
「自動運転」と聞いて思い浮かぶのは、テスラやGoogleが競う高性能な車だろう。だが、同じ言葉で括られながら、まるで違う場所に立つ会社がある。車載機器の企画開発から手がける名古屋の専門商社、東海クラリオンだ。
同社の「後のせ自動運転システム YADOCAR-iドライブ」は、既存の車に後付けし、低速で限られた道だけを走る。狙うのは、路線バスが減った地方の集落や、高齢化の進むニュータウン。人が減り、採算の合いにくい場所である。なぜ、あえてそこへ向かうのか。代表取締役の安部源太郎氏に聞いた。
後のせで、ゆっくり走る。”別物”の自動運転
まず、言葉の整理から始めたい。「自動運転」という同じ看板を掲げていても、東海クラリオンが手がけるものは、テスラやGoogleが追いかけるそれとは、技術の出発点からして別物である。
テスラが目指すのは、人間の運転とほとんど遜色なく、あらゆる道を自在に走る車だ。カメラとAIが周囲を読み、判断し、街のどこへでも向かう。一方、東海クラリオンの「後のせ自動運転システム YADOCAR-iドライブ」が走るのは、あらかじめ決められたコースだけ。速度も20km/h以下に抑え、走る場所も用途も限定している。限られた性能で、限られた道を、限られた目的のために動かす。それが、この仕組みの設計思想だ。
なぜ、あえて性能を絞るのか。答えは、この技術が向かう先にある。同社が見据えているのは、高速道路や都市の幹線ではない。路線バスが次々と減り、坂道の先のバス停まで歩くことさえ難しくなった地方の集落。あるいは、1960年代から70年代にかけて山を切り開いて一斉に宅地化され、住民もろとも老朽化と高齢化が進むニュータウン。「交通空白地帯」と呼ばれる場所である。
こうした地域で必要なのは、街じゅうを走り回る万能な車ではない。家の近くから、行きたい場所へ。近所の移動を、無理なく支える足だ。ならば、性能はそのために足りる分でいい。むしろ性能を絞ることで、価格を抑え、いま実際に困っている人のもとへ、より早く届けられる。その割り切りが、YADOCAR-iドライブの根にある。
製品名の「YADOCAR-i(ヤドカリ)ドライブ」も、この思想から生まれた。ヤドカリが貝殻を住み替えるように、既存のさまざまな車へ後付けで自動運転の機能を載せ替えていく。だから「後のせ」。ゆっくりだが、身軽に姿を変える。そんな役回りを、社名ならぬ製品名が言い当てている。
同じ「自動運転」でも、目指す地点がまるで違う。この一点を押さえておくと、東海クラリオンという会社の輪郭が、そして代表・安部源太郎氏が語る事業の来歴が、くっきりと見えてくる。
「衛星」から始まった、偶発の事業
この事業は、戦略から生まれたものではない。偶発的に始まったことが、いまに続いている。安部氏自身が、そう振り返る。
安部氏が東海クラリオンに来たのは2007年ごろ。もともと自動車業界に深く関わってきた人物ではなく、本人の言葉を借りれば素人同然の入社だった。ただ、ちょうどそのころから、自動車産業が大きく変わっていく気配を社会の空気の中で感じ取っていたという。やがて「100年に1度の変化」や、Connected(自動車のIoT化)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(共有)、Electric(電動化)の頭文字を取ったCASEといった言葉がメディアに躍り、テスラや中国のBYDが台頭し、カーシェアリングやインターネットにつながる車が身近になっていく。その入り口で安部氏は、これからの自動車産業が行き着く先は航空か宇宙だろう、と周囲に漏らしていた。素人が大きなことを言う、と社内では映ったかもしれない。だが、いま業界が向かった先を見れば、その見立ては大きく外れてはいなかった。
その「宇宙」という関心が、思わぬ縁を呼び込む。2019年、自動運転の走行確認のために通信で映像を見られるドライブレコーダーを探していたタイのベンチャー企業が、インターネットで東海クラリオンを見つけ、問い合わせてきた。電話を取り次いだのは、社内の取締役の一人だった。

安部 源太郎氏(以下、安部)
「取締役が『社長、なんだか衛星を使って自動運転をやっている会社から連絡が来てますけど』と言うわけです。その瞬間、あ、衛星って宇宙、と。前々から、これからの自動車産業が行き着く先は航空か宇宙だと言い続けていたので、その宇宙が本当に目の前に来た、と一気に火がついたんです」
これが、すべての発端だった。畑違いの分野へ飛び込んだというより、かねて口にしていた行き先が、向こうから訪ねてきた。
