
少子化が進み、遊べる場所は減り、準備も片付けも面倒がられる。夏の風物詩でありながら、家庭用花火の市場は静かに縮んでいる。多くの花火メーカーが同じ商品を作り続けるなか、若松屋はまったく別の問いを立てた。会社として、この事業で世の中に何を返せるのか。
その問いはやがて、花火にとって最も分の悪いテーマ──環境へと向かう。遊べばゴミになり、煙も出る花火で、どう貢献するのか。答えを探して若松屋がたどり着いたのは、中身ではなくパッケージを根本から作り替えるという、業界では誰もやらなかった一手だった。

「大きく見せる」ことが正義だった業界で
若松屋がSDGsと本気で向き合い始めたのは、数年前のことだった。会社として世の中に何を返せるのか。その問いを社内で突き詰め、花火という事業を国連が掲げる17の目標に一つずつ照らし合わせていった。
多くの項目は、花火ともともと相性がよかった。誰もが分け隔てなく楽しめること。同じ火薬でも、使い方次第で人の心を明るくできること。花火はそうした「人の気持ちに寄り添う」価値を、はじめから備えている。つまずいたのは、環境だった。この商品で環境問題に直接貢献するのは、どう考えても分が悪い。 普通なら、ここで別のテーマを探す。だが若松屋は、その旗色が悪い場所から逃げなかった。同社で営業部門を率いる竹内 直紀氏は、当時をこう振り返る。

竹内 直紀氏(以下、竹内)
「環境という切り口で考え始めた瞬間に、一度苦しくなったんです。花火は二酸化炭素も出るし、遊べばゴミにもなる。それでも、環境に対して会社として貢献したい、世の中のためになりたいという気持ちがすごくあったので、そこだけは手放したくなかった。考えて、考えて、考え抜いた末に、じゃあ中身の花火はそのままに、包んでいるパッケージのほうをまるっきり変えてしまおう、と」

こうして生まれたのが、ビニールを使わず紙だけでつくる「エコパッケージ花火」だった。
この商品は、花火業界の常識にことごとく逆らっていた。花火やお菓子のパッケージは長らく、「少ないものを多く見せる」ことを競ってきた。大きいほうがいい。たくさん入っているように見えるほうがいい。中身が見えない商品は売れない、とすら言われてきた。エコパッケージ花火は、その反対を行く。小さく、飾らず、中身は剥き出しのままだ。
売れるはずがない。そう考えたのは、取引先だけではなかった。この商品を手がけた社内の営業ですら、はじめは戸惑ったという。花火は子供が買うもので、面白そうなパッケージにするのが常識だ。こんなものを誰が買うのか、売れるわけがない。そんな声を、若松屋はずいぶん浴びせられた。
ところが、時代が若松屋に味方する。当時、大手の流通各社はそれぞれSDGsへの取り組みを進め、店頭にエコ商品の売り場を設けたり、環境配慮型の商品を積極的に採用したりしていた。花火でエコという意外性も手伝って、初年度からいくつかの企業が「売れるかどうか」ではなく「会社としての取り組み」として、この商品を店頭に並べた。
すると、想定をはるかに超えて売れた。用意した分が、夏本番を待たずに完売してしまう。誰もが驚く結果だった。
一度売れてしまえば、話は早い。花火の上位4社の商品が同じ棚に並ぶ大手流通で数字が出れば、その事実は業界中に伝わる。翌年には、他社もこぞってコンパクトなエコパッケージを出してきた。若松屋が切り開いた売り場は、瞬く間に業界の新しい定番へと変わっていった。
数字がそれを裏づけている。業界初の環境配慮型花火として2023年に発売されたこのシリーズは、3年間の販売実績が推定で約5億円。累計出荷数は68万個を超えた。取り扱う企業は約170社、販売店舗は約7,500店にまで広がっている。プラスチックをなくし、生産と運搬のコストを下げた分、内容量はむしろ従来品より約2割増えている。
なぜ売れたのか、店頭に立って確かめる
想定を超えて売れた。だが若松屋は、その事実に満足しなかった。なぜ売れたのかが、わからなかったからだ。
業界には長く、花火は思いつきで買う衝動買いの商品だ、という前提があった。ならばパッケージで華やかに目を引くのが正解になる。しかしエコパッケージ花火は、その正解の逆で売れている。理由を確かめないまま次の一手は打てない。そこで竹内氏は、答えを買った人に直接聞くことにした。
初年度に商品を並べてくれた店に頼み込み、盆の時期に自ら売り場へ立つ。花火を買った客に、その場で声をかける。一つの店で30人ほどに話を聞き、あわせて客が花火を選ぶ様子をずっと観察した。
わかったのは、業界の前提がそもそも間違っていたということだった。花火は衝動買いではなく、消費する日を決めてから買いに来る目的買いの客が、思いのほか多い。しかも、その選び方は驚くほど慎重だった。

