
中小企業ならではのフットワークの軽さを武器に、コロナ禍以降毎年110%前後の売上拡大を継続。直近にいたっては対前年比約130%(2026年6月決算)という躍進をみせているメーカーがある。大阪府寝屋川市に本社を置き、建築現場や工場内で使われる配線、照明器具などを製造する日動工業株式会社だ。
堅実な成長の原動力となっているのは「従業員ファースト」ともいえる企業風土と「ないものは自分たちが作る」というクリエイティブな精神。その根底に流れる想いや将来へのビジョンについて、同社を牽引する代表取締役社長の岡本晶裕氏に伺った。
中小企業ならではの強みを武器に
日動工業は1981年に現会長である岡本功氏によって設立された。電工ドラム(コードリール)の製造を中心に事業を拡大。現在は、照明器具やバッテリー関連製品なども主力商品に加わり、建築現場や工場向けの電気機器を主に扱うメーカーとして堅固な地位を築いている。
ユーザーや使用現場を知る営業担当者からの声を取り入れた、現場起点の商品企画力に長けており、「ないものは自分たちが作る」を合言葉に中小企業ならではの小回りを利かせて製品化した商品も多数。また、スモールチームの組織力を生かした突発的な事案への対応の速さや確実性でも厚い信頼を得ている。
「災害時に自衛隊から『どうしても明日、電工ドラムや照明が必要』と連絡がきて、夜中から生産し、次の日には用意して、運送便が手配できないから自社でトラックを借りて運ぶなんてことも何度かありましたね。そんな姿を目にしているお得意様からは「日動に言えば、何とかしてくれる」という期待を寄せられている実感がありますし、それに応え続けていきたいと思っています。なんでもやってみないことには分かりませんから」(岡本氏)

現場起点の商品企画力とあわせて、近年同社の開発戦略の柱となっているのが、海外トレンドの取り込みによるラインアップ拡充だ。足繁く中国の展示会に出向いては目ぼしいプロダクトをチェック。自社設計図面を提示して製造委託する流れで商品化する。現在、主力商品群の一端を担っているLED照明を皮切りにこのメソッドが定着していった。
製造スタイルを柔軟に変容させ、時代の変化に対応
中国の企業と組んだ生産方式がスタートしたのは2008年。当時、開発部で責任者代理の職にあった現社長の岡本晶裕氏が先頭に立って推進した。輸入品を国内で販売するためには、国内生産品とは異なる検査の実施が求められる。そこでまず、立ち上げたのが輸入品品質管理部だった。
「最初は外部の検査機関に依頼していましたが、恒常化してきたので自分たちで行うようになりました。国内生産なら品質検査機器も数種類あればよかったんですけれど、輸入品の検査で必要になる検査機器については常に手探りで、実際に検査をしながら『ああ、こういう検査機も必要だね』と、都度拡充。厳しい懐具合のなかで思い切った投資をしたものもあります。
すごい技術者がいるわけでもなく、自ら経験して、学んで、必要に応じて設備投資もして……諦めるのが嫌なので、今になって振り返れば必死になって壁を乗り越え続けていましたね」(岡本氏)
中国企業との連携は徐々に拡大し、取引先は約70社に増加(2026年6月現在)。そのなかの約20社とは特に強固な関係を築いており、コストとスピードを両立するためのパートナーとして欠かせない存在となっている。
また、中国企業と連携した生産方式とほぼ時期を同じくして進めていったのが、国内の自社工場における生産方式のシフトだ。ロングテール化する市場の需要に合わせ、従来主流であったライン作業での大量生産方式から徐々にセル生産による少量多品種生産方式へと移行。今ではライン作業は1ラインのみに留まっている。
堅実な成長を遂げてきた同社だが、下支えとしてこれらの柔軟に製造スタイルを変えていった対応力があった点は特筆すべきポイントであろう。
2代目社長がみせる躍進
父親でもある先代に代わって岡本氏が代表取締役社長に就任したのは2022年6月のこと。「めざせ年商100億円、めざせ100年企業」を掲げ、2代目社長の時代がスタートした。
コロナ禍によって68億円ほどだった年間売上は60億円前後へと減少。ふたたび68億円と回復の兆しが見え始めた時点でのバトンタッチだった。社長就任前から、意見を言いづらい環境の中でも会社をより良くするために積極的に提言してきた岡本氏。そんな新社長がまず手を付けたのは、人事面だ。長年温めてきた構想を実行。1997年に入社して以来、倉庫管理部、製造部、技術開発部、営業部、特販部とさまざまな部署を渡り歩いてきたなかで理想としていた、各部門の責任者ポストに自身が思う適材適所への配置転換を実施。年功序列的な観点を一切廃した大胆な組織改革だった。
「小学生の頃から社員旅行について行ったり、会社に顔を出したりしていたこともあって、社内には昔から知っている人が多いんですよ。だから、人事異動を命ずる際は、先輩であっても躊躇なく言える立場だったというのもありますね。思っていることはストレートに言うという性格的な部分もありますが」(岡本氏)

