「今日は、グラフィックデザイナーという職業人として、パチさんと雑談させてください——」。なんとなく知っているつもりでいたグラフィックデザイナーのお仕事。でも、林さんの話を聞いていると、どうもおれが思っていたそれとはちょっと違うっぽい?
今回の雑談相手は、林季里さんです。
右: 林 季里(はやし みのり)
金沢美術工芸大学卒業後、王子ホールディングス デザイン部にて、グループ企業や製品ブランドの構築支援、顧客企業の商品パッケージデザインの企画・制作、構造設計・開発を担当。日本パッケージデザイン賞の受賞や、梱包構造に関する特許取得などの実績を持つ。
現在はフリーランスとして、医療・教育・観光など多様な分野で、教材開発やコミュニケーションツールのディレクションから制作までを手がける。
戦略デザインファーム 合同会社BIOTOPEのメンバーでもあり、企業理念の策定・浸透や戦略設計における情報の整理・視覚化、ツール開発を担当。プロジェクト初期段階から参画し、全体の文脈や参加者の表情・空気感を丁寧に観察しながら、単なるビジュアル制作にとどまらず、最適な伝え方や対話・共創を促す媒体の設計を追求している。作品サイト
左: 八木橋 パチ(やぎはし ぱち)
バンド活動、海外生活、フリーターを経て36歳で初の就職。2008年日本IBMに転職。「#混ぜなきゃ危険」をタグラインに、つながりをエネルギーに変え、組織や個人の力を引き出すコラボレーション・エナジャイザー。
近年は、障害のある方や外国ルーツの方など、社会に声が届きにくい人たちの「働きにくさ」を起点とした、すべての人にとっての「誇りある就労」を探究している。
グラフィックデザイナーという「視覚の翻訳家」
デッサンが、赤点だらけだった女子高生を変えた
「わからなかった」という感覚が役に立つようになった。
「おもしろくて、ちょっとためになる」を作る。
争いの根源をやわらげるような仕組みづくりに関わってみたい。
グラフィックデザインは紛争をなくす魔法か?
グラフィックデザイナーという「視覚の翻訳家」
パチ
「グラフィックデザイナー」という仕事を林さんなりに小学6年生に説明するとしたら?
林
そうですね、「言葉だけだと伝わりにくいものを、自分なりにかみくだいて、絵や図など、視覚的な表現に置き換えて伝える仕事」と説明すると思います。
パチ
林
通訳さんよりは、翻訳に感覚は近いかもしれません。
言葉をそのまま絵や図に置き換えるわけではなく、依頼主が何を考え、何を実現したいのか、相手にどんな気持ちになってほしいのか、どんな行動につながってほしいのか。その先に、より良い変化や世の中が少し良くなるきっかけを生み出せるのか。そういったことを考えながら、相手の中に理解が生まれる表現や伝え方を設計していきます。
パチ
つまりクライアントの言葉を置換しているだけじゃなくて、届けたい相手の頭の中まで考えている、と。
林
はい。届けたい相手の人が置かれている状況、どんな知識や経験を持ち、どんな状況でその情報を受け取るのかまで考えます。
たとえば、市民センターで一般の方やご高齢の方に伝えたい医療情報は、専門用語が多く、そのままでは理解しづらいことがあります。やや重いテーマだからこそ、まずは手に取ってもらえる入り口をつくるために、カードゲームのような遊びの要素を取り入れて、自然と情報に触れられる形にまとめる、といったことをします。
だから、情報を単に視覚化するのではなく、伝える側と受け取る側の”間を取り持つ仕事”だと思っています。
デッサンが、赤点だらけだった女子高生を変えた
パチ
林さんって昔から理解する力がすごく高い人だったの?
林
全然です。私は子どもの頃、いわゆる”学校の勉強”が苦手で、テキストベースで進む授業への理解がとても遅い子でした。
パチ
林
本当です。2つ上の姉は教科書を読めば大筋を掴んで理解できているように見えていたのですが、私は対照的に一問一答で暗記するような考え方でしか授業についていけていませんでした。
パチ
林
高校2年のときには、留年危機もありました。職員室に呼び出されて「もう救済措置はないと思いなさい」と言われたこともあります。
パチ
おれみたいじゃん(笑)。でも、本当にそんなレベルだったの?
