
タレント・実業家の優木まおみ(46)が8月24日、美容師の一般男性との離婚を公表した。同日公開のインタビューでは、離婚成立後に「ものすごい喪失感」に襲われ、眠れない日が続いたと明かしている。娘2人とマレーシアへ移ってから約1年。夫が日本で仕事を続けるなか、13年余りの結婚生活に区切りをつけた。
優木まおみが離婚発表 今後も父母として子育て
優木はインスタグラムに「私たちは夫婦という関係性を終え、新しい道を歩むこととなりました」と投稿した。今後は子どもたちの母と父として協力して子育てを続けるとし、離婚を「前向きな選択」と表現した。デイリースポーツによると、所属事務所も離婚の事実を認めている。
優木は1980年3月2日生まれ、佐賀市出身。東京学芸大学の小学校教員課程を卒業し、教員免許を持つ。2002年に芸能界入りし、グラビア、情報番組、女性誌のモデルなどで活動した。現在はタレント業に加え、ピラティスや美容、飲食などの事業も展開している。
2013年6月に美容師の一般男性と結婚。2014年4月に長女、2017年1月に次女を出産し、離婚発表時点で娘は12歳と9歳になっている。
離婚成立後は不眠 子どもへの罪悪感も
発表文より踏み込んだ胸中は、集英社のLEEが24日に公開したインタビューで明らかになった。
優木は、夫と「円満で穏やかに」話し合いを重ね、「夫婦という形は卒業しましょう」との結論に至ったと説明した。一方、離婚が成立すると強い喪失感に襲われたという。娘たちを悲しませたのではないかと自分を責め、自信の低下や罪悪感、漠然とした不安が続き、眠れない日が増えたと語っている。
今年4月に施行された改正民法で離婚後の共同親権を選択できるようになったことにも触れ、夫婦でなくなっても2人で娘を育て、家族としての形は変えないとの考えを示した。実際に共同親権と単独親権のどちらを選んだかは公表していない。
夫は日本で仕事、娘2人とマレーシアへ
夫婦が離れて暮らし始めたのは2025年8月だった。優木は娘2人を連れてマレーシアへ移り、夫は美容師の仕事を続けるため日本に残った。当初は2〜3年の教育移住を想定し、娘たちは現地のインターナショナルスクールに通った。
移住の出発点には、娘たちに中学受験をさせず、進路は本人の意思で選んでほしいとの考えがあった。優木自身が18歳で半年間のハワイ留学を経験したことから、幼いうちに異文化や英語に触れる機会を設けたいとの思いも抱いていた。
優木はLEEの連載で、マレーシアを選んだ一番の理由は一年を通じて温暖な気候だったとも説明している。現地では英語学校に通い、新会社を設立。日本へはおよそ2カ月に一度の頻度で帰り、仕事を続けていた。
2026年6月に公開されたAERA DIGITALのインタビューでは、離れて暮らすことで家族の絆が以前より強くなったとも語っていた。ただし、インタビューの収録時期と離婚成立日は公表されておらず、前後関係は判明していない。
離婚前後に「なんでマレーシアに来たんだろう」
優木は最新のLEEインタビューで、離婚の前後にはマレーシアへ来た選択を迷う時期もあったと明かした。その時期、友人に誘われて始めたのがテニス・バドミントン・卓球の要素を組み合わせたスポーツ「ピックルボール」だった。
競技に没頭した日は久しぶりに眠れ、現地で新たな友人も増えたという。現在は選手を目標に練習を続け、マレーシアへ来た意味をピックルボールとの出合いに見いだしている。