また、「従業員の幸福や成長が会社の成長を生み、好循環をつくる」という信念のもと、従業員の処遇改善にも注力。製造現場の空調設備の更新など、従業員からの要望には原則対応する姿勢で職場環境整備を推進するとともに、家族行事や通院などへの理解を徹底し、有給休暇の柔軟運用を促進。残業は営業でも月に20時間以下に抑え、定時退社も定着させた。
これらの施策はすぐに功を奏し、年商も74億円、81億円と右肩上がりに推移。2026年6月の決算では103億2,800万円に達し、目標の1つである「年商100億円」をクリアしてみせた。
「従業員の頑張りのおかげ」という言葉のとおり、これらの実績から得られた利益は、賞与としてしっかりと従業員へ還元。一般社員の平均年収は900万円弱、なかには1,800万円を手にしている社員もいるという。

社長としての覚悟と責任
――日動工業で働こうと考えたのはいつ頃からでしょうか。
岡本:中学を出た頃には、何も考えずに「いずれ日動工業で働けるだろう」という安心感があって、遊び呆けていたんです。父もそうなんですけれど、高校を1年で中退しているんですよ。そのとき父に「日動工業で働きたい」と相談したのですが「ダメだ。ウチの会社は18歳からだ。」と取り合ってもらえなかったので、16歳で鉄筋業者で働きはじめ、その後に大工も経験しました。そして18歳になってやっと日動工業に入社できたという流れです。
――経営者への道は入社当初から意識していたのでしょうか。
岡本:いや、最初は全く考えていなかったですね。私、兄がいるんですよ。今の専務なんですけれど。兄は長男なので、いずれは継ぐのだろうと思っていました。
経営者になるのを意識し始めたのは、営業職への異動を命じられたときからでしょうか。ハッキリとは言われませんでしたが「いずれ社長になるのだから営業は経験しておけ」という当時の社長からのメッセージとして受け取った部分はありました。
また、それまでは社長に持ちかけられていた社員からの重要な相談も、気がつけば私に持ちかけられるようになっていましたし、周囲を見渡してみても、自分以外に社長になる人がいないのではないかというようにも感じていましたね。

――社長になる前に想定していたことと、実際になってからのギャップはありますか。
岡本:先代が作った社長像みたいなものが影響しているのか、社員から一線引かれるようになったと思います。そんなこともあって、社員を食事やツーリングなどに誘って、積極的に交流する場を作っていますよ。
経営者として、社員やその家族全員の生活が自分の肩にかかっているという重みを心から実感しています。
独自の製品開発力を生かし、新マーケットへ本格参入
――今後のビジョンや、新たにチャレンジしていることがあれば教えてください。
岡本:長らく配線、照明器具をメインに製造してきましたが、温暖化が加速する昨今はスポットクーラーなどの冷却機器も主要な製品ラインアップに加わってきています。
また、事業者向けの機器だけでなく、個人向けのアイテムも扱うようになりました。サンシェード付チェアやエアソファベッドなど、アウトドアでのアクティビティがより快適に楽しめるような商品群です。現在はオンライン通販が主ですが、販路を拡大して実店舗でも購入していただけるように動いているところです。
◎会社情報
社名:日動工業株式会社
住所:〒572-0076 大阪府寝屋川市仁和寺本町1-3-22
設立:1981年2月9日
代表者:代表取締役社長 岡本晶裕
社員数:119名
URL:https://www.nichido-ind.co.jp/
◎インタビュイー
日動工業株式会社 代表取締役社長
岡本晶裕



