
動物は、自分の異変を言葉にできない。夜、容体が急変しても、ナースコールを押すことさえできない。人がそばで見ていなければ、助かるはずの命が助からないことがある。獣医師の唐津健輔氏は、日中の病院で働いていた8年間、そのような場面に幾度も直面してきた。入院した動物を夜は誰も看ていられない。その無力感が、一つの発想につながる。
時間をずらし、夜だけ灯りをともす病院をつくれないか。2021年、唐津氏は茨城県で初めての夜間動物病院を開いた。そして、その現場を支えるために選んだのが、週休3日という働き方だった。動物のための医療と、人が長く働ける現場。その二つを、唐津氏は一つのものとして築こうとしている。
夜だけ、灯りをともす病院
つくば夜間動物病院の診療は、夜に始まる。受付は、夜8時から深夜2時半まで。多くの動物病院が店を閉め、街が寝静まっていく時間に、この病院の灯りはともる。名前のとおり、夜だけ開いている病院だ。掲げるスローガンは、「夜間の不安を安心に」。2021年8月、院長の唐津健輔氏が、茨城県で初めての夜間専門の動物病院として開いた。
夜という時間に、動物病院の需要は本当にあるのか。開院前、唐津氏自身も、その手応えを完全にはつかめていなかった。銀行に提出した事業計画では、来院は1日に5件ほど、月にして150件ほどと見込んでいた。ところが、蓋を開けてみれば、その想定は大きく外れる。

唐津 健輔氏(以下、唐津氏)
「いまはその3倍くらい来院されます。月に400件を超えるくらいの患者さんがいらっしゃいます。夜に不安を感じる飼い主さんは、思っていた以上に多かったんです」
平均にすれば、1日あたり13件から14件。開院から2026年6月までの累計では、1万6千件を超える動物が、この病院を頼って夜間に運び込まれてきた。茨城県内にとどまらず、隣の県から訪ねてくる飼い主も少なくない。
なぜ、これほど夜に需要があるのか。理由の一つは、飼い主がペットの異変に気づくのが、夜のことも多いからだ。仕事を終えて帰宅し、ようやく一息ついてペットと向き合う。そのとき、様子がおかしいことに気づく。何かを口にしてしまった、いつもと違って震えている、と。だが、かかりつけの病院はもう閉まっている。どうすればいいのか。そうした行き場のない不安を抱えた飼い主が、この病院の扉を叩く。
診療の対象は、犬と猫に絞っている。来院する割合は、ほぼ半々だという。ウサギや小動物など、犬猫以外のペットも世の中には増えているが、それらに適切な医療を提供するのはまだ難しいという判断から、受け入れは行っていない。そして、この病院が引き受けるのは、基本的に緊急の対応だ。人間の医療に夜間救急があるように、料金体系も、日常のかかりつけとは異なる、夜間救急に応じたものになっている。気軽な日常使いのためというより、いざというときに駆け込める場所。そういう役割を、この病院は担っている。
夜の街に、ぽつりとともる灯り。その灯りが、どれほど多くの飼い主の不安を受け止めてきたか。数字がそれを物語っている。では、唐津氏はなぜ、この”夜だけの病院”をつくろうと思い立ったのか。その答えは、彼が獣医師として過ごした最初の8年間にさかのぼる。

見ていれば、助けられたかもしれない命
唐津氏が獣医師になったのは、2011年のことだ。以来、開業までのおよそ10年のうち、8年を日中の動物病院で過ごした。
働きはじめて最初の5年ほどは、自分の技術を上げることに精一杯だったという。だが、経験を重ねて中堅と呼ばれる頃になると、見えてくるものが変わってくる。目の前の患者は、本当は何を求めているのか。自分は、その期待に応えきれているのか。そう考えるようになったとき、唐津氏の前に、一つの大きな課題が立ちはだかった。入院管理である。
体調を崩した動物を検査し、入院が必要だと判断する。手術をすれば、当然すぐには帰せない。何日か、病院で預かることになる。ところが、夜になれば、その入院動物を看る人間が、誰もいなくなる。獣医師も、遅くまで残業して、夜10時ごろまでは病院にいる。だが、そこから翌朝7時に出勤するまでの間、動物はひとりきりで夜を越さねばならない。そして、その数時間のうちに、容体は大きく変わることがある。