竹内
「衝動買いに近いものだと思っていたら、みなさん、意外なほどじっくり選んでいるんです。特にお母さんですね。こっちのほうが本数が多いんじゃないか、と手に取って見比べている。大きなホームセンターだと、一人のお客さんが二、三十分は商品を見ています。子供はキャラクターの花火を持ってくるけれど、最終的に決めるのは親のほうで、そこはかなりシビアなんです」
慎重に見比べる目に、エコパッケージ花火はむしろ強かった。開ければ花火がそのまま入っていて、遊ぶたびに小袋を破る手間がない。小袋がないぶんゴミも出ない。コンパクトで扱いやすく、しかも中身の本数はむしろ多い。飾りを削ぎ落とした結果として残ったこれらの利点は、じっくり選ぶ客にこそ届いた。
なぜ客が店同士を比べないのかも、売り場でわかってきた。花火を買う回数は年に数えるほどで、多くの人にとってそれは、別の目的で訪れた店で「ついでに」手に取るものだ。だから客は、店をまたいで値段を比べたりはしない。その店の棚にある選択肢のなかで、最も納得できるものを選ぶ。棚の中だけの勝負であれば、尖った商品ほど目に留まる。逆張りが効いたのは、偶然ではなかった。
この「客が何を見て選んでいるのか」という関心は、その後の商品開発にも受け継がれていく。若松屋が2025年に実施したアンケートでは、花火を買うときに何を確認するかという問いに777件の回答が集まり、そのうち65%以上が「どの種類がどれくらい入っているか」を気にしていた。ところが既存のセット花火は、パッケージの四方にデザインが詰め込まれ、肝心の中身がひと目では確認しづらい。
そこで若松屋が出したのが、外枠のデザインをあえて消し、中身をすべて見せる「ハシまでびっしり」シリーズだ。表面には商品名と入っている種類だけを大きく載せる。びっしり入っているという自信があるからこそ、飾らない。エコパッケージ花火で確かめた「客はごまかしを見抜き、中身で選ぶ」という手応えが、ここでも形になっている。

ところで、若松屋とは何者か
ここまで一社の花火メーカーとして書いてきたが、そもそも若松屋がどういう会社なのかに触れておきたい。この会社の立ち位置を知ると、エコパッケージ花火の逆張りも、次に語るアプリの発想も、腑に落ちてくるからだ。
若松屋があるのは、愛知県西尾市。愛知は、花火の本場と呼ばれる土地だ。花火を日本で最初に見たのは徳川家康だと言われ、その家康ゆかりの三河地方は、今も花火づくりの中心地とされる。公益社団法人日本煙火協会に所属する三百数十社のなかでも、愛知は花火屋の数が最も多い。ただしその多くは、打ち上げ花火やおもちゃ花火を「つくる」製造の担い手である。有名な花火大会や花火師がいるというより、ものづくりの集積地なのだ。
花火とひと口に言っても、夜空に開く打ち上げ花火と、家庭で遊ぶおもちゃ花火は、業界としてはまるで別物だ。使う技術も、売る相手も、流通の仕組みも異なる。ほとんどの会社はどちらか一方に特化している。この二つを両方手がけているのは、若松屋だけだという。