この問い合わせが本業と地続きだった点も見逃せない。東海クラリオンは、巻き込み警報カメラや通信型ドライブレコーダーといった車載機器を企画開発する専門商社である。相手が求めた通信型のドライブレコーダーは、まさに同社が扱ってきた製品そのものだった。畑違いの飛び地ではなく、足元の事業から自然に伸びた一歩だったのだ。
同じ2019年、東海クラリオンはこのタイの企業とともに、内閣府の実証実験に加わる。準天頂衛星「みちびき」の測位技術で自動運転車を走らせる取り組みで、これが本当のスタートとなった。ただし、衛星の電波を頼りに走らせる方式は、高性能な自動運転とは狙いがまるで異なる。あらゆる道を自在にではなく、決まった道をゆっくりと。速く走ることを競うのではないこの技術を、どこで生かすのか。技術が先にあり、出口は後から探すことになった。そうして行き着いたのが、交通空白地帯だった。地方の中山間地や、老いはじめたニュータウン。速度も範囲も限られるからこそ、近所の移動の足としてはむしろ過不足がない。
その見立てを携えて、2022年6月、同社は自治体向けの展示会「自治体・公共Week」に出展する。課題は、どう振り向いてもらうかだった。「東海クラリオン自動運転システム」では、まず見向きもされない。思案の末に浮かんだのが、ヤドカリだった。ゆっくりだが、上物を替えるようにいろいろな車を自動化できたらいい。そこから「後のせ自動運転システム YADOCAR-iドライブ」の名が生まれ、「ヤドカリ君」と呼ぶ2次元のキャラクターも一緒に打ち出した。反応は予想を超えた。当時、自動運転はまだいまほど浸透していなかったが、自治体の担当者からは、実証実験を検討している、あるいは始めているが費用が高い、という声が返ってくる。安いのか、どんな車でできるのか。実態とは異なる期待も入り混じりながら関心を集め、2023年ごろには地方自治体から実証実験の誘いがかかるようになっていた。

安さの理由は、”置き換え”にある
YADOCAR-iドライブの核心は、価格の安さにある。ではなぜ安く作れるのか。その答えは、自動運転の作り方そのものが、他の方式と根本から違うところにある。
高性能な自動運転の代表格であるテスラは、車に積んだカメラの映像をAIが学習し、走り込むほど賢くなっていく方式を採る。一方、国内で走る自動運転バスの多くは、あらかじめ道路を精密な3次元地図に起こし、その地図と照合しながら走る。後者は安全性が高い半面、地図の作成に多大なコストと手間がかかり、ルートを変えるたびに作り直しに近い作業が生じる。
YADOCAR-iドライブは、そのどちらとも違う。仕組みはいたって素朴だ。一度、人が運転してコースを走り、その位置情報を記録する。次からは、その記録をなぞって自動で走る。決まった道を、覚えた通りに動く。だから高価な3次元地図もいらず、大量の走行データによる学習も前提にしない。ルートや目的地を変えたいときも記録し直せば済むため、条件が定まらない実証実験とも相性がいい。
車両側の構成も、後付けを前提に組まれている。ベースにするのは、電気で動き、アクセルやハンドルを電気信号で制御できるタイプの車。そこへ、衛星からの電波で位置を測るGNSS、前方の障害物を検知するLiDAR、車の傾きや加速度をとらえるIMUといったセンサーを載せる。屋根の上にアンテナ、前方にセンサーを取り付け、これらと車をつなぐ制御基板を介して、システムが車を動かす。難所は、車ごとに異なる信号と安全に橋渡しする基板の設計だが、そこを越えれば、既存の車を自動運転車へ仕立てられる。
ここで効いてくるのが、使っている技術の”枯れ”具合である。位置測位も赤外線センサーも、長く世の中で使われてきた、いわば手の内の技術だ。最新のAIのように中身がブラックボックス化していない。仕組みが見通せるということは、扱える人の裾野が広いということでもある。実際、同社が描くのは、地域で運用が完結する姿だ。整備は、一定の講習を受ければ地元の整備工場でも担える。日々の操作は、ボタンを押して目的地を選ぶだけで、特別な訓練を要しない。コースや停車位置の調整も、マウス操作を中心に、手順を覚えれば専門家でなくても直せる。プログラムまわりで手が要る場面は、地元の大学やITベンチャーが担い手になりうる。
この「地域で回せる」という設計が、コストの話に跳ね返ってくる。大手メーカーが専用車両を新規開発し、精密地図を敷き、保守も抱え込むモデルに対し、YADOCAR-iドライブは既存の車を活かし、運用と保守を地域に開く。作るところから直すところまでを地元で回せる分だけ、全体のコストは下がる。
なぜ、これほど安さにこだわるのか。安部氏にとって、価格は性能に劣らない価値の一つだ。

安部