唐津氏
「人間と違って、動物はナースコールができません。状態が変わったかどうかは、人が見ていないと分からない。でも、一人の患者に一人つきっきりで見ておくというのは、現実には大きな困難を伴います。体力的な限界を感じながらも、責任ある仕事ができていないのではないか、という感覚がどこかにありました」
夜のあいだに、容体が急変する。朝、出勤した唐津氏を待っていたのは、時に、看取れなかった命だった。見ていたとしても助けられなかったかもしれない。だが、見ている人間すらいなかった。その事実が、獣医師としての唐津氏に、重くのしかかった。一頭の動物に一人を張りつけることはできない。仕方ない……と自分に言い聞かせ、またその日の診療業務にあたった。
そのジレンマの中で、ふと、一つの発想が浮かぶ。夜が問題なら、時間をずらせばいいのではないか。日中の病院に夜勤を組み込むのが無理なら、いっそ夜だけを引き受ける病院があればいい。そこへ移せば、夜のあいだも、人が動物を看ていられる。中堅になった、7、8年目の頃のことだった。
唐津氏
「当時、夜間専門の病院というのは、ほとんどありませんでした。昼も夜も仕事をするのは大変ですが、時間をずらして夜だけ働くのなら、できるかもしれないし、地域に貢献できる可能性がある。そう考えたんです」
その着想には、もう一つ、静かな動機が重なっていた。地元への思いだ。唐津氏が育ったのは、つくば市の近くの取手市である。生まれ育った地域で、動物たちの力になれたら。実家の近くから飼い主が訪ねてくると、いまも少し嬉しくなるという。夜の医療の空白を埋めたいという課題意識と、この土地に返したいという思い。その二つが、唐津氏を開業へと押し出していった。

週休3日は、最初から決めていた
つくば夜間動物病院を語るうえで、欠かせない特徴がある。週休3日制だ。しかもこれは、経営が軌道に乗ってから導入したものではない。唐津氏は、夜間病院を始めると決めた、まさにその時点で、週休3日にすることを決めていた。
唐津氏
「週休3日は、もう最初から決めていました。夜間をやるぞ、となった時点で決定していたんです」
根拠は、二つあった。一つは、厚生労働省が示す働き方の指針だ。夜勤を含む勤務の場合は、週休3日が推奨される、という趣旨の記述がある。唐津氏は、それに素直に則ることにした。もう一つは、実感だった。夜勤をしながら週休2日で健康的な生活をするのは、かなりきつい。休みの日も、日中働く人と同じサイクルで過ごすわけではない。出かければ生活リズムが崩れ、また夜から勤務に入る。そのくり返しでは、体がもたない。3日ほど休めるほうが健全なのではないか。そう考えたという。
週休3日を、唐津氏はただの休日数として捉えていない。休みが休みとして成り立つよう、いくつかの徹底したこだわりがある。まず、仕事を家に持ち帰らせない。動物看護師には物品の発注やシフト管理などの事務作業もあるが、それを勤務後に自宅でやるようなことは、絶対にさせないようにしている。かつては、仕事を終えてから発注作業をするスタッフもいた。だが、そうした働き方では長続きせず、自分の時間も持てない。そう考えて、持ち帰りをやめさせた。そして、休日の呼び出しを一切しない。今夜は緊急が入ったから来てほしい、という連絡は、一切ない。休みの日は、完全に休みなのだ。
シフトの組み方にも、その姿勢は表れている。3連休にして4日連続で働くのが最も健全だが、1日ずつ飛び飛びに休みを取る人もいれば、土日休みに加えて水曜に1日休みを挟んで気分よく働く人もいる。どう休むかは、働く本人の希望に、できるかぎり合わせる。もっとも、その分だけ、シフトを組む側の苦労は増す。全員の希望を汲みながらシフトを成立させるのは、並大抵ではない。それでも唐津氏は、そこを引き受ける。副業も自由にしている。休みが増えたぶん、他で働きたい人は働いていい、という考えである。
