

大中忠夫(おおなか・ただお)
株式会社グローバル・マネジメント・ネットワークス代表取締役 (2004~)
CoachSource LLP Executive Coach (2004~)
三菱商事株式会社 (1975-91)、GE メディカルシステムズ (1991-94)、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタントLLPディレクター (1994-2001)、ヒューイットアソシエイツLLP日本法人代表取締役 (2001-03)、名古屋商科大学大学院教授 (2009-21)
最新著書:「日本株式会社 新生記」全13巻 (2024.05)、「日本株式会社 人的資本総覧」(2025.02)「日本株式会社 未来設計図」(2025.07)
戦後日本の高度経済成長は、なぜ実現したのか。第1回では、池田勇人が掲げた経済成長政策を軸に、資本の「蓄積・投資・産出」が循環する力に着目。加工貿易立国、戦後復興への思い、企業の社会的役割から、日本経済成長の原動力を読み解く。
1.戦後日本の高度経済成長を実現した環境条件
戦後日本社会の1950-90年までの40年間の、人類史でも前例のない高度経済成長を実現した原動力は何か?これについては、不思議なことに、これまで日本社会自身が客観的に振り返る時間がなかったのではないでしょうか?
その理由のひとつには、経済学界では、そのような大局よりも、個々の具体的事象分析が評価されやすかったことがあるようです。その結果、経済全般について持論を展開することが憚られたこともあったのではないでしょうか?
また、社会全般では、60-80年代の高度経済成長にともなって生じた貿易摩擦や国内環境問題などへの対応、あるいは、急速成長した経済力に対する社会的熱狂や陶酔などが、経済成長の恩恵をもたらした根本的な原因を、客観冷静に直視することを後回しにさせていたのではないでしょうか?
2026年現在、戦後80年が経過し高度経済成長の熱気や陶酔もまた過去の歴史となった今、その原因分析に着手する機が熟したともいえるでしょう。そこで、ベビーブーマー世代の一人としてその課題に挑戦してみたいと思います。先ずは戦後という時期的状況、さらに歴史文化的な土壌から、次の三つの要因が考えられます。
(1)戦後復興への思い:まず、世代の記憶として思い当たるのは、国民全体がほぼ一つになった、戦後日本社会の復興への祈りと願いの存在でしょう。
現代からは想像できない悲惨さと苦しみの中から再び社会復興に向けて立ち上がる社会的な精神エネルギーは合理的な解析を超えるものであったでしょう。そして、その思いの実行集団としては、高い中等教育を受け、勤勉奉仕の労働意欲に溢れたたベビーブーマー世代の存在がありました。
(2)「加工貿易立国」宣言:次に指摘できるのは、その社会状況で提示された「加工貿易立国」の社会経済運営方針でしょう。
この小・中等教育課程を通じて問いかけられたテーゼ、「地下資源に乏しい日本は原材料を輸入し、それに付加価値加工して輸出することで世界経済の一員となる」、は、まことに未来を見据えた卓見でありました。高度経済成長の旗手であった、池田勇人蔵相・首相の「均衡財政」にも下記の記述があります。
| 日本経済をどう運営するか 二、日本経済運営の心構え (三)国際的な視野 とくに、島国であり資源の乏しいわが国は、円滑な国際経済交流が行われて、はじめて経済の発展を期待できる。自給自足主義や、排他主義や、保護主義は、結局日本経済を縮小の方向に導くに過ぎない。このため、わが国が率先して、自由な国際経済主義にのっとった政策を実行し、世界の各国間の交流をできるだけ自由にするように努力するとともに、国内においては国際的に「生産性の高いもの」を作って、国民経済の能率的な発展をはかることが必要である。 |
これが、平易な表現で小中学校の教科書に掲載され、第二次大戦への深い反省とともに、子供達に明るい現実的な未来ビジョンが与えられました。当時の文部官僚の心意気に感謝の念が尽きません。
