
福岡県の海外活動をめぐり、新たな公費支出が明らかになった。2025年11月のパリ訪問で、蔵内勇夫前県議会議長ら県議5人が参加した夕食会の費用として、1人約20万円、計約100万円を県が負担していた。服部誠太郎知事は、第三者委員会で支出の妥当性を検証する方針だ。
なぜ、県議の夕食会費を県が負担したのか。今回の支出だけを追っても、その答えは見えてこない。福岡県がいま進めている改革をたどると、長年続いてきた県政の慣例と、行政と議会の関係が浮かび上がってくる。
県議5人の夕食会に約100万円、パリ訪問全体では約5030万円
問題となっているのは、2025年11月に行われた福岡県のパリ訪問だ。蔵内前議長ら県議5人が現地の夕食会に参加し、1人約20万円の費用を県が負担した。服部知事は招待されていたため、参加費はかからなかった。
パリ訪問では、世界的なレストラン評価機関「ラ・リスト」のイベントなどに参加し、福岡の食や伝統工芸を海外のシェフやメディアにPRした。観光セミナーや交流会も開き、現地の旅行会社に福岡を訪問先に組み込んだ旅行商品の造成を働きかけた。県によると、参加した旅行会社から福岡への送客実績も出ている。
訪問全体にかかった費用は約5030万円。県庁側と県議会側の旅費だけでなく、現地でのイベントやプロモーション、車両、通訳などの費用も含まれる。県産品や観光を海外で売り込む事業の中に、今回明らかになった約100万円の夕食会費もあった。
ここで問われるのは、夕食そのものの値段だけではない。県議5人が参加する必要性はどこにあり、なぜその費用を県が負担したのか。公費に見合う役割や成果があったのかという点だ。
海外活動23件に約3.37億円、15件には県議が同行
今回の約100万円は、福岡県が続けてきた海外活動の一部にすぎない。
県が公表した資料などによると、服部知事の就任以降、知事や副知事を団長とする海外活動は23件あり、支出総額は約3億3700万円。このうち15件には県議が同行してきた。
過去には宿泊費も問題になった。2024年のハワイ訪問では知事の宿泊費が1泊12万円を超え、別のロンドン・パリ訪問でも1泊13万円を超えたケースがあった。海外活動をめぐる批判が強まる中、県は従来の運用を大きく変更している。
宿泊施設は原則として基準額の範囲内から選び、知事も職員と同じクラスとする。海外活動の契約は原則競争入札とし、訪問団の人数や必要性を精査する。すべての海外活動を総務部長がチェックする仕組みも導入した。さらに、今後は県側から県議会に海外活動への参加を要請しない。
9月14日には改革の内容をまとめた特設サイト「福岡県庁は変わります~改革の地図~」まで開設した。県自身が、これまでの仕組みを大幅に変える必要があると判断したことになる。
「高額すぎる」県民は4月から疑問を投げかけていた
海外活動への疑問は、「1人20万円」が明らかになって突然始まったものではない。
福岡県が公式サイトで公開している「県民の声」を見ると、4月21日には県議の海外視察について「費用が高額すぎる」とする意見が複数寄せられ、必要性そのものを含め第三者委員会で調査するよう求める声が出ていた。
当時、県議会側は海外活動について、観光や経済、教育などの分野で地域同士のつながりを維持・発展させる目的があると説明。「現時点では、第三者委員会の設置は予定しておりません」と回答していた。
その後も疑問は続く。4月25日には、円安や物価高が続く中で高額な海外視察を行うことや、成果の説明が分かりにくいことへの意見が寄せられた。6月には、海外視察の支出をチェックする仕組みそのものを問題視する声も届いている。
7月には、服部知事と蔵内氏が参加した約5030万円のパリ訪問について、費用の説明を求める意見が県に寄せられた。県はイベント出展や観光セミナーなどの事業費が含まれていると説明し、旅行会社から福岡への送客実績もあったと回答した。
県民が繰り返し尋ねていたのは、何のための海外活動で、なぜこれだけの人数と費用が必要なのかという点だった。そのパリ訪問から、新たに「県議5人の夕食会に約100万円」という支出が明らかになった。
県自身が認めた「約40年」の過度な配慮
