
NHK受信料をめぐる空気が、また硬くなっている。2025年度の未収数は約174.2万件となり、6年ぶりに減少した。だが、その背景にあるのは支払督促の強化だ。数字は改善したように見える。しかし、視聴者の側にあるのは納得よりも、見ていないものにまで財布を開かされる違和感である。
NHK受信料の未収数が減った。その数字だけでは見えないもの
郵便受けにNHKからの封書が入っている。差出人を見ただけで、なんとなく気が重くなる人は少なくないはずだ。テレビは家にある。だが、朝のニュースはスマートフォンで済ませ、夜は動画配信サービスを開く。リモコンを握る時間より、スマホの画面を見ている時間の方がずっと長い。そんな暮らしの中で、受信できる設備があるなら契約義務があると言われても、すんなり腹に落ちる人ばかりではない。
報道によると、NHKは2025年度の受信料未収数が約174.2万件となり、前年度から約3000件減った。未収数が減少に転じるのは6年ぶりだという。対象は、テレビなどの受信設備を設置し、受信契約を結びながら、長期にわたって受信料を支払っていない世帯や事業所である。
NHKにとっては、久しぶりの改善だろう。未収数は2020年度以降、5年間で100万件以上増えていた。2024年度には2019年度の約2.5倍にまで膨らんでいたというから、放置できる状況ではなかったのも確かだ。
ただ、この減少をもって、受信料制度への理解が深まったと見るのは無理がある。NHKは2025年10月に受信料特別対策センターを設置し、書面や放送、対面での案内に加えて、支払督促による民事手続きを強めた。2025年度の支払督促は1368件。前年度の約11倍にあたり、その大半はセンター設置後に集中している。未収数は、自然に減ったのではない。NHKが本気で取りに来たことで、ようやく押し下げられた数字だ。
「公平負担」は正しい。だが、それだけでは足りない
NHKの言い分は、制度の上では分かりやすい。契約しているのに払わない人が増えれば、きちんと支払っている人との間に不公平が生じる。公共放送を支えるには、広く負担してもらう必要がある。まっとうに支払っている側からすれば、未収対策を進めるべきだという考えも当然出てくる。
それでも、視聴者の胸に残るざらつきは消えない。受信料制度では、実際にNHKを見ているかどうかではなく、受信できる設備があるかどうかが基準になる。テレビ、レコーダー、ワンセグ機能付きの端末、テレビチューナー付きのパソコン、テレビ受信機能のあるカーナビ。NHKを受信できる状態にあれば、契約義務が発生するという整理である。
この考え方が、いまの暮らしとずれている。動画配信サービスなら、見たい人が契約し、いらなくなれば解約する。新聞も雑誌も、読むかどうかは自分で決める。ところがNHK受信料は、視聴の意思ではなく、受信できる環境の有無で負担を求める。ここに、どうしても押しつけられている感覚が残る。
ネット上では、視聴していないのに徴収されるのは納得できない、スクランブル化すべきだ、法的手段を背景に迫るのは行き過ぎではないか、といった声が相次いでいる。単なる未払い擁護ではない。自分で選んでいないものに、なぜ支払い義務が生じるのか。その違和感が、受信料制度への怒りを支えている。
スクランブル化を避ける説明は、昔ほど届かない
受信料への不満が高まるたび、必ず出てくるのがスクランブル化だ。支払った人だけがNHKを見られるようにすればいい。見ない人から取る必要はない。生活者の感覚からすれば、これほど分かりやすい話はない。
一方で、NHKはスクランブル化に慎重な姿勢を示してきた。公共放送は、災害時や緊急時に誰もが情報へアクセスできる状態を保つ必要がある。支払いの有無で情報を遮断すれば、公共性が損なわれるという理屈だ。その説明を全否定するつもりはない。地震、台風、大雨、津波。災害時にNHKの情報が命綱になる場面はある。地域放送や教育番組、福祉、医療、ドキュメンタリーなど、民放だけでは担いにくい分野を支えてきた役割もある。
