
全国各地に設置され、多くのファンが巡礼に訪れるポケットモンスターのマンホール蓋「ポケふた」。その扱いを巡り、SNS上で激しい議論が巻き起こっている。
公共空間におけるエンターテインメントのあり方、そして寄贈を受けた自治体の管理責任について考察する。
パイプ椅子の下敷きになった「ポケふた」と真っ二つに割れた世論
事の発端は、18日にXへ投稿された一枚の写真である。そこには、人気キャラクターが色鮮やかに描かれたポケふたの真上にパイプ椅子が無造作に並べられ、一般の利用者が腰を下ろしている光景が収められていた。
この写真が拡散されると、ネット上の世論は真っ二つに割れた。ポケふたを目的として遠方から足を運ぶ熱心なファン層からは「観光資源に対する敬意が足りない」「気分がどん底すぎる」と悲痛な声が上がった。世界に一つしかないオリジナルデザインの作品が、単なる地面の一部として蔑ろにされている状況は、彼らにとって到底受け入れがたいものだった。
一方で、非ファン層や一般の通行人の視点に立つ人々からは、「地面にある以上、踏まれて当然」「公共の場なのだから特別扱いは不要」と冷ややかに見る意見が続出した。美しい装飾が施されていようと、形状がマンホールである以上、実用品としての物理的な宿命からは逃れられないという、極めて現実的な指摘である。さらに、いくら顔が鮮明に映っていないとはいえ、一般の利用者がパイプ椅子に座っている様子を無断で撮影し、不満と共にSNSへ投稿する行為そのもののモラルを疑問視する声も上がるなど、議論は複雑な様相を呈している。
「地雷」「過剰な要求」…SNSで広がる議論の飛躍とすれ違い
この議論の中で注目すべきは、ファンに対する手厳しい意見の数々である。
あるユーザーは、「ポケモン好きだし撮りたい気持ちもわかるが、興味ない人からしたら本当にただのデコったマンホール。大事にしろと言うのはズレている」と指摘し、別のユーザーからは「地面に存在している時点でそれはただのマンホール。いくら歩いてもいいし、他の方に見せるよう配慮する必要もない」と、公共空間における非ファン層の権利を主張する声が上がった。
さらに、「下水の蓋じゃないなら、地面に設置せずに額縁に入れて飾ればいい。イベント広場のど真ん中に設置しておいて、知らない人に踏むな、配慮しろとキレるのはやりすぎ。地雷でしかない」という極端な意見まで飛び出す事態となった。多くの人が行き交う広場や歩道に設置されている以上、物理的な接触を避けることは難しく、一般人に過度な配慮を求めるのは現実的ではないという見方である。
ただ、ここで見落とされがちなのは、議論の過程で生じた「意見のすれ違い」である。発端となった投稿者の主張は、「歩行者はポケふたを避けて歩くべきだ」といった日常的な空間利用の制限を求めたものではない。あくまで、イベントの設営において、わざわざポケふたの上にパイプ椅子を配置するような運営側の配慮のなさを嘆いたものと捉えるのが自然だろう。
しかし、SNSという場の特性上、言葉の意図が飛躍し、「日常的な歩行まで制限する過剰な要求」として受け取られ、批判が拡大してしまった側面は否めない。このすれ違いこそが、公共空間における価値観の共有がいかに困難であるかを物語っている。
株式会社ポケモンが掲げるロマンある設定と寄贈の条件
では、ポケふたは周囲の無理解に晒されても仕方がない「ただの下水蓋」なのだろうか。株式会社ポケモンの公式サイトを紐解くと、そこには単なるインフラ設備に留まらない、確固たる世界観が設定されている。
「ディグダ(ポケモンの名称)が掘った穴の跡に、その『しるし』として誰かが絵を描いているというウワサ。次の『しるし』は、どこに現れるのでしょうか」
現実世界とポケモンの世界が交差する、壮大なロマンとして位置づけられているのだ。さらに重要なのは、自治体に対する設置の前提条件である。公式サイトの問い合わせフォーム関連ページには、次のように明記されている。
「弊社といたしましては、ポケモンマンホールをただ設置していただくだけでなく、観光資源化などとして積極的に広報にご活用いただける自治体への寄贈を、希望しております」
ポケふたは、企業側から自治体へ原則無償で寄贈されている。2019年末には製造予定数を大幅に上回る応募が殺到し、新規受付を一時停止したほどの人気プロジェクトだ。企業側は多大なコストとクリエイティビティを投じて観光資源を提供しているのであり、単なる実用品を配っているわけではない。
豊橋市の事例に見る「誘致した側の無関心」と設置場所のジレンマ
ここで浮き彫りになるのが、寄贈を受けた自治体側の管理責任と空間デザインの欠如である。
実際に全国のポケふたを巡っているあるファンは、愛知県豊橋市のポケふたを訪れた際の残念な体験を明かしている。駅前広場でイベントが開催されており、ポケふたのすぐそばに屋台が出店していたため、全く近寄ることができなかったというのだ。観光の目玉として誘致したはずのモニュメントが、同じく自治体が許可したであろう地域イベントによって完全に阻害されてしまうという、皮肉な逆転現象である。
前述のパイプ椅子の件も構図は全く同じだ。イベント広場の中心など、人が滞留したり機材が置かれたりすることが容易に想定される場所に設置しておきながら、イベント開催時の運用ルール(例えば、ポケふたの周囲には物を置かない等のガイドライン)が徹底されていない。
別の愛好家が指摘するように、そもそも敷地の端など、動線やイベント利用と干渉しにくい場所へ設置するなどの配慮が足りていないと言わざるを得ない。日常の歩行やイベント利用と、ファンの鑑賞・撮影という非日常のアクションが衝突しないよう、都市計画的な視点でのゾーニングが不可欠なのではないだろうか。
コンテンツツーリズムの成熟へ向けて。インフラとエンタメの融合点
アニメやゲームのIP(知的財産)を活用したコンテンツツーリズムは、いまや日本各地の地方創生において欠かせない要素となっている。しかし、人気コンテンツを誘致して終わりという行政の姿勢では、今回のような軋轢を生むだけだ。
ポケふたを探しにその土地を訪れるファンは、決して物好きな一部の層ではない。彼らは遠方から足を運び、その街で食事をし、買い物をし、経済効果をもたらす立派な観光客である。自治体は、人気のキャラクターマンホールをもらえたと単に喜ぶだけでなく、公式が明言している観光資源としての積極的な活用という条件を重く受け止めるべきだ。
地面に設置する以上、日常的に足で踏まれることは避けられない。それはインフラとしての宿命である。しかし、意図的にパイプ椅子の下敷きにされたり、屋台で完全に隠されたりする状況は、行政側の運用と管理の工夫次第で十分に回避できるはずだ。縦割り行政の弊害か、観光課と道路管理課、イベント運営側の連携が取れていない現状が透けて見える。
ポケふたは、ただのマンホールのふたではない。企業と地域、そしてファンをつなぐ大切なしるしである。この騒動を単なるネット上の炎上として片付けるのではなく、公共空間におけるエンターテインメント・コンテンツの適切な運用・管理について、各自治体が今一度見直す契機とすべきだろう。



