
マイクを握る中森明菜の右手は、小刻みに震えていた。約30年ぶりに出演した「ミュージックステーション」で、新曲「ごめんと、すきと、」と代表曲「難破船」を歌い終えた中森は、タモリを前に「緊張しちゃいました」と笑い、リハーサルまでは平気だったものの、顔を思い浮かべると悲しくなったと語った。
長い空白を越えて再びテレビで歌う姿に、ファンが安堵と声援を送るなか、楽しんごはその震えを箸で再現し、中森の口調までまねた動画をXに投稿した。批判を受けて削除し、謝罪したものの、その直後も反省を冗談にするような発信を続けたため、問題は一本の動画から、本人が何を悪かったと考えているのかという不信へと広がっていった。
約30年ぶりの中森明菜に向けられた視線
7月17日に放送された「ミュージックステーション 1500回記念 夏の2時間スペシャル」は、中森を長く待ち続けたファンにとって、出演そのものが大きな出来事だった。以前のような声量や堂々とした立ち姿を比べるためではなく、いまの中森が再びカメラの前に立ち、歌を届けようとする姿を見守る時間だったからだ。マイクを持つ手の震えも、言葉を探すような間も、久しぶりの大舞台に立った緊張として受け止められ、SNSには「よく戻ってきてくれた」「最後まで歌い切ってくれた」といった声が並んだ。
中森はデビュー当時から、歌番組で緊張すると手が震える姿を見せることがあったと振り返るファンもいる。本人が緊張を口にし、感情をこらえながら歌っていた場面を見れば、多くの視聴者が笑うより先に応援したくなったのは自然だった。声が細くなっても、手が震えても、最後まで歌う。そこにあったのは弱さではなく、長い時間を背負ってステージへ戻ってきた歌手の覚悟だ。その余韻がまだ残る放送2日後、楽しんごは中森の震える手だけを切り取り、別の意味に変えてしまった。
箸を大げさに震わせた3分間
楽しんごが19日に投稿した動画では、鍋を食べる箸を大げさに揺らしながら「明菜、食べます」と話し、タモリの顔を思い出して涙が出るという中森の発言まで、ふざけた調子で再現していた。動画は3分近く続き、本人は同じ時期に中森を「時代を超えて愛される存在」と称賛し、以前一緒に写真を撮った際の上品な印象もつづっていたため、敬意を示す言葉と実際の行動との食い違いが、いっそう強く映った。
ものまねは、話し方や歌い方、表情など、本人の特徴を誇張して笑いを生む芸である。しかし、衣装や決めぜりふをまねすることと、本人が抑えようとしているように見える身体の震えを笑いの中心に据えることでは、受け手が感じる痛みが違う。中森が久しぶりの出演で見せた緊張を、放送直後の話題性ごと自分の動画に移し替えれば、観察力よりも「誰より先に使いたい」という欲が透けて見える。批判が集まったのは、単に動画が面白くなかったからではなく、応援されていた瞬間を、本人のいない場所から笑いものにしたように見えたからだった。
「大好きだった」が釈明にならなかった理由
批判を受け、楽しんごは20日に動画を削除し、中森本人とファンへ謝罪した。中森が大好きなあまり気持ちが行き過ぎ、「芸人として何か面白い視点で投稿できないか」と考えた結果、配慮を欠いた表現になったと説明し、悪意はなかったとも釈明した。しかし、謝罪動画で「誰かがまねする前に」「いち早くやろうと思った」という趣旨を語ったことで、謝罪文とは別の動機が見えてしまった。
中森への思いがあふれて投稿したのではなく、手の震えがSNSで切り抜かれているのを見て、他人より早く話題に乗ろうとした。その説明では、「好きだから行き過ぎた」という言葉より、注目が集まっているうちに自分のネタへ変えたかったという焦りのほうが強く残る。悪意がなかったとしても、相手が傷つき得る場面を選び、誇張して公開した事実は消えない。
謝罪後の投稿で深まった不信
炎上をさらに長引かせたのが、その後の発信だった。楽しんごは謝罪後、「大変反省していますが、とりあえず夕食を取って宜しいでしょうか。天下一品がもうすぐ閉店なので」と投稿し、続けて「反省してたらマッチョになりました」と発信した。普段から食事や筋肉をネタにしている本人にとっては、通常の投稿へ戻っただけだったのかもしれないが、頭を下げた直後に反省という言葉まで笑いに使えば、謝罪そのものが炎上を乗り切るための寸劇に見えてしまう。
ここで批判の焦点は、中森のものまねをしたことから、本当に問題を理解しているのかという疑いへ移った。整った謝罪文を投稿しても、その直後の振る舞いが軽ければ、言葉は簡単に空洞化する。SNSでは、批判も引用も再生回数や反応数として積み上がり、嫌われながら名前を広げることもできる。謝罪後まで冗談を続けたことで、少なくとも反省より話題を途切れさせたくないように見えた。
中森の手が震えていた夜、多くの人はそこに、長い時間を越えて歌おうとする覚悟を見ていた。楽しんごは同じ場面から、誰かがまねする前に使える動きを拾った。「大好き」「悪意はなかった」と繰り返しても、敬意は言葉ではなく、相手が最も無防備になった瞬間をどう扱うかに表れる。震えながら歌う人の横から、その震えだけを奪って笑いに変える行為を、芸人のサービス精神で包むことはできない。