林
はい。授業を理解したい気持ちはありましたし、周りからも真面目な生徒だと思われていたと思います。やる気はとてもある。でも理解できなくて…。本当に、ただただ分からなかったんです。 赤点もたくさん取っていましたし、追試も常連でした。「理解できる」人との差がどんどん開いていって、自分のことを情けなく思うようになりました。 自分のやる気とは関係なく、「わからない」というだけで目の前の世界との間にシャッターが下りてしまうような、さみしさを味わっていました。学校も先生方も本当に好きだったので、その期待に応えられないことが申し訳ないようにも感じていました。
この後、美大進学を目指していた林さんは予備校に通い始め、基礎演習としてデッサンを習い始めます。 そこで、人生を一変させるような大転機が訪れました。 |
林
衝撃を受けました。霧が晴れるように「理解する」という感覚が分かりました。
デッサンを通して、複雑な物事をどのように観察し、全体を捉え、自分の中で組み立てていけばいいのか、そのプロセスが身体感覚として腑に落ちました。その感覚をつかんでからは、授業の内容も「分かる」「つかめる」と感じられるようになりました。
パチ
林
デッサンって、見えたものをただガシガシと描くわけではないんです。
まずは自分の心が落ち着くのを待って、モチーフ全体を丁寧に観察します。自分とモチーフとの距離や、モチーフ同士の位置関係を把握しながら、大まかな“アタリ”を取る。全体像に確信が持てたら、本当に必要な線だけを選び取り、そこから光や影、素材の違いなど細部を描き込んでいきます。そして、限られた時間の中で、全体と細部を何度も行き来しながらだんだんと完成度を高めていく。
こんなふうに、実はちゃんと視点を変えていく順番があるんです。
パチ
そうやってデッサンを通じて「理解する」を理解したら、勉強までできるようになった?
林
できるようになりましたし、能動的に学びを取り入れる体験を授業の中でも実践することで、「あ、勉強ってこうやっておもしろがれるんだな」と思うようになりました。
授業でもまず全体構造を見るようになりました。「今、先生が話していることは、この全体のどこに位置づけられるんだろう」と考えるようになったら、点で暗記していたものが広い面でつながるようになり、急に理解できるようになって、成績も劇的に上がっていきました。
パチ
林
自分でも驚きました。
「難しいものを理解するためのフレームワーク」が、自分の中にひとつ確立したんだと思います。
高校生・林さんのデッサン
この話に、おれは昨年1年間、林さんとご一緒していた「ケアノベーションプロジェクト」のことを思い出していた。
プロジェクトリーダーの山田さんが、経験や専門性、性格も好みも異なるチームメンバーの意見と気持ちを鮮やかにまとめてくれて、みんながそれぞれを信頼し合ってワークを進めていく。
そんなおれたちの思考プロセスに伴走し、アウトプットを受け止め、細かいところまでこだわりの強いフィードバックを聞き入れて見事に視覚化してくれていたのが、林さんだった。
プロジェクトが進めば進むほど、チームの誰もが林さんのデザインに魅了されていった。 |
SusHi Tech Tokyo 2026(2026年4月開催)の中央日本土地建物ブースに展示されたケアノベーションのクリエイティブを前に記念撮影する山田さんと林さん
「わからなかった」という感覚が役に立つようになった。
パチ
おれたちの「ケアノベーション」も間違いなく林さんの印象に残っている仕事だと思うんだけど、他に、これまでの仕事で強く印象に残っているものってなあに?