こうした働き方が、スタッフの暮らしを、目に見えて変えた。分かりやすいのは、休日の過ごし方だという。
唐津氏
「みんな、旅行にすごく行っていますね。私が以前働いていた日中の病院では、休日は疲れて寝るだけ、という話をよく聞いていました。でも、うちのスタッフは本当に、自分の時間を楽しんでくれているんです」
疲れを癒すためだけの休みではなく、やりたいことのための休み。旅行に出かけ、推しを追いかけ、自分の時間を生きる。夜間という過酷になりがちな現場で、スタッフがそんな日々を送れていること。それこそが、唐津氏が最初から築こうとしていたものだった。
人を増やすことが、医療の質になる
週休3日を成り立たせるには、一つ、避けて通れない条件がある。人手だ。全員が週に3日休むということは、その穴を埋めるだけの人員がいなければ、現場は回らない。つくば夜間動物病院のスタッフは、いま25人ほど。獣医師と動物看護師が、およそ1対2の割合で在籍している。この規模が、動物病院の世界では、際立って大きい。
唐津氏
「動物病院全体で言うと、院長が1人に看護師が3、4人、という病院が8割から9割を占めます。夜間病院でも、全部で5、6人、多くて10人以内で、持ち回りでやっているところがほとんどです。1日に待機しているのが獣医師1人、看護師2人、というところが多いのではないかと思います」
これに対し、つくば夜間動物病院では、1日の出勤が獣医師2人、動物看護師6、7人にのぼる。同じ夜間病院と比べても、倍以上の人員が現場に立っている計算だ。唐津氏自身、これほどの人数になるとは、始めた頃には思っていなかったという。開業時のスタッフは、唐津氏を含めて5人。獣医師は唐津氏1人、あとは動物看護師4人という、ごく小さな体制だった。それが、想定を超える需要と、予想以上に集まる応募者に押される形で、少しずつ大きくなっていった。
多くの人手は、単に休みを回すためだけのものではない。それは、そのまま医療の質に直結している、と唐津氏は考える。
一つは、断らずに済むことだ。手が足りなければ、受けられない患者が出る。とりわけ、この地域には大型犬を飼う家庭が多いという。大型犬の診察は、人手を要する。レントゲンを撮るだけでも、体を横にしたり、仰向けにしたりと、何人もの手がいる。人が少なければ、大型犬は診られませんと断らざるをえない病院も少なくない。飼い主にとって、いざというときに受け入れてもらえないことは、切実な悩みだ。だが、この病院は、人手があるからこそ、断らない。開院以来、診療を断ったことは一度もないと、唐津氏は言い切る。
もう一つは、一頭一頭に、細やかに向き合えることだ。多くのスタッフがいれば、一頭の動物に十分な手をかけられる。慌ただしさに追われて雑になることなく、丁寧なケアができる。そして、獣医学も動物看護学も、日々新しい知見が生まれる世界だ。一人ですべてを知り尽くすことはできない。人数がいれば、スタッフ同士が知恵を持ち寄り、互いに学び合える。人の多さが、病院全体の力を底上げしていく。
そして、手厚い人員は、この病院の持続可能性そのものを支えてもいる。年中無休で夜間の診療を続けるには、誰か一人が欠けても現場が止まらない体制が欠かせない。人数に余裕があれば、急な体調不良や、冠婚葬祭で休みが必要になったときにも、無理なく穴を埋め合える。特定の誰かに過度な負担が集中せず、一人ひとりが健康に働き続けられる。手厚い人員配置は、医療の質を高めると同時に、この病院が長く走り続けるための土台にもなっている。

現場に立つ院長が、仕組みをつくる
呼び出しをなくし、持ち帰りをなくす。そうした働きやすさは、精神論だけで実現できるものではない。無駄な手間を一つひとつ削り、現場が滞りなく回る仕組みをつくって、初めて成り立つ。つくば夜間動物病院では、その仕組みづくりを、意外な人物が担っている。院長の唐津氏、その人だ。
唐津氏は、日々の業務で気づいた非効率を、自らの手でデジタルの仕組みに置き換えている。なるべく紙を使わず、コンピューターで処理できるようにする。とはいえ、専門のエンジニアではない。その都度、必要なことを調べながらつくっていく。