ただ、その理屈だけで視聴者が納得する時代ではなくなった。災害情報はNHKだけのものではない。気象庁、自治体、防災アプリ、民放、ネットニュース、SNS。情報の入り口は、すでにいくつもある。公共性があるから全員で支えるべきだという説明は、以前ほど強い説得力を持たない。NHKがスクランブル化に反対するなら、なぜ今も受信料制度でなければならないのかを、もっと具体的に語る必要がある。公共放送だから必要だ、法律で決まっているから払うべきだ。それだけでは、視聴者の不満を受け止めきれない。
井上樹彦会長の発言と、視聴者の温度差
読売新聞によると、NHKの井上樹彦会長は17日の定例記者会見で、公共放送の財源について、広く視聴者に負担してもらう受信料制度がふさわしいと述べた。そのうえで、メディア環境や視聴スタイルの変化に触れ、受信料制度の詳細について時代状況に合わせて柔軟に考える姿勢は大事だと説明している。
制度見直しの余地を認めたようにも聞こえる。だが、NHKの基本姿勢は受信料制度の維持である。2027年度から2029年度の経営計画についても、受信料制度のもとでNHKの役割を果たし続ける方向で検討しているという。
ここに、NHKと視聴者の温度差がある。NHKは、受信料制度を前提に、その中でどう調整するかを考えている。ところが、反発している側の多くは、そもそも受信料制度をこのまま続けていいのかと問うている。税方式にするのか、民営化するのか、スクランブル化するのか、広告収入を入れるのか。意見は割れても、いまの仕組みを当然のものとして受け入れていない点では重なっている。
視聴者の目は、NHKの組織そのものにも向いている。職員給与、制作費、組織規模、経費削減の姿勢。受信料を求める側は、自分たちの痛みをどこまで見せているのか。家計が物価高で締めつけられる中、徴収だけが強まれば、反発が出るのは自然である。
ネット配信「NHK ONE」が広げる新しい不安
テレビ離れが進むなかで、もうひとつ火種になっているのがインターネット配信だ。NHKは2025年10月から「NHK ONE」を始め、ネット配信を放送と並ぶ必須業務として本格化させている。
現時点では、スマートフォンやパソコンを持っているだけで受信料の対象になるわけではない。利用登録を行い、配信の受信を開始した場合に契約義務が生じるという整理である。すでに受信契約をしている人は、追加料金なしで利用できる。
それでも、視聴者の不安は残る。テレビを持たない暮らしを選んだ人にとって、NHKのネット配信が受信料制度と結びつくこと自体が警戒材料になる。いまは登録した人だけだとしても、将来的に対象が広がるのではないか。スマホを持っているだけで負担を求められる時代が来るのではないか。そうした疑念が、受信料制度への不信をさらに濃くしている。
NHKがデジタル化を進めること自体は避けられない。テレビだけにしがみついていては、公共放送としての存在感は薄れていく。だが、ネットへ広がるたびに受信料の網が広がるように見えれば、視聴者は身構える。必要なのはサービスの拡張だけではない。負担の線引きを、誰にでも分かる言葉で示すことだ。
未収数は減った。だが、納得が増えたわけではない
NHKは未収数を6年ぶりに減らした。長期未払いへの対応として、支払督促を強めたことには制度運用上の理由がある。支払っている人との公平性を考えれば、未収対策そのものを完全に否定することはできない。
それでも、未収数の減少を信頼回復と取り違えるべきではない。督促を増やせば、支払いに応じる人は出る。裁判所を通じた手続きが見えれば、仕方なく払う人もいる。だが、それは納得して財布を開いたこととは違う。
NHKが取り戻さなければならないのは、未収金だけではない。なぜ受信料制度が必要なのか。何を残し、何を削り、どこに受信料を使うのか。民間メディアやネットサービスでは代わりにならない価値を、どこまで示せるのか。そこに答えないまま督促だけを強めれば、支払いは増えても、不信は深くなる。
テレビが居間の中心にあった時代は、もう戻らない。ニュースも娯楽も、手のひらの画面に流れ込んでくる。それでもなおNHK受信料を求めるなら、法律を盾にするだけでは足りない。見ていない人の財布に手を伸ばす前に、NHKはまず、自分たちが何に金を使い、なぜ国民に負担を求めるのかを見せるべきだ。督促状で人は動くかもしれない。だが、納得までは脅せない。