(3)水稲耕作文化:そして、この加工貿易方針が自然に社会に受け入れられた原因には、数千年に及ぶ日本列島の水稲耕作の歴史文化の基盤があったことも見過ごしてはならないでしょう。日本の「ものつくり」文化の原点は、19世紀まで数千年間、人口の大部分であった農業と工芸産業が醸成していた技術力と価値観にあるといってよいでしょう。
2.池田勇人の資本循環による経済成長政策
しかしながら、これらの文化、土壌基盤だけでは、国家社会全体が経済成長という統合的な目標に向かって起動し始めることはなかったでしょう。
当時の池田蔵相・首相による高度経済成長政策、すなわち、「明確に経済成長の目的と必須要件が提示され、同時にその実行に不可欠な資本が政府から積極的に供給された政策」、がなかったならば、それらの歴史的なエネルギーも経済成長に集約されることはなかったのではないでしょうか。
その高度経済成長政策の構築と実践については、その推進リーダーであった池田勇人・蔵相・首相の著書「均衡財政」(1952実業之日本社)に記録されています。
同書では、経済成長の究極の目標は、世界の平和共存であり、その最重要実現要件は、国民全体による資本循環力であると明確に提言されています。
注1:「均衡財政」では、(第2章)-日本経済をどう運営するか、(第5章)-金融などの諸問題、そして(最終章)-日本経済はどうなるか、までで、日本経済さらには世界経済をどう成長させるかについて、その目的・意義と最重要施策が明確に記述されており、かつそれらの実行経過も記録されています。これらの全体像を本稿で正確に記述することは現実的ではありませんので、本稿ではその主旨である、経済成長の「目的・意義」、「根本施策」、そして、経済成長の原動力としての「会社価値定義」、に関する記述を考察します。
(国会図書館デジタル版:https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000889483 )
ここで注目したいのは、これらの具体的な目的・意義と最重要実現要件が、19世紀以前の古典経済学の二人の創始者、アダム・スミスとカール・マルクス、そして、20世紀後半の株主重視企業経営、あるいは株主資本主義を提起したミルトン・フリードマンらが唱えた歴史的主張とは、むしろ真反対内容となっていることです。
以下では、これら三者の提言との相反性に着目して、池田勇人提言の「高度経済成長政策」の本質を考察します。
(1)目的と意義:世界平和の為の経済成長(<=>A.スミス「国富論」)
アダム・スミスの国富論にも池田勇人の均衡財政にも、共通するのは、個人や会社の自由な競争による経済成長です。しかし、その一方で、18世紀の第一次産業革命出現期と20世紀の第二次大戦後との違いによるものとも思われますが、経済成長の目的と意義については、視野範囲の違いがあります。
アダム・スミスは、広く知れられているように、また、その著書名(国富論:The Wealth of Nations)からも明らかなように、経済成長の目的を国家間競争力の向上としています。これに対して、池田勇人は、以下の抜粋にも示されているように、経済成長は、世界平和共存の基盤であるとしています。
| 日本経済をどう運営するか 一、日本経済運営の目標 われわれは、心から世界平和の維持を念願する。だから、日本経済の運営にあたってもまた、この念願を実現するために、必要な経済条件を造り出すことが根本の目標とならなければならない。では、どういう経済条件が世界平和の維持のために必要だろうか。 第一には、国民の生活水準の向上をはかること。第二には、失業者を減らして完全雇用を維持すること、第三には社会福祉の増進をはかること、第四には、これらのことを、わが国だけで実現するのではなく、他国と互いに協力しつつ実現して、世界人類全体の安定と福祉を増進してゆくこと、大体この四つである。 これらは、いずれも互いに関連し合っているものであるが、せんじつめれば、それは日本経済の発展というか、高度化というか、そういう姿において、実現されるものであるといえよう。その裏付けとなるものは、結局、経済基盤の充実、強化ということでなければならない。 |
(2)根本施策:資本の蓄積と循環(<=>K.マルクス「資本論」)