林
農業研究チームのビジョンと提供価値を、社内外に伝えるための可視化の仕事です。
研究者の皆さんの活動内容は本当に素晴らしかったのですが、一方で、非常に複雑な内容なだけに、自分たちの研究の価値をお互いに認識し合い、それを専門外の人に伝えることには難しさを感じていたようでした。
パチ
林
でも、話を聞いてみるほど、本当におもしろく、環境回復のために鍵となる研究ばかりなんです。
その知見やノウハウを社会に広めていく意義も大きいと感じました。だからこそ、「何を伝えたいのか」だけではなく、「誰に、どんな形で届けば、その価値が生きるのか」というところから一緒に整理していきました。
パチ
林
こちらのページでその一部が紹介されているのですが、研究者の方たちからは「自分たちは“何を”伝えたいかという視点は持っていたけれど、“誰に”伝えるかという視点については新しい気づきがあった」と言っていただきました。
また、「すごく複雑で、研究側としては掘り下げようとすればいくらでも細かい論理展開できるものを、思い切って抽象化してしまっていたところが新鮮で、あれをプレゼンなどに使ったときに、どんな反応が起きるのか試してみたい」といった言葉もいただきました。
研究者の方たち自身が、自分たちの価値や目指している未来を再認識するきっかけになり、それを社内外へ届けていこうというモチベーションにもつながったようでした。
パチ
林
私は、こういう仕事が自分に向いているのかもしれないと思わせてもらえた、大切な仕事のひとつでした。
学生時代、専門性の高い先生の言葉や分厚い教科書を前に、「分からない」という感覚に沢山ぶつかり、それ以上のコミュニケーションを諦めたくなる経験が、今は「どこで人はつまずきそうか」「何が伝わりにくさを生むのか」を想像することにつながったのかなと思いました。
専門家が知識を積み重ねてきたおもしろいものを、色々な人へひらいていく。その橋渡しが自分の得意なことなのかもしれません。
「おもしろくて、ちょっとためになる」を作る。
パチ
じゃあ、今後こういうテーマとか、こういう分野は機会があったらやってみたいなっていうものはありますか。
林
そうですね。いろいろありますが、教育関連は特に興味があります。
私はNHKの教育番組の『ピタゴラスイッチ』や『ハッチポッチステーション』を見て育っているのですが、その影響は強く受けているし、憧れている世界だなと思います。
言葉や説明は徹底的に少なくして、子ども自身に考える余地をたくさん残してくれるような構成や仕掛け、すごくシンプルなのに、親しみやすさはたっぷりあるような削ぎ落とされた表現、5-10分くらいしかない番組なのに、新しい発見と、ワクワクした好奇心だけが残る。その洗練された世界観がかっこよくて今でもすごく惹きつけられています。
私自身も、そういうものを追いかけてきたからなのか、自分が作るものも「親しみやすい」「子どもが喜びそう」「ファミリーで楽しめそう」と言っていただくことが多くて、自分でもそこは一つの特徴なのかなと思っています。
パチ
林
それに関係してくるんですけど、大学時代の恩師から言われた、大事にしている言葉があるんです。
「林は、“おもしろくて、ちょっとためになるもの”を作ったらいいと思うよ。」
表面的にただきれいとか、ただかわいいということではなくて、本当はおもしろかったり、大切なことなのに、伝え方の問題で届いていないものがある。それを「こういうところがおもしろいんだよ」「こういうふうに大切なんだよ」と、伝わる形にして手渡していく。そして、手渡した相手にはもっと知ってみたいと思える好奇心だけが残る。そういうことをやるといいんじゃないか、と言ってもらって。その言葉は今でもすごく大事にしています。
パチ
それって、言うほど簡単なことじゃないよね。でも、それが手渡された側の世界を広げていくのは間違いないと思う。
林
私自身、「分からない」「難しそう」と感じることが、人と人との間に小さな距離を生んでしまう感覚を体験してきました。
とくに、専門性の高い内容を一般の人に届けようとするとき、伝える側に悪気はなくても、「分かること」が前提になってしまうことがあります。そうすると、「分からない」側は、それ以上聞くことや考えることを諦めてしまうこともある。
だから私は、「こうすると分かり合えそうかも」という入口をつくっていけたらいいのかもと思っています。
争いの根源をやわらげるような仕組みづくりに関わってみたい。
林
もう一つは、自分にできるか分からないし、理想論かもしれないんですけど、「紛争が起きない方向へ、少しでも社会を動かすこと」に関わりたいと思っています。
| 今回の雑談前に「これについても話したいな」と伝えたところ、「んー…あまり積極的に話したいものではないんです」と言われていたのが、『ポピーのはらっぱ』でした。 |
