
キングコングの西野亮廣が、19歳でデビューしてから現在まで「1日平均睡眠時間が2〜3時間ぐらい」とXで明かし、話題になっている。本人によれば、46歳の現在も健康だという。
寝る間を惜しんで働く――。そんな成功者の逸話は、なぜか人を引きつける。だが、本当に「寝ない人ほど成功する」のか。西野が睡眠を削って何をしてきたのかを追うと、日本人が長く信じてきた「努力」の形まで見えてきた。
「19歳から睡眠2〜3時間」
西野は9月11日、自身のXで、19歳のデビューから現在まで1日の平均睡眠時間が2〜3時間ほどだと投稿した。これまでは「睡眠障害」だと思っていたものの、46歳になった現在も健康で、人間ドックでも毎年褒められるため「もしかすると、ショートスリーパーなのかもしれない」としている。
折しも「1日30分睡眠」を公言する堀大輔氏をめぐってショートスリーパーへの関心が高まっていた。ただ、西野が短時間睡眠を語ったのは今回が初めてではない。過去にはニューヨーク滞在中の生活について「一日平均20時間ぐらい稼働」と明かし、自ら「寝てない自慢をする43歳!」とも表現していた。若手時代についても長時間働いていたことを繰り返し発信している。西野にとって短い睡眠は、単なる体質の話だけではなく、仕事量を語るエピソードにもなってきた。
睡眠を削って生まれた時間、何をしている?
現在の西野は、テレビに出演する芸人という枠だけでは説明しにくい。絵本や映画、舞台・ミュージカル、オンラインコミュニティーなど複数のプロジェクトを抱え、音声や文章による発信も続ける。海外で作品づくりをしていても日本の仕事は動く。ニューヨーク滞在時には現地でミュージカル関連の仕事を進め、日本が動き始める時間になると日本向けの仕事をこなし、朝まで作業する生活を明かしていた。
若手時代も、テレビ収録だけで一日が終わったわけではない。収録の合間にネタを考え、ネタ合わせをし、ライブの準備もする。現在は仕事の種類が変わったが、複数の仕事を同時に動かすスタイルは続いている。重要なのは、単純に「睡眠を削れば使える時間が増える」という話ではない。西野は、起きている時間の多くを仕事や作品づくりへ投入すること自体を、自分の競争力として語ってきた。その仕事観と「2〜3時間睡眠」は切り離しにくい。
さんまも「暇は寝なきゃ作れる」 成功者に付きまとう“寝ない伝説”
同じように「寝ない人」として語られてきた代表格が明石家さんまだ。2023年には、NBAのプレーオフを多い日は1日4試合見るとラジオ番組で話し、「どこにそんな暇があるのか」と聞かれると「暇は寝なきゃ作れる」と答えている。仕事でも趣味でも、睡眠を減らせば使える時間が生まれるという発想だ。
孫正義氏も2024年のソフトバンクグループ株主総会で、新たなAI構想を考える中、2日続けて3時間しか眠らなかったと話した。ただし、これは恒常的な3時間睡眠を意味するものではない。それでも、巨大な仕事に取り組む人が睡眠まで削った話は「それほど仕事に没頭している」という象徴になりやすい。西野、さんま、孫氏では生活も仕事も違う。それでも「寝ない」という事実が、その人物のエネルギーや仕事量を示すエピソードとして消費される点は共通している。
でも「寝ない=成功」なら、8時間寝る成功者はどう説明する?