「自動運転を安くしたら、社会が変わると思っているんです。どんなにすごい技術でも、高すぎて誰も導入できなければ、本当に困っている地域には届かない。性能を少し諦めてでも、手が届く値段にして、いま移動に困っている場所へ早く届けるほうが、よほど意味がある」
速く走る性能を競うのではなく、安く、長く、その土地で続けられること。先に触れた「別物」という言葉の中身は、この設計思想に行き着く。
無人でなくていい。移動が支える、人のつながり
自動運転と聞けば、多くの人が無人化を思い浮かべる。運転手のいらない車が、人手不足を肩代わりする。だが東海クラリオンは、そこに必ずしもこだわらない。この姿勢が、YADOCAR-iドライブの性格を決めている。
きっかけの一つは、ある集合住宅地で交通の困りごとに向き合う住民代表との出会いだった。高度成長期に開発され、いまは住民の高齢化が進む街。坂が多く、最寄りのバス停まで歩くのも、帰りに荷物を提げて上るのもこたえる。そんな場所で、その住民代表はこう語ったという。完全な無人でなくていい、レベル4の高度な自動運転でなくてもいい、レベル2でも2.5でもかまわない、運転の負担さえ軽くなれば、地元の主婦だってボランティアで送迎を引き受けてくれる、と。
この言葉は、安部氏の考えの核心を突いていた。地域には、支え合いで移動を成り立たせている現実がある。制度の上でも、介護を必要とする人の送迎には公的な財源がつくが、その手前の、支援を要する段階の人にはつきにくい。そこを埋めているのは、福祉施設やボランティアの善意であることが多い。ならば、完璧な無人運転をひたすら待つより、運転の負担を減らす簡素な自動運転を早く届けるほうが、いま困っている人の役に立つ。目的地を選んでボタンを押せば走り、危険を検知すれば止まる。その程度でも、支え合いの現場は確かに楽になる。
だから安部氏は、無人であること自体を目的には置かない。むしろ、人が乗り合わせ、言葉を交わす余地を残すことにこそ意味があると考えている。
安部
「無人のタクシーが来て、おばあちゃんが一人で黙って乗って、スーパーで買い物をして、また黙って帰ってくる。それって、便利かもしれないけれど、なんだか世知辛いじゃないですか。高齢の方にとっては、出かけて誰かと話すこと自体が大事なんです。バス停は遠いし、坂はあるし、帰りは荷物も重い。外に出るのが億劫になると、人はだんだん出かけなくなって、それが健康にも響いてくる。だから僕らがやりたいのは、無人化で人を減らすことではなくて、その人が外に出て、誰かとつながるきっかけを守ることなんです」
移動を支えることは、人が家から出て、誰かと言葉を交わす機会を守ることでもある。速さや無人化という物差しでは測れないこの立ち位置こそ、東海クラリオンが自動運転に持ち込んだ、独自の視点だ。
現場が動かす実証。つくばと、多良間村から
構想がどれだけ整っていても、実際に人を乗せて走り、住民の声を浴びなければ、地域の交通は変わらない。東海クラリオンは2022年10月以降、日本各地の13カ所で実証実験や試乗会を重ねてきた。渋谷のような都市の中心部から、岐阜県海津市、福岡県北九州市まで、走った土地の条件はさまざまだ。その中から、性格の異なる二つの現場を見てみたい。

一つは、茨城県つくば市。「つくばスーパーサイエンスシティ構想」の一環で、子どもや移動に困る人の外出を支える「こどもMaaS」の導入を目指す取り組みだ。舞台は、つくば駅周辺のペデストリアンデッキ。センター広場からつくばカピオ前まで、片道およそ300mの区間を、YADOCAR-iドライブが往復する。
この現場が示すのは、交通空白地帯とは異なる、都市部ならではの需要だ。距離は短くても、子どもの送り迎えは共働き世帯に重くのしかかる。その負担を、無理なく肩代わりできないか。2025年の実証では、15日間でおよそ300人が乗車し、そのうち約100人が子どもだった。走らせながら、潜在的な需要や、速度規制、歩行者との通行区分といった、社会実装に向けて避けて通れない論点についてのデータが集まっていく。
つくば駅周辺には、もう一つ固有の難しさがある。高い建物が立ち並び、街路樹も多いため、衛星からの電波が遮られやすく、自分の位置を正確に把握しづらい。そこで本年度は、内閣府が提供する準天頂衛星の測位補強サービス「MADOCA-PPP」と、JAXAが開発するソフト、つくば市の3次元都市モデルを組み合わせ、測位の精度を底上げする。このJAXAとの関わりは、宇宙分野の新事業を生み出す「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」の枠組みのもと、2023年6月から続く共創だ。先に述べた、安部氏を突き動かした「衛星」「宇宙」への関心が、こうして現場の技術に結実している。