その上若松屋は、国内の工場で職人が花火を製造する一方で、海外から面白い花火を大量に買い付け、それを全国の花火屋へ卸してもいる。打ち上げ花火の世界は、北海道から沖縄まで、それぞれの土地の花火屋が地元の大会を担う地場産業だ。県をまたいだ交流は少なく、遠くの土地のことは互いに知らない、閉じた業界でもある。そのなかで若松屋のもとには、全国の花火の動きや流行の情報が自然と集まってくる。他社の情報を持っている花火屋は、そう多くない。
売上の内訳を聞くと、今はおもちゃ花火が5割強、打ち上げ花火が3割強、残りがその他という構成だ。おもちゃ花火の市場は、上位4社で全国シェアの約95%を占める。東京の2社はもともと玩具メーカーが花火に参入した企業で、愛知の2社はもともと花火屋だった企業。若松屋はその愛知の一社であり、シェアでは長く首位級を保ってきた。
つまり若松屋は、閉じた地場産業のなかにいながら、全国を見渡す視野と、二つの花火を横断する引き出しを併せ持つ、例外的な一社なのだ。エコパッケージ花火という逆張りが生まれたのも、業界の内側の常識に染まりきらず、外から市場を眺める目があったからだろう。
そしてその目は、商品だけでなく、花火をめぐるもっと根深い問題にも向けられていた。花火が売れない。その原因を掘り下げたとき、若松屋は「そもそも花火を遊ぶ場所がない」という、業界の誰もが薄々わかっていながら手をつけてこなかった構造にたどり着く。
「花火をやる場所がない」を解く
花火の売上が振るわない。その理由を若松屋が探っていくと、消費者の声は一点に集まった。遊ぶ場所がない、というのだ。
愛知の人間からすれば、花火などどこでもできるという感覚がある。だが都心部では事情が違う。大きな音の花火や打ち上げ花火を禁じる公園が増え、その背景には、遊んだあとの後片付け不足や、深夜までの騒音といったマナーの問題があった。環境の変化とマナーの浸透不足が、遊べる場所の減少につながっている。実際、若松屋が自社アカウントで行ったアンケートでは、おもちゃ花火で困ることの最多が「遊ぶ場所の確保」で、回答の51.3%を占めた。
しかし調べてみると、手持ち花火であれば楽しめる場所は、思っていたよりも多く残っていた。問題は、場所がないことではなく、どこでできるのかを人々が知らないことだった。ならば、その情報を届ければいい。発案したのは、煙火部門の部長だった。他業界がアプリで情報を届けている例にならい、花火のできる場所を検索できるアプリをつくればいい、と。こうして2021年5月に生まれたのが、スマートフォン向けアプリ「Hanabi-Navi」である。同業他社にはない、若松屋だけの取り組みだ。
需要があるかどうかもわからないため、まずは名古屋版で試した。名古屋市は基本的にどこでも花火ができる街だが、転入してくる人が多く、できると知らないために遊ばない人が少なくない。店頭のQRコードなどでの案内が中心だったにもかかわらず、短い期間で人口の数%が使った。この手応えをもって、翌年には全国版へと踏み出す。
ここで際立つのが、若松屋の割り切り方だ。このアプリは無料で、広告も一切入れていない。誰からもお金を受け取らず、運営費は自社が負担するだけ。アプリを使った人が若松屋の花火を買う保証もない。それでも続ける理由を、竹内氏はこう語る。