パチ
「今日は話さなくてもいっか」って思っていたんだけど、それは例の戦争の絵本の話ともつながるよね。
林
姉と一緒に作成してFacebookでシェアしていた絵本「ポピーのはらっぱ」のことですよね。
中高生の教員をやっている姉が、授業で扱う教材として一緒に作って欲しいと言ってくれたのがきっかけで、試しに姉妹で作ってみたものです。
終戦後の悲惨さを描く作品はたくさんありますよね。「戦争は嫌だね」ということは伝わる。でも、きっかけについて考えるものがあまりないなと思っていたみたいで、「そういうストーリーを書くから、絵を描いてくれない?」と頼まれて制作しました。
パチ
そっか。あくまでも「戦争を起こさないため」の物語である、と。
林
はい。姉は「そもそも戦争って、人間関係の中でどういうすれ違いや勘違いが積み重なって起きるんだろう?」「何が戦争をはじめてしまうポイントだったと思う?」と先生が生徒に聞きながら対話し、一緒に考えていくものにしたかったようです。ただ、一旦期限を決めてふたりで外に出してみたものの、争いが起こる時の構造があまりに複雑で、私もそれを本業をしながらうまく咀嚼、整理、表現することができなくて、まだまだかなり荒削りなプロトタイプ的な状態ではあります。改善の余地が非常に多いので、ぜひどなたからもコメントいただきたいです。
イスラエルのガザ蹂躙やロシアのウクライナ侵攻など、海外に目をやれば国際的な戦争が泥沼化しています。そして日本社会に目を向けても、非難や揉め事を意識的に集めたり増やしたりしながら、「大きな糾弾」につなげようとしている人たちが身近にいます。
外国人排除やマイノリティ差別は、紛争や戦争につながるものです。なぜいま、要らぬ血を流す必要があるのでしょうか。
「外国人はゴミ出しルールを守らない」とか騒音問題とか、日本国内のそういった話も、おれにとっては紛争の原因だし、早めに手を打つべき火種の一つです。
まず、決めつけて文句を言うのではなく、「この国にはこういう歴史や制度があって、このやり方でうまく回ってきたから、これからもみんなでそれを守っていきたいと思っている。あなたたちにもそれを理解し尊重してもらえないだろうか」という、地域住民の希望をわかりやすく伝えていく。そこから先がどうなるかは、「誤解があっても諦めずにやっていけばいい」というスタンスで、お互いが納得できる最高の妥協案を見つけようとする——。
それが紛争を起こさないための、最大の予防的取り組みなんじゃないかっておれは思っています。 |
林
私が関わっているプロジェクトも、「火種を先に鎮火しておく」ような感覚で取り組んでいるものは多いです。
パチ
林
「戦争」や「紛争」反対を掲げているわけではないんですけど、たとえば、ひどい扱いを受けてきたという過去の経験が、誰かを傷つけたいという気持ちに変わってしまうことってあるじゃないですか。でも逆に、自分は優しくされたという経験が積み重なると、「相手にも優しくしよう」という価値観になっていく。
そういう体験を得る人が増えるような仕組みづくりや、それを促すような表現ってなんだろう——。そんな視点を持って取り組んでいるつもりです。
パチ
おれたちのケアノベーションは、積極的に「優しくされる体験」を増やそうというものではなかったけれど、不当な扱いを受けたり、本来与えられるべき権利が与えられなかったりすることを減らしていこうぜって取り組みだよね。
それは紛争をなくすことにつながっているって、おれは思ってるんだよね。
林
私も、根本的なところはそうだと思っています。きちんと対等に扱われるようになることを仕組み化するものですよね。
それをもう少し広げて考えると、たとえば紛争学を研究されている方と一緒に、「紛争はどういう構造で起きるのか」を図解しながら紐解いて、その知見をもとに「ここで同じことが起きないようにするには何が必要か」という仮説を立ててものづくりができたら、と考えていたりします。
さっきお話しした農業研究のプロジェクトにも、そういう視点がありました。
パチ
林
直接そう掲げているわけではありませんが、砂漠化した土地を短期間で豊かに再生し、食料不足や資源を巡る争いを減らすことにもつながるような研究でもあります。
私はその活動の価値を伝え、研究者の皆さんを勇気づけたり、仲間を増やしていただくことが、遠回りかもしれないけど自分にできる「争いの少ない社会」につなげられることの一つなのかな、と思いながら取り組んでいました。
| この後、林さんは生物多様性が人間の心身やマインドセットに影響を与える「マイクロバイオーム」について語り、最後に、海外で働いていた頃の経験と学びをシェアしてくれました。 |
グラフィックデザインは紛争をなくす魔法か?