もう一つの現場は、沖縄県宮古郡多良間村。宮古島のさらに先にある離島だ。沖縄県の「自動運転交通サービス社会実装推進プロジェクト」の一環として、村が主体となり、限られた交通手段しかない離島で持続可能な公共交通のモデルをつくることを目指している。

2025年8月6日、村役場前で出発式が開かれ、4人乗りの電動カートに載せたYADOCAR-iドライブがデモ走行を披露した。
同じ日に、村民と行政、事業者がワークショップ形式で運行ルートや使い勝手を話し合う意見交換会が開かれ、村内2コースでの試乗会も実施された。小学校のグラウンドでは、子ども向けの体験会も開いている。子どもたちがパソコンで自作したコースをカートに転送し、実際にその通りに走らせる。技術を、遠い先端ではなく自分の手で動かせるものとして体験してもらう試みだ。運行はその後も続き、2025年8月から2026年2月までの間に、走行距離はおよそ5,000kmに達した。離島という特有の環境で積み上げたこのデータは、離島基準での高度な自動運転のあり方を検討するための、貴重な土台になる。
多良間村での実証は、走らせて終わりではなかった。離島モデルとして低廉かつ持続可能な自動運転を実現するためのスタート地点として、最初に採られたのは、村民自身がドライバーとして監視につくレベル2の運行だ。無人化(レベル4)を将来に見据える上で、住民が関わりながら、財政の負担を抑えて続けられるかを確かめる。この設計は、先に触れた「無人でなくていい」という考え方から得られた、YADOCAR-iドライブらしいの道筋だ。
性格の異なる二つの現場に共通するのは、技術を持ち込んで住民を驚かせて終わりにしない姿勢だ。都市の短距離でも、離島の生活の足でも、住民が関わり、声を返し、その声で運用を直していく。東海クラリオンが実証で確かめているのは、車の性能だけではない。その土地で、人とともに続いていける形そのものである。
「儲からない場所」へ向かう理由
ここまで読んで、素朴な疑問が浮かぶかもしれない。なぜ、これほど手間のかかることを、採算の合いにくい場所で続けるのか。その問いへの答えは、安部氏自身の来歴の中にある。
もともと安部氏がいたのは、東京の広告の世界だった。テクノロジーやITこそが世の中を前に進める力だと信じ、その最先端に価値を置いていた。ところが、名古屋や岐阜といった地方に軸足を移し、地域の暮らしの成り立ちを間近で見るうちに、その確信が少しずつ揺らいでいく。実証実験で各地の現場に入るほど、都会で正しいと思っていたものとは別の手ざわりが立ち上がってきた。人が助け合って暮らしを回している世界。もしかすると、こちらのほうが正しいのではないか。その感覚が、事業への向き合い方を静かに変えていった。
安部氏は、この事業をめぐる思いを、こう語る。

安部
「都会にいたころは、テクノロジーやITが正義だと思っていました。でも地方で実証実験を重ねるほど、人が助け合って生きていく世界のほうが正解なんじゃないか、と感じるようになったんです。お金を突き詰めて追いかけていくと、環境が壊れたり、争いが起きたり、どこかで何かを失っていく。もっといいもの、もっとグローバルに、と旗を振り続けることが、本当に正しい方向なのか。効率だけでは測れない豊かさや、その土地で人が人とつながって暮らせること。そういうものを守るために技術を使えたら、と思っています」
この価値観は、経営の判断にも表れている。自動運転は初期投資が大きく、外部から資金を集めれば、投資家の期待に応え続けなければならない。成果を急かされ、見放されれば、そこで終わる。だからこそ東海クラリオンは、外の資本に頼らず、本業である車載機器の事業で利益を確保しながら、YADOCAR-iドライブを地道に続ける道を選んでいる。大きな商売にしようというより、いずれ社会が直面する課題に、いまのうちに手を打っておく。そういう構えだ。
売り込み方も、この姿勢と地続きになっている。地域の交通を変えるには、大学の研究者やJAXAとの縁をたどり、自治体に少しずつ関わっていくしかない。近ごろは、地方議員とのやり取りも増えてきた。地域の課題を肌で感じている議員たちが、議会で問いを立てるための材料を求めているからだ。自分たちの街の移動を、これからどう設計するのか。その議論の火種になれれば、というのが安部氏の願いである。
派手さはない。すぐに大きな利益を生むわけでもない。それでも安部氏は、地方で人が助け合って生きる姿の中に、これからの社会のヒントがあると見ている。効率と規模を追い続けた先ではなく、その土地で人が支え合い、言葉を交わしながら暮らしていける形の中に。後付けでゆっくり走る一台の小さな車は、その未来へ向けた、東海クラリオンなりの問いかけなのだ。