唐津氏
「5年前はまだAIもなかったので、プログラミングの勉強も少しはしたのですが、これは自分には無理だと一度は挫折しました。ところが数年経つと、どうやら自分でコードを全部書かなくてもいいらしいと分かってきた。いまはAIがコードを書いてくれますし、アイデアさえあれば、かなりのことが形にできます」
実際につくってきたものは、地味だが、現場を確かに助けている。たとえば、勤怠を記録するタイムカードの仕組み。以前はデータが消えてしまう不具合に悩まされていたが、自作したことで解消し、費用もかからずに運用できるようになった。
より大きかったのが、来院した動物の情報を管理する仕組みだ。かつては、その日訪れた動物の情報を、ホワイトボードに手書きしていた。犬種、年齢、症状。だが、用意した枠は8頭分。実際には1日に13頭、14頭と訪れるようになり、書ききれなくなる。字が小さくて読めない、といった問題も起きた。そこで唐津氏は、これをデジタルの表に置き換えた。ボタンを押すと色が変わり、その動物がいま診察中なのか、入院したのかが、一目で分かる。誰が来て、誰がまだなのか、取りこぼさないための仕組みだ。
そして、この病院ならではの重要な業務も、仕組みで支えている。報告書の送付だ。つくば夜間動物病院は、夜間に診た動物について、その子がもともと通っているかかりつけの病院へ、今日はこういう処置をしました、という報告書を送っている。翌朝までに確実に届けるための業務だが、その送り忘れを防ぐ管理表を、唐津氏は自作した。開発には1か月を要したという、この病院のなかでは大がかりな仕組みだ。
こうした内製が可能なのは、唐津氏が、経営者でありながら現場にも立っているからだ。オーナーとして病院全体を見わたす目と、日々患者に向き合う現場の目。その両方を持っているからこそ、どこに無駄があり、何を変えれば現場が楽になるかが、手に取るように分かる。
唐津氏
「もともと夜間動物病院というのは、数が多くありません。だからこそ、自分のやりたいように試して、うまくいくかどうかを確かめられる。そのくり返しが、いろいろなアイデアにつながっているのだと思います」
外部の業者に頼めば、時間も費用もかかる。自分でつくれば、更新も速く、コストも抑えられる。現場を知る院長が、必要な仕組みを、必要なだけ、自らの手でつくっていく。その積み重ねが、スタッフの負担を減らし、あの働きやすさを、裏側から支えている。

夜と昼で、地域を一つの丸に
開院から5年、つくば夜間動物病院は夜だけの診療を続けてきた。だが2025年5月、そこに新しい試みが加わった。昼間の診療である。とはいえ、これは事業を拡大して”昼も開ける病院”になろうという話ではない。その狙いは、もっと別のところにある。
これまでの夜間診療は、いわば短距離の関わりだった。夜に運び込まれた動物を診て、応急の処置をし、翌朝にはかかりつけの病院へ引き継ぐ。関わるのは、その一晩だけ。だが、あるとき唐津氏は、その形に足りないものがあると気づく。それは、引き継ぎを受ける側の負担だった。
唐津氏
「1日では治らないような病気の動物を、最初の数時間だけ治療して、ある程度安定したので残りをお願いします、という形で送っていたわけです。でも、かかりつけの先生は、当然その夜のことはご存じない。朝、病院に来たら、いきなり状態の重い動物が運び込まれている。それは、地域の病院にかなりの負担を強いているな、と感じたんです」
これは、他院への批判ではない。むしろ唐津氏は、自分自身が地域の病院にそうした負担をかけてきた側だと、省みている。どうせ地域で協力して一頭の動物を診ていくのなら、もっと安定した状態で引き継いだほうがいい。そのほうが、受け取る病院の負担は軽くなり、動物の治療成績も上がるはずだ。夜に緊急で運び込まれた動物を、朝に慌ただしく手渡すのではなく、落ち着かせてから戻す。そのための時間として、昼間の診療帯を設けたのだ。
