン入れの進捗、妻である漫画家の武内直子氏への感謝。そうした断片的な投稿が、ファンにとって作品がまだ生きていることを確かめる灯りとなってきた。今回の宣言もまた、その灯りの延長線上で発せられたものだった。
「漫画だけで十分」国内外のファンが見せた異例のまなざし
人気作家の活動縮小という報に対し、タイムラインを満たしたのは非難ではなく、ねぎらいの言葉だった。
『HUNTER×HUNTER』を描いてくれるだけでファンは十分だ、無理をさせないでほしい。そんな声が数多く寄せられた。あるファンは、むしろ原稿を優先してくれて感謝だと綴った。別のユーザーは、本編以外の仕事を冨樫氏に依頼することを法律で禁止してほしいとまで、半ば本気の冗談で書き込んだ。健康を最優先にしてほしいという一点で、ファンの思いは不思議なほど一致していた。
この現象は、国境を越えて広がった。投稿の引用欄には、フランス語、スペイン語、トルコ語といった複数の言語の反応が並んだ。あるスペイン語話者のファンは、冨樫氏が依頼やイベント、イラストに対して断るべきときに断り、健康をこれ以上悪化させないようにするのは良いことだと記した。トルコ語のユーザーは、周年記念のイラストなどを無駄に引き受けて疲弊しないでほしいと以前から言っていた、と綴った。作品が真にグローバルな財産となったことを、この多言語のねぎらいは静かに物語っている。
創作を守るために、断るという選択
今回の冨樫氏の決断は、派手な炎上とも、悲壮な引退宣言とも違う。身体という有限の資源を、本当に描きたいものへ注ぐための、冷静な取捨選択である。
長年のファンは知っている。彼が原稿作成の再開をXで告げるとき、それは必ず作品という形で返ってくることを。今回の宣言が、物語の続きを誌面で再び味わうための、長い助走の一歩であることを願うファンは少なくない。断ることは、創作を諦めることではない。むしろ描き続けるための選択なのだと、この静かな表明は教えてくれる。



