
御茶ノ水駅から歩いて数分、文京区本郷に1051床を抱える巨大な大学病院がある。順天堂大学医学部附属順天堂医院。高度な周産期医療を担う特定機能病院をめぐり、今Xで”私も”と過去の体験談を語る声が相次いでいる。1000床を超える大病院の診察室で、患者たちは何を感じ、何を持ち帰ったのか。
子宮外妊娠と言われた女性 「その胎児が私です」
反響の口火を切ったのは、9月27日にXへ投稿された女性の体験談だった。女性の母親はかつて順天堂病院を受診した際、医師から子宮外妊娠と告げられ、妊娠の中断を勧められたという。診断に納得できなかった母親は複数の医療機関を回ったが、投稿によれば、行く先々で「順天堂が言うなら間違いない」と言われ続けた。最終的に県外のクリニックを受診すると、子宮内に胎児がいることが確認されたという。そして投稿は、こんな一文で締めくくられている。
「その胎児が私です」
強烈な告白だ。投稿者にとっては、自分の出生そのものにつながる、人生の分岐点ともいえる出来事だった。もちろん、これは投稿者が母親から聞いた過去の体験談であり、当時のカルテや超音波画像、検査結果、医師側の説明内容などは公開されていない。この投稿だけから、実際の診断経緯や医学的な正誤を外部から検証することはできない。それでも、その胎児が私ですという言葉が持つインパクトは大きい。そして、この投稿をきっかけに、別の”私も”が現れ始めた。
順天堂医院は東京都文京区本郷にある1051床の特定機能病院で、2025年度には外来患者数が105万4434人に上る。高度な医療を担う大学病院であり、産科では地域周産期母子医療センターとして周産期医療にも対応している。順天堂で言われたという言葉には、患者側からすれば、それだけで大きな重みがある。その病院をめぐって、今度は破水をめぐる体験談が飛び出した。
破水じゃない 翌朝に再検査すると
9月25日にも、順天堂病院で出産したという女性がXに自身の経験を書き込んでいた。女性によると、夜中に破水したと思って病院へ行ったところ、「破水じゃないですねー」と言われて帰宅したという。しかし、本人にはどうしても納得できない感覚が残った。「いやでも絶対破水だと思った」そう考えた女性は翌朝、もう一度自ら病院へ向かい、再検査を受けた。すると、破水と確認されたという。女性はその後の投稿で、順天堂の産婦人科医師らについて、破水を認識できなかったことへの不満や、謝罪がなかったことを訴えている。実際に医学的な見落としがあったのかどうかは、Xの投稿だけでは判断できない。診療記録や検査結果を確認しない限り、破水を見逃したと断定することもできない。ただ、患者側に残ったのは、「自分ではおかしいと思っていたのに、一度帰された」という記憶だった。順天堂医院は現在、希望する産婦に24時間体制で無痛分娩を提供しており、公式サイトでは同院で分娩する妊婦の約8割以上が無痛分娩を選択していると説明している。高度な医療体制を掲げる病院だからこそ、診察室で交わされた一言が、その後も患者の記憶に残ることもある。そして、ここからXのタイムラインには、さらに別の体験談が現れ始めた。
「私も」「うちの家族も」過去の体験談が続々
一連の投稿をきっかけに、引用リプライや関連投稿には、産婦人科以外の体験談まで集まり始めた。ある女性は、義父が順天堂の眼科で処方された目薬について、別の眼科から「処方が間違っている」と指摘されたと投稿。別の男性は、家族が胸水を抜く処置を受けた際の病院側の対応について、不満を抱いた経験を投稿している。さらに、産後に血腫ができ、処置そのものには感謝しているものの、その後も強い痛みが続き、何度訴えても十分に対応されなかったとする女性の投稿もあった。「御茶ノ水の順天堂、お世話になったけど私も次出産することあったら別の病院を探す」そんな声もある。過去からの印象を語る投稿も出てきた。
「順天堂の病院があれこれ燃えてるけど何を今更という感じ」「いつか燃えると思ってた」
といった投稿まで並ぶただ、Xに投稿された体験談の数だけで、順天堂医院全体の診療の質を判断することはできない。病院で何の問題もなく診療を受けた人は、その日の出来事をわざわざSNSに書き込むことは少ない。一方で、強い不満や恐怖を感じた人は、その記憶をネットに残すことがあるからだ。それでも、一つの投稿をきっかけに過去の経験が次々と掘り起こされていること自体は、今回の騒動の特徴といえる。患者が診察室を出た後に何を感じたのかという情報は、病院の病床数や患者数といった数字には表れにくい。今回、Xで次々に投稿されているのは、そうした診察室の外側に残った記憶ともいえる。そして、順天堂医院をめぐっては、実は9年前にも大きな訴訟が報じられている。
9年前にも無痛分娩をめぐる提訴 順天堂側は何を語ったのか
2017年9月、順天堂医院の無痛分娩をめぐる訴訟が大きく報じられた。2015年2月、無痛分娩で第1子の女児を出産するため同院に入院していた女性が、陣痛促進剤の投与を受けた後、激しい下腹部の痛みや嘔吐などを訴えたという。そして入院から2日後の2月6日午後7時ごろ、女性は一時心肺停止状態に陥った。胎児は死産となり、女性には子宮破裂が起きていた。女性と夫は2017年9月15日、学校法人順天堂と担当医師らを相手取り、計約1億4000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。原告側は、陣痛促進剤について十分な説明がないまま投与されたことや、激しい腹痛や嘔吐などの症状があったにもかかわらず対応が遅れたことなどを主張。無痛分娩における産科医と麻酔科医の連携などにも問題があったと訴えた。これはあくまで原告側が訴状で主張した内容であり、提訴されたこと自体をもって医師側の過失が確定したわけではない。提訴直後の2017年9月19日には、原告側代理人の貞友義典弁護士が厚生労働省に対し、順天堂医院の特定機能病院の承認を取り消すよう求める書面を提出したことも報じられた。
当時、順天堂医院側は、訴状を見ていないためコメントできないとの趣旨の説明をしていたと報じられている。現在の順天堂医院は、24時間体制の無痛分娩を提供し、分娩する妊婦の約8割以上が無痛分娩を選択していると公式サイトで説明している。また、同院は過去に臨床研究をめぐる不備を公式に公表し、対象者への謝罪や再発防止策を発表したこともある。過去の訴訟と今回Xに投稿されている体験談を、同じ問題として扱うことはできない。ただ、2017年に無痛分娩をめぐる訴訟が報じられた順天堂医院で、2026年の今、今度はX上に私も~という患者側の体験談が相次いでいる。9月25日から28日にかけて広がった今回の投稿について、個々の内容が事実なのか、医学的にどのような判断が適切だったのかは、SNSだけでは分からない。一方、順天堂医院の公式サイトでは、今回X上で拡散している個別の体験談について、現時点で説明や謝罪を行った発表は確認できない。「その胎児が私です」という投稿をきっかけに始まった今回の連鎖。今後、病院側から何らかの説明があるのかにも注目が集まりそうだ。