なぜ、こうした運用が続いてきたのか。その手掛かりを福岡県自身が公表している。
県が9月14日に公開した「改革の地図」では、県議会と執行部の関係について、かなり踏み込んだ説明がある。
県によれば、およそ40年にわたり、執行部には「議会との摩擦を避けることを優先する」という意識が定着していた。その結果、県職員による議員への過度な配慮が慣行化したという。県議会と知事部局の間には「事実上の上下関係のような意識」や「適切な距離感を欠いた慣行」が長年残っていたとも明記した。
地方自治では、知事と県議会は上下関係ではない。知事側は予算を執行して政策を進め、議会はその予算や政策を審議し、行政が適正に行われているか監視する。双方が有権者から選ばれ、互いにチェックする「二元代表制」が基本となる。
福岡県で起きていたのは、その対等な関係に「配慮」が積み重なっていったという問題だった。
「先生」呼び、出迎え、質問原稿まで 積み重なった慣例
県が見直しを進めている項目を見ると、「過度な配慮」が抽象的な言葉ではなかったことが分かる。
県議を「先生」と呼ぶ。視察へ向かう議員を空港や駅で幹部職員が見送り、帰ってくれば出迎える。年始や年度初めには幹部職員が議員の事務所へ挨拶に出向く。委員会の終了後には職員が廊下に並んで議員を見送る。こうした慣例が実際に続いていた。
さらに県は、職員による議会質問情報の「横流し」や質問原稿の作成を禁止し、「根回し」も廃止した。政治資金パーティー券の購入補助などについても第三者委員会で検証する。
一つひとつを見ると、20万円の夕食会とは直接関係のない話に見える。だが、共通するのは「議会との関係を円滑にするため」という考え方だ。
予算や条例を成立させるには、知事部局と議会の意思疎通は欠かせない。しかし、摩擦を避けることが優先されれば、本来は対等であるはずの関係に少しずつ上下意識が入り込む。県自身が「先生」という呼び方や出迎えまで廃止しようとしているのは、制度だけではなく、日常の行動から組織文化を変える必要があると判断したためだ。
なぜ「前からやっている」は40年も続くのか
古い慣例が残り続ける理由は、誰か一人が強く命令し続けるからとは限らない。
組織では担当者が交代する。新しい担当者は前任者から仕事を引き継ぎ、「去年もやった」「以前からこの方法だ」という情報を基準に動く。問題が表面化しなければ、その必要性をゼロから問い直す機会は少なくなる。
さらに、長年続いた慣例をやめる側には負担が生じる。「なぜ今年からやらないのか」と説明しなければならず、相手との関係が悪化する可能性も考える。続けることには説明がいらず、やめることには説明が必要になる。この差が、慣例を長持ちさせる。
福岡県の場合、その背景に「議会との摩擦を避ける」という意識があったことを、県自身が認めている。
今回の改革で重要なのは、「先生」と呼ばない、見送りをしない、といった個別のルール変更だけではない。「以前からそうだった」という理由だけで続いている仕事や支出を、職員が立ち止まって問い直せるかどうかだ。
20万円の先にある「誰が止めるのか」という問題
福岡県は海外活動について第三者委員会による調査・認定・評価を行い、その結論が出るまで知事、副知事の海外活動を実施しないとしている。
そこで検証すべきなのは、「1人20万円は高かったか」だけではない。
なぜ県議が夕食会に参加する必要があったのか。なぜ県がその参加費を負担したのか。誰が必要性と金額を確認したのか。約5030万円を使ったパリ訪問全体では、どのような成果があり、それは支出に見合うものだったのか。
4月にはすでに県民から第三者委員会による調査を求める声が届いていた。当時は「設置予定はない」と回答していた県側も、いまは第三者による検証と大規模な改革に動いている。
福岡県が公表した「約40年」という時間は重い。
パリの夕食会で使われた約100万円を入り口に問われているのは、一度の支出の是非だけではない。長く続いてきた慣例に対して、「これは本当に必要なのか」と誰が問い、誰が止めるのか。
福岡県が掲げる「悪しき慣例との決別」の成否は、そこにかかっている。



