
会社に入った新人が最初に任される仕事が、AIに渡り始めている。
NECは、部門長から一般社員までAIで構成する「コーポレートAI・Workforce部門」を新設し、「AI社員」は36体まで増えた。DeNAでも17体のAI社員が業務を担っている。AIが会社の中で「働く側」に回り始めた今、企業の人材育成はこれまでと同じままでいられるのか。
「部門長」までAI 会社の人員配置が変わり始めた
NECが2026年8月に新設した「コーポレートAI・Workforce部門」は、社員が生成AIを便利な道具として使うだけの部署ではない。NECによると、AI部門長、AIボード、AIマネジャー、AI社員という役割を置き、財務レポートの作成、ニュース調査、会議運営、事業状況の分析、営業方針の立案支援などをAIが担う。最終的な評価や意思決定、品質管理は人間が行うが、会社組織の一部をAIで構成する試みだ。
DeNAでも6月から、会計システムの開発・保守や品質管理などを担う部署に17体のAI社員を配置した。ITmediaによると、AI社員は依頼された仕事を処理するだけでなく、グループチャットの内容から自ら必要な仕事を見つけることもあるという。AIは「社員が使う道具」から、業務を分担する存在へ変わりつつある。
新人の「下積み」がAIに置き換わる
AIが代替しやすいのは、資料の下書き、情報収集、データ整理、議事録、問い合わせ対応といった仕事だ。効率だけで見れば、わざわざ人間が時間をかける必要はない。しかし、企業に入ったばかりの若手にとって、こうした仕事には別の役割があった。
会議資料を作れば、会社が何を重要視しているかが分かる。議事録を書けば、誰がどのように判断しているかが見えてくる。先輩から修正されれば、何が足りなかったのかを学べる。日本総研も2026年4月、生成AIが文書作成やデータ整理など若手の「エントリー業務」を代替すると、技能形成に影響する可能性を指摘している。AIが消すのは単純作業だけではない。仕事を覚える入口そのものかもしれない。
AI時代、企業が求める人材像が変わる
企業はAI導入について、「人間をより付加価値の高い仕事に集中させる」と説明することが多い。それ自体は合理的だ。転記や集計に時間を使うより、企画や判断に力を割いたほうが生産性は高まる。
だが、そこで一つの矛盾が生まれる。高度な仕事ができる人も、最初から高度な判断ができたわけではない。世界的なコンサルティング大手PwCが2026年に発表した調査では、AIの影響を受けやすい初級職ほど、判断力、リーダーシップ、創造性など、これまで経験者に求められてきた能力を要求される傾向が強まっている。新人向けの仕事はAIが担うのに、人間の新人には最初から経験者に近い能力を求める。AI導入が進むほど、会社員としての「入口」が高くなる可能性がある。
本当に不足するのは新人ではなく「数年後の中堅」か
この問題は、AIを導入した直後には見えにくい。資料作成は速くなり、業務時間は短くなる。人員を増やさず仕事量をこなせれば、企業にとって導入効果は数字にも表れやすい。
一方、若手が経験を積めなくなった影響が表面化するのは数年後だ。新人時代に判断や失敗を経験する機会が少なければ、中堅になったときに任せられる仕事が限られる。その先には、現場を理解して判断できる管理職や専門人材の不足も起こり得る。短期的にはAIで生産性を上げた会社が、長期的には「任せられる人が育っていない」という問題を抱える。この時間差こそ、AI導入で見落とされやすい。
「育てる」より「経験者を買う」企業が増える可能性
自社で人が育たなければ、企業はどうするのか。最も手っ取り早いのは、他社で経験を積んだ人を中途採用することだ。若手を数年かけて育てるより、すでに専門性や判断力を持つ人材を採用するほうが早い。
しかし、多くの企業が同じ方向へ動けば、今度は経験者の奪い合いになる。AIを使いこなしながら判断できる中堅社員や管理職の価値は上がり、採用コストや賃金も高くなる可能性がある。AIで若手向けの仕事を減らした結果、数年後には「経験者が足りないから高い金額で採る」という逆転が起きるかもしれない。企業が人を育てる機能を弱めれば、その負担は人材市場全体へ移る。
AIが広げるのは「失業」より、働く人の差かもしれない
AIの普及が、そのまま大量失業につながると決まったわけではない。国際労働機関(ILO)は2026年の研究で、生成AIによる大規模な雇用消失は現時点では限定的だとする一方、若者の雇用機会や格差への影響には注意が必要としている。OECDも、最近の若者の雇用環境悪化をAIだけの影響と断定できる証拠はまだないとみている。
むしろ注目すべきなのは、人間同士の差だ。AIを使って判断や企画の質を高められる人には仕事が集まりやすくなり、AIで代替しやすい仕事だけを担ってきた人は役割を失いやすくなる。PwCの調査でも、AIによって人間の専門性がより重要になる職種では、そうでない職種より求人や賃金が伸びる傾向が示されている。AI時代の問題は「人間かAIか」ではない。AIと一緒に価値を生み出せる人と、そうでない人の差が広がることにある。
企業の競争力は「AIの数」ではなく「人を育てる力」で決まる
だからといって、若手を育てるためにAIでできる仕事を人間へ戻せばいいわけではない。必要なのは、これまで仕事の中に自然に含まれていた学習を、別の形で作り直すことだ。AIが作った資料を若手が検証する。AIの提案と自分の判断を比べる。早い段階から会議や顧客対応に参加させ、上司が「なぜそう判断したのか」を言葉にして伝える。AIで浮いた時間の一部を、人を育てる時間に変える必要がある。
これから企業の差を生むのは、AI社員を何体導入したかではないだろう。AIで仕事を効率化しながら、人間にも経験を積ませられるか。そこまで設計できる企業と、目の前の業務削減だけを進める企業では、5年後、10年後の人材層に大きな差がつく可能性がある。AIが急速に仕事を覚えていく時代だからこそ、会社には「人間をどう育てるか」が改めて問われている。