竹内
「正直、花火を遊びたい人が場所を探しているわけだから、ここで花火まで買ってくれる人は少ないだろうな、という感覚は初めからありました。でも、業界として花火を遊ぶ人そのものが増えてくれれば、うちの売上もいずれ増える。だから、これは一社の商売としてやるというより、やらなきゃいけない活動なんです」
自社の販売にすぐ跳ね返らなくても、市場そのものを広げる。その考え方は、着実に成果を生んでいる。アプリの累計ダウンロード数は28万を超え、花火で遊べる場所の掲載は4,000件を上回った。
さらに若松屋は、アプリを起点に、遊べる場所を増やす働きかけにも踏み込んでいる。人口10万以上でアプリ未掲載の243自治体を対象に、2021年と2025年を比較して調査したところ、51の自治体が新たに花火をできるようになっていた。一方で、192の自治体は依然として花火を禁止している。若松屋はこの192自治体に対し、なぜ花火ができないのかを尋ねるアンケートを行い、それぞれの課題を解決するための花火の提案資料を送った。禁止という現状を、ただ受け入れずに動かそうとしている。
この動きが、花火をめぐる制度の複雑さと、それでも道はあるという事実を浮かび上がらせる。国は花火を禁止していない。国は公園の管理を都道府県に任せ、都道府県はそれを市区町村に委ねている。だから花火の可否は、最終的に市区町村ごとのルールで決まる。たとえば新宿区は区として公園での花火を禁じているが、区内の戸山公園は都立公園であり、都は禁止していないため花火ができる。同じ区の中でも、管轄の違いで結論が変わるのだ。こうした入り組んだ情報を一つずつ調べ、掲載しているのがHanabi-Naviである。
効果は数字にも表れている。東京23区で花火ができる区は、アプリを始めた2021年には11区だったが、2025年夏には19区にまで増えた。もちろん、いつでもどこでも自由にというわけではなく、期間限定、場所限定、時間限定といったルールを伴うことが多い。それでも、遊べる場所は確かに広がっている。
そして2026年、若松屋はこのアプリの運営を、一社から業界へと開いた。愛知・三河地区の花火5社でつくる卸業組合による共同運営へと切り替えたのだ。調査員が増え、掲載エリアや件数の拡大が進む。一社が始めた市場開拓の試みは、業界全体で担うインフラへと育ちつつある。

中身は変えず、周辺を変える
エコパッケージ花火も、店頭に立って確かめた売り方も、遊べる場所を探すアプリも、ばらばらの施策のように見えて、根は一つでつながっている。
中身の花火そのものは、実はほとんど変わらない。夜空に開く大玉も、手元で光る手持ち花火も、昔からある火薬の技術の上に成り立っていて、まったく新しい花火が生まれることは稀だ。変えられないものを無理に変えようとするのではなく、その周りを作り替える。パッケージを、売り方を、遊べる場所を。若松屋がやってきたのは、一貫してそれだった。
同じ発想は、新しい商品にも息づいている。かつてのギャル文化をモチーフにした「ギャル花火」は、平成の空気を懐かしむ親世代と、それを新鮮に感じる子世代をつなぐ狙いを込めた一手だ。中身の花火は据え置いたまま、誰がどんな気分で手に取るかという入り口のほうをデザインし直している。
もっとも、この道のりは平坦ではない。花火を文化として残したいという思いと、会社として利益を上げねばならないという現実は、いつも綱引きの関係にある。竹内氏は、その緊張をこう言い表す。
竹内
「新しいことをやり続けないと、止まることができないんです。花火は一つの文化として残っていくべきものだとも思う。ただ、どこまでいっても収益より文化の継承や日本の良さを、という色が濃くなってくると、会社としては難しくなる。それで利益を上げろ、という話になってしまうので」
それでも若松屋は止まらない。閉じた地場産業のなかで全国を見渡し、業界の常識に逆らい、一社の売上を超えて市場そのものを広げようとする。その一つひとつが、縮んでいくと思われていた家庭用花火に、まだ広げる余地があることを示している。
夏と言えば花火、と多くの人が答える。けれど、実際に花火をやった夏がここ数年あっただろうか。イメージのなかにだけ残り、行動からは遠ざかっていく。その距離を少しでも縮めることが、若松屋の挑戦の先にある。分が悪いはずの場所で常識に逆らい、それでも花火の楽しさを広げてきたこの会社なら、その距離もまた、変えられる周辺の一つなのかもしれない。