林
一時期、海外で20カ国くらいの人たちと町のカフェで一緒に働いていたことがあって。基本的には全員英語でコミュニケーションをとっていたのですが話せるレベルもかなりバラバラでした。性格も全然違うし、育ってきた環境もさまざまで、急に感情的に怒り出したり相手が傷つくことを平気で言ってしまう人もいました。
でも、そういうときに、言葉を使って同じスタンスで返すと、当たり前ですが喧嘩になります。自分はもともと好戦的ではないですが、言葉に不自由な者同士の世界だからこそ、より丁寧に向き合うようにはしていました。
パチ
おれも海外で暮らしていたときがあるけど、びっくりするくらい人それぞれだよね。
林
ですよね。でも「その人にも、そうならざるを得なかった背景があるのかもしれない」とか、「今見えている怒りは、本当は寂しさなのかもしれない」とか、そういう仮説を置きながら、安心してもらえるような声のかけ方や接し方を続けてみると、少しずつ表情や目つきが変わっていくこともありました。
その人にとっては難解な言葉を淡々と、怖い表情で並べられたら、誰だって身構えますよね。「もう聞きたくない」と耳を塞いで、「わかってみよう」と思う余地もなくなってしまう。
だから、どこかで心を開けるタッチポイントをつくることに、自分も関われたらいいなって思っています。
パチ
林さんがそういう視点を持って人に接していることは、ずっと感じていたな。
でもさ、ちょっと切なくなるんだよね…。いま、林さんが言ったように、「これ以上、あの国の大統領みたいな人を増やさない方法」は、この数十年で結構わかってきているはずなのに、現実には、彼のような人は増えている。そして世の中を見ていると、この先もまだ増えてしまいそうな気がする…。
林
その心配はありますね。
でも、地道に草の根的に活動されている方がたくさんいることも、さまざまな仕事に関わらせていただく中で知っていることができているので、それはすごく大きな救いだなと思っています。
パチ
そうだね。希望大事!
じゃあ、グラフィックデザインは、社会から紛争を無くしてくれるかな。グラフィックデザインに期待していい?
林
いや、それは無理です。グラフィックデザインは、情報を伝えるための手段や考え方の一つでしかないですから。伝えたい情報があってもプロジェクトチームの意思があまりに弱かったり、険悪なムードだったりすればうまくいかないことも多いです。それに、社会を良い方向に向かわせることもできるけれど、ナチスがやったように、悲惨な状態に向かわせることもできてしまいます。
パチ
でもさ、ナチスが何百万人もの人を戦争へ向かわせることができたように、何百万人もに「NO」と言わせることだってできるはずだよね。
林
そうなんです。パチさんが言うように、ビジュアル/視覚情報は良くも悪くも本当に影響力が強いので、いつも緊張しながら仕事をしています。
だから、その武器…いや、武器じゃなくて魔法かな、その魔法を「いつ、どこで使うか」を見極めることのほうが、グラフィックデザインそのものよりよっぽど大事だと思っています。
そしてもっと大事なのは、どんな態度で向き合うかじゃないでしょうか。私も、これから使い所を間違えてしまうこともあるかもしれないですが、それに気がついたらいつでも引き返す勇気を持っておきたいです。
真面目なのに勉強ができなかった少女は、デッサンを通して世界を理解する魔法を見つけた。
そしていま、その魔法を使って、複雑で分かりづらい世界を少しだけ理解しやすくし、誰かと誰かが対立する前に対話できる余白を作ろうとしている。
おれも、グラフィックデザインを、前よりもずっと理解できた気がする。林さん、ありがとう。