ここで矛盾が生まれる。Amazon創業者のジェフ・ベゾスは、むしろ8時間の睡眠を重視すると公言してきた。PBSのインタビューでは、十分に眠ることでよく考えられ、エネルギーが増え、気分も良くなると説明している。経営者の仕事についても、膨大な数の判断をすることではなく、少数でも質の高い判断をすることが重要だという考えを示している。
つまり、起きている時間を最大化する西野型とは発想が逆だ。睡眠を削って仕事量を増やすのではなく、睡眠を確保して判断の質を落とさない。どちらも大きな仕事をしている以上、「睡眠時間が短いから成功した」という因果関係は導けない。成功者に共通するのは睡眠時間ではなく、限られた時間の中で何を優先するかをはっきり決めていることではないか。
それでも日本で「寝ない成功者」が格好よく見えてきた理由
それでも日本では長い間、「寝ずに働いた」という話が努力の証しとして語られてきた。
背景にあるのが、長く働くことと頑張ることを結びつけてきた労働観だ。高度経済成長期以降の企業社会では、会社に長くいることや仕事を優先する姿勢が組織への貢献として評価されやすかった。結果として、短い時間で同じ成果を出すことより、遅くまで働いている姿そのものが「頑張っている」と受け取られる場面も生まれた。
その価値観が完全に過去のものになったわけではない。日本では過労死が社会問題となり、2014年には過労死等防止対策推進法が成立した。国が毎年「過労死等防止対策白書」をまとめ、長時間労働の削減を政策課題として掲げるまでになった。2025年公表の白書でも、長時間労働の削減やメンタルヘルス対策が引き続き主要なテーマになっている。つまり日本社会は、「長く働くこと」を美徳としてきた側面の裏側で、その働き方によって生じる問題への対策を国を挙げて続けている。
日本人の睡眠時間が短いのは偶然ではない
睡眠時間にも、その働き方の一端が表れている。厚生労働省が紹介する2021年のOECD調査では、日本人の平均睡眠時間は1日7時間22分で、調査対象33カ国の中で最も短かった。厚労省の広報誌では睡眠研究者の柳沢正史氏が、日本には睡眠を重視しない社会慣習があり、仕事や勉強、自分の時間などを先に確保し、「残りの時間で眠る」という考え方が典型的な働く世代にみられると指摘している。
ここで西野の「2〜3時間睡眠」が違って見えてくる。もちろん西野個人の生活を、日本人全体の働き方と同一視することはできない。それでも「寝る時間まで仕事に使う」という行動が「すごい」と受け止められやすい土壌は、日本社会が長く持ってきた価値観と無関係ではないだろう。
8時間眠った成功者より、3時間しか寝ずに働いた成功者の方が「努力した人」の物語として分かりやすいからだ。
睡眠不足を「努力」と呼んできた代償
一方、国が示している方向は明確に変わっている。厚生労働省は成人に対し、6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保することを推奨している。また、過労死等防止対策白書では、睡眠の不足感が大きい人ほど疲労を翌日に持ち越す頻度が高く、うつ傾向や不安が強まり、主観的幸福感も低くなる傾向が報告されている。
つまり社会は今、「長く働く人は偉い」から「限られた時間で成果を出す」方向へ変わろうとしている。
にもかかわらず、SNSでは「睡眠3時間」「20時間稼働」といった数字が今も強い。健康的に8時間眠った話より、ほとんど寝ずに働いた話の方がニュースになる。そのギャップこそ、「寝ない成功者」がいまだに注目される理由の一つではないか。
西野とベゾス、違うのは「何を削るか」
西野の仕事観とベゾスの考え方を並べると、成功するための時間の作り方には正反対の方法があることが分かる。西野は睡眠時間を極端に短くしながら、大量の仕事や作品づくり、情報発信を続けてきた。一方、ベゾスは睡眠を確保し、重要な判断に頭を使う。どちらが正しいかを決められる話ではないし、西野の生活が他人にも再現できるとも限らない。
それでも両者の違いから見えるものはある。24時間の中で何を増やすかを考えるとき、日本では長い間「睡眠を削る」という答えが称賛されやすかった。しかし、本来削れるものは睡眠だけではない。不要な会議、惰性で続けている仕事、優先順位の低い作業を減らす方法もある。西野の「2〜3時間睡眠」が本当に問いかけているのは、何時間寝れば成功できるかではない。限られた時間から何を削り、何を残すのかという選択なのだ。
「寝ずに頑張った」は、これからも成功談になるのか
西野が医学的な意味でショートスリーパーなのかは、Xへの投稿だけでは判断できない。ただ、過去の発信までたどれば、西野が長年にわたり「寝ないこと」と膨大な仕事量を近い場所で語ってきたことは分かる。そして、その話に私たちが驚き、ニュースとして消費する背景には、「人より長く働く人は、人より努力している」という古い成功者像も透ける。
日本人の睡眠時間は国際的に見ても短い。それでも社会は長時間労働を減らし、睡眠を確保する方向へ動き始めている。西野の「2〜3時間」がすごいかどうかだけを語る時代から、「それだけ寝ずに働く必要があるのか」を問う時代へ変わっていくのか。寝ないことが成功者の勲章として語られ続けるのかどうかは、日本人の働き方そのものを映す物差しにもなりそうだ。