以下の「均衡財政」抜粋部分で強調されているのは、社会全般的な資本の蓄積こそが経済成長の基盤であるとの認識です。
ここで提起されている資本蓄積とは、国民全体が産出した所得からの余剰蓄積であると述べられています。資本は、人間社会が産出した価値全体であり、これらから、国民所得が生み出され、その余剰蓄積が、資本蓄積なのです。
これは、資本を、資本家の財産であり、資本家とそれ以外との埋めがたい社会格差を出現させた元凶として敵視したマルクス「資本論」とは、根本的に異なった資本認識です。
| 金融などの諸問題 四.資本蓄積の促進 ……資本蓄積の促進によって、日本経済は弾力性を与えられ、そして、これが日本経済をさらに大きく発展させてゆく原動力であることはいうまでもない。 ……資本蓄積力の増加は、根本的には、国民所得の向上によって貯蓄能力を大きくすることである。……そしてこの所得の中から、節約によって生み出したその余剰分が資本の蓄積になるのである。 |
このように、戦後の日本政府は、マルクス資本論とは、根本的に異なる資本認識に基づいた資本主義原則に基づいて、高度経済成長を追求しているのです。
なお、この事実は日本政府が資本主義体制の一員であると自己認識していたことで当然であったとも思われるかも知れませんが、実は、その当時の資本主義社会制度の旗頭であった、米国型資本主義とは、根本的に異なる資本主義認識です。
それは、同時期に米国で提起されたミルトン・フリードマンの著書「資本と自由」(1962)の最重要な主張との比較で明らかになっています。
(3)会社定義:経済成長の推進基盤(<=>M.フリードマン「資本と自由」)
ミルトン・フリードマンは、同書の中で「会社は株主(資本家)の財産」であり、「会社経営者はその財産価値の最大化を最重要使命とする義務を有する」としています。これは、株主の私有財産である会社は、政府からの要求や制約からは自由であるべきとの警告です。
一方、日本社会では、池田勇人政権で、10年間に国民所得倍増、を宣言し、安倍晋三政権のアベノミクス政策では、政府が企業に対して賃上げを要求しています。しかし、これらのことは米国型資本主義体制では、社会常識や秩序を逸脱した行為に他なりません。
また、フリードマンは、同書で、社会に寄与する意図に基づく出費・投資などは、企業経営者による資本家の財産の流用であるとも指摘しています。
これに対して、「均衡財政」では、「会社は、社会的存在」、すなわち「会社は、国民一人一人が自らの所得を最大化して資本を蓄積することで、経済成長に貢献する社会的循環力を生み出す基幹要素」であるとしています。
| 日本経済をどう運営するか 二、日本経済運営の心構え (一)民主主義の精神 ・・・・・私はこの「国民の納得と理解」の上に政治が行われるということが、最も大切なことだと思う。何故ならばどんな政策も、国民の協力なくしては、結局成功を納めえないからである。 ・・・・・・ (二)経済的合理主義の原則 個人の創意と工夫を生かすということは、経済の能率的な発展を期する上に最善の方法であるのみでなく、個人の自由を尊重する民主主義の前提でもある。 ・・・・・‥ 金融などの諸問題 四.資本蓄積の促進 (一)資本蓄積のすじみち-自発的蓄積 今後の日本経済を、国際的な波風に耐える強いものにするためは、・・・・・政府も、企業も、国民も、一体となって資本蓄積の強化に、積極的に努力することが必要で、このための対策はあらゆる角度から検討されなければならない。 日本経済はどうなるか ・・・・・日本経済は、われわれの外で、われわれとは別に動いているような現象ではない。それは、われわれ自身の願いと努力の結晶に外ならない。 ・・・・・それは、単に運命によって外から日本経済にあたえられるものではなくて、われわれ日本人自身によって切り開かるべき針路である。 |
3.資本循環力:戦後80年の日本経済の統計的評価
以上の、池田勇人首相からの伝言は、「資本の蓄積を促進し、その蓄積資本の投資とその結果としての新たな資本の産出を生み出す循環」の提言です。
これは、図1-1に示すように、経済成長は、資本の「蓄積」=>「投資」=>「産出」の、いわば資本循環力によって実現するとの考え方です。
すなわち、
Δ資本蓄積年率>=0