昼の診療は、13時から19時まで。この時間には、もう一つの意味もある。日中の一般的な動物病院は、昼休みに入る時間帯があるからだ。多くの病院が、正午から夕方まで、一度診療を止める。その間、急に動物の具合が悪くなっても、行き場がない。つくば夜間動物病院の昼間診療は、その空白の時間に運び込まれる動物も、外来として受け入れる。
夜が明ける前の時間を担い、日中の病院が休む時間を埋める。そうして、地域の動物医療を、時間の面で切れ目なくつないでいく。 もっとも、昼間の診療に力を入れすぎるつもりはないという。昼も夜も同じように診療すれば、結局はただ夜まで開いている病院になってしまう。そうではなく、あくまで夜に緊急で運び込まれた動物を回復させる場でありたい。夜間救急という軸は、動かさない。そのうえで、朝と昼の空白を埋め、かかりつけの病院と手を携える。地域の動物病院がそれぞれの持ち場を担い、その隙間をこの病院が引き受けることで、地域全体が一つの、切れ目のない丸になる。唐津氏が思い描いているのは、そんな地域医療の姿だ。

命の現場を、続けられる仕事に
唐津氏は、この業界の先行きを、決して楽観していない。犬や猫を飼う世帯は、これから確実に減っていく。かつては、獣医師は儲かるという世間のイメージもあったが、いまは状況が変わってきている。動物病院の数も、これから増えることはなく、むしろ減っていくだろうと見ている。近年は、大きな資本が中小の病院を次々と買い取り、グループにまとめていく動きも活発だという。人間の医療で地方の病院が統廃合されていくのと、同じことが、動物の世界でも起きている。
そんな厳しい見通しの中でも、唐津氏は次々と新しいことに着手している。その一つが、2025年12月に予定している病院の移転だ。すぐ近くへ場所を移し、スペースを広げる。そこには、屋内のドッグランを併設する。屋外のドッグランが一般的な中で、なぜ屋内なのか。その背景には、この5年間で唐津氏が診てきた、ある光景がある。夏の盛り、熱中症で運び込まれる動物が、後を絶たなかった。多くは助けられたが、助けられなかった命もある。元気に走り回っていた動物が、炎天下で命を落とす。天候のせいだけではない。飼い主の意識も、酷暑の日にドッグランを開けている側の事情も、いくつもの要因が重なって、その命は失われる。ならば、暑さに左右されない屋内の場所をつくれないか。唐津氏にとって屋内ドッグランは、そうして失われた命への、一つの答えでもある。
もう一つ、スタッフのための取り組みも始めた。取材のわずか2日前にオープンしたばかりの、ピラティスのスタジオだ。女性が多い職場の福利厚生として、会社でパーソナルスタジオを持ち、スタッフが安い料金で使えるようにした。働く人の健康を、仕事の外側からも支える試みである。
こうして次々と手を動かす一方で、唐津氏は、取材の依頼にも積極的に応じている。その理由は、目先の損得ではない。
唐津氏
「取材にお応えするのも、この動物医療の世界のことを、一人でも多くの方に知っていただきたいから。それが一番の理由です」
市場が縮んでいくことと、いま目の前でペットを飼い、その健康を願う人がいることは、別の話だ。限られたリソースの中で、飼い主がどれだけ安心できる場をつくれるか。そこにこそ、経営者としての手腕が問われる。唐津氏は、そう考えている。そして、その先に見据えているものを、こう語った。

唐津氏
「治すということは、臨床医として、ある程度できて当たり前です。そこから先、その医療をどれだけ多くの人に行き渡らせられるか。そして、働いている人が、どれだけ長く続けられるか。それを実現するのが、私の使命だと思っています」
治すのは当然。問われるのは、それを地域に行き渡らせ、担い手が働き続けられる仕組みをつくること。この使命感が、これまで見てきた週休3日も、手厚い人員も、地域との連携も、屋内ドッグランも、すべてを貫いている。夜、異変を訴えられない動物のそばに、人がいる。その一点のために始まった病院は、いま、働く人を守り、地域の医療をつなぎ、失われる命にまで手を伸ばそうとしている。唐津氏が引き受けたその使命は、夜の街の灯りとなって、今夜もともり続けている。



