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毒キノコまでAI任せ? 誤食事故で見えた“便利すぎる判定”の危うさ

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毒キノコ
DALLーEで作成

職場近くに生えていたキノコを調理して食べ、4人が体調不良になり、2人が救急搬送された。いま、保健所が警戒しているのは毒キノコそのものだけではない。AIの画像判断を頼りに、「食べられる」と思い込むケースだ。

しここで驚くべきなのはAIが間違えることではない。専門家によると、菌類は名前が付いているものだけでも全体の1割に満たないという。人間自身がまだほとんど知らない世界を、私たちは写真1枚でAIに判定させ始めている。

 

職場近くのキノコを昼食に 2人が救急搬送

テレビ朝日によると、岩手県盛岡市では9月、同じ職場の男性4人が職場近くの草地に生えていたキノコを食用だと思い、昼食時に調理して食べた。4人が腹痛などを訴え、うち2人が救急搬送された。原因となったのは「オオシロカラカサタケ」。食べると嘔吐や下痢、吐き気などを引き起こす毒キノコで、4人はその後、快方に向かったという。盛岡市保健所は、AIの画像判断などによって食用キノコと間違えるケースが増えているとして注意を呼びかけている。

今年は毒キノコそのものも身近になっている。東京都内の公園や多摩川河川敷、名古屋、横須賀などでもキノコが相次いで確認され、横須賀市では9月11日ごろから通報が増えた。背景には長雨があり、キノコが生えやすい環境が続いている。山へキノコ狩りに行かなくても、公園や職場の近く、普段歩く道で毒キノコと出会う可能性がある。

 

AIが間違えた、だけでは終わらない

毒キノコをAIで判定し、間違える。それだけなら「AIの精度がまだ低い」という話に見える。だが、今回の問題はそこでは終わらない。

神奈川県立生命の星・地球博物館の折原貴道主任学芸員はテレビ朝日の取材に対し、キノコだけでなくカビなどを含む菌類全体では、名前が付いているものは1割にも満たないと説明している。つまり、人間が把握している菌類そのものがごく一部にすぎない。

AIは人間が持っている知識をもとに答えを返す。そもそも人間側の知識が十分でない分野では、AIに写真を見せても確実な答えが出るとは限らない。それでも画面には、何らかの名前や説明が表示される。「分からない」と返すのではなく、「○○の可能性があります」と答えが返ってくる。そこに、この問題の怖さがある。

 

写真1枚で名前が出ると、人は「分かった」と思う

キノコは傘の色や形だけで見分けられるものではない。ヒダ、柄、根元、生育場所、季節など、複数の特徴を確認する必要がある。見た目がよく似た種類でも、一方は食用、もう一方は毒を持つ場合がある。それでもスマートフォンで撮影し、AIや画像検索にかければ、数秒で候補が表示される。「このキノコは○○です」と名前が付けば、それまで正体不明だったものが、一気に“分かったもの”に見えてしまう。

東京都保健医療局は以前から、スマートフォンの画像検索機能を使ってキノコを判断し、毒キノコを誤って食べた食中毒が都内で実際に発生しているとして注意を呼びかけている。AIが普及する前から、写真を見比べて「これだろう」と判断する危うさは存在していた。

AIによって変わったのは、答えがさらに分かりやすくなったことだ。

 

検索は「候補」、AIは「回答」に見える

検索エンジンでキノコを調べれば、複数のサイトや画像が並ぶ。見比べるうちに、「似ているけれど違うかもしれない」と迷う余地が残る。生成AIは違う。質問すると、一つの文章にまとめて返してくる。「傘の形や色から○○の可能性があります」と理由まで添えられると、自分で検索したというより、誰かに鑑定してもらった感覚に近づく。

実際には「可能性」と書かれていても、人はそこから都合のいい部分だけを拾うことがある。「食用の可能性があります」と表示されれば、「食べられる」に変換してしまうかもしれない。

AIの文章が自然になればなるほど、答えに自信があるように見える。しかし、文章が滑らかなことと、正しいことは別だ。

 

昔は「虫が食べていれば大丈夫」、今は「AIが言ったから大丈夫」

毒キノコには昔から多くの俗説がある。「派手な色のキノコは毒」「虫が食べているなら人間も食べられる」といったものだ。厚生労働省は、こうした言い伝えを信用しないよう注意を呼びかけてきた。

いま起きていることは、一見するとまったく違う。しかし構造はよく似ている。

昔は周囲の人の経験や言い伝えに頼った。その後は図鑑やインターネット検索を使うようになり、現在はAIに写真を見せる。判断を任せる相手は変わっても、「自分では分からないから、答えをくれるものを信じる」という行動自体は変わっていない。

むしろAIは理由まで説明する分、昔の迷信より信じやすい。ここに新しい危うさがある。

 

問題は「AIを使うこと」ではなく、何を決めさせるか

AIにキノコの名前を聞くこと自体が問題なのではない。気になる植物を調べたり、専門機関を探したりする入口として使うことはできる。問題は、その答えだけを根拠に「食べる」と決めることだ。

これはキノコに限らない。「この薬とこの薬を一緒に飲んでいいか」「この症状なら病院へ行かなくてもいいか」「拾った野草は食べられるか」「この虫には毒がないか」。いまは以前なら専門家へ確認していたことまで、数秒でAIに聞ける。そのとき見るべきなのは、「AIは何%正しいか」だけではない。「もし間違っていたら何が起きるか」だ。旅行先のおすすめを外しても、多少予定が狂う程度で済む。毒キノコを外せば、救急搬送につながる。同じ「間違い」でも重さはまったく違う。

 

人間も知らないのに、AIは答えてしまう

厚生労働省は、食用と確実に判断できないキノコについて「採らない、食べない、売らない、人にあげない」と呼びかけている。結局のところ、最も確実なのは「分からないものは食べない」という単純な判断だ。だがAIは、私たちが「分からない」で終わらせたくない場面で答えを返してくれる。

その便利さは大きい。一方で、人間がまだ十分に理解していないものについても、AIはそれらしい答えを作ることができる。

毒キノコの誤食が示しているのは、「AIは信用するな」という話ではない。AIが答えられることと、その答えを使って行動していいことは同じではない。人間自身がまだほとんど知らない世界なら、なおさらだ。

 

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ライター:

Webライター。きれいごとだけでは済まない現実を、少し距離を置いて綴っています。

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