Δ資本投資年率>=0
Δ資本算出年率>=0
であれば、経済は着実に成長するとの考え方です。
図1-1 資本循環力モデル

以下の図1-2,1-3,1-4は、1960年から2024年現在までの、財務総合政策研究所法人企業統計データです。日本企業社会が、この池田首相から後世に託された、資本循環力、が堅実、着実に実現している事実が示されています。。
Δ資本蓄積年率=13.8兆円/年>=0
Δ資本投資年率=46.1兆円/年>=0
Δ資本産出年率=5.2兆円/年>=0
図1-2 日本企業社会の「資本蓄積」推移1960-2024 (純資産成長率)
日本企業社会の「資本(純資産)蓄積」は1960-2024年の64年間に約158倍、年率13.8兆円で成長しています。

図1-3 日本企業社会の「資本投資」推移1960-2024 (全投資額成長率)
日本企業社会の「資本投資」は1960-2024年の64年間に約35倍、年率46.1兆円で成長しています。

なお、1991年の日本経済バブル破裂から成長率が低迷しているようにも見えますが、それは3つの外部要因によるもので、これら3事情を考慮すれば実はその成長は堅実でありむしろ力強いといえることが判ります。
その3事情の説明の前に、まず本稿で取り上げている資本の全投資額について説明します。この全投資額とは、下記表1-1に示すように、「売上原価+販売・一般管理費+営業外費用+特別損益(損失)+法人税・事業税」の合計です。
これら費用は、ベネチア貿易時代に確立された損益会計手法、あるいは20世紀の「会社は株主の財産」とする米国型会計標準では、株主財産の最大化のためのネガティブ要素、コスト、であるのですが、戦後の池田政権が提唱した高度経済成長の原動力としての会社、すなわち社会的存在としての会社では、すべてが「社会に貢献する投資」です。
売上総原価は協力会社や原材料供給業界への投資であり、販売一般管理費は、研究開発費や設備投資、労務費と人件費、はもちろんですが、広告宣伝費や光熱費、情報通信費や運送交通費、不動産建築費なども、視点を180度変えてみれば、社会経済のそれぞれの産業分野の成長のための純然たる投資であることがお分かりになるでしょう。
ここで、なぜ1991年の日本経済バブル破裂以降、なぜこの資本の全投資額がそれ以前の30年間のような急坂な成長を実現できていないのか、その事情を考察します。
まず3つの事情とは、1997年の外資導入自由化、2008年のリーマンショック、2019年のコロナショックです。1997年からは、いわゆる外資導入とともに到来した株主重視経営の要求に応えるためにROE(株主資本利益率)を急速に高める必要から、株主利益増大化のための対応として、人件費を含めて売上原価と販売・一般管理費が緊急なコスト圧縮の対象となりました。成果主義報酬制度や非正規社員制度の導入もこの時期でした。
この一時的な利益率アップ行動が一段落することで、再び資本投資額の上昇が始まった折に、2008年のリーマンショック、2019年のコロナショックが足を引っ張っています。しかしながら、これらにもかかわらず、2020年代は再び上昇傾向が始まっています。これには、2023年からの政府要請による賃金アップを企業社会が受け入れていることも大きく影響しているでしょう。
表1-1 企業総生産(資本産出)と企業全投資(資本投資)の構成要素

図1-4 日本企業社会の「資本産出」推移1960-2024 (GDP成長率)
表1-1が示すように、企業の資本産出額、すなわち、企業総生産(GDP)は、「人件費(含む労務費)+当期純利益+法人税・事業税」の合計額です。これは企業の売上高から、外部から購入した製品サービスの全てを差し引いた、企業の正味の資本創出額です。

図1-4は、日本企業社会が、このGDP総額を、1960年から2024年までの64年間で5.9兆円から356.5兆円まで、約60倍に、年率5.2兆円で、成長させていることを示しています。
日本企業社会、そしてそれが支える日本経済は、1960年以後の60余年間に、高度経済成長政策を起動した池田勇人の提言通り、資本の循環力を力強く着実に実践して、現在に至っています。



