
被害後の復職時に別部署への異動を強く求めたにもかかわらず「元の職場復帰が原則」として拒否し、被害から3年あまりを費やした対応を外部調査委員会が不適切と認定。
井上樹彦会長が謝罪、しかし発表は加害者名も番組名も伏せ、対応職員5人は口頭注意にとどまり、加害者は「飲酒で記憶がない」として条件付き謝罪に終始した。
懇親会後の被害からPTSD発症までの経緯
職員は番組出演者らとの懇親会の後、当該出演者から意に沿わない性被害を受けた。
その後体調不良が続き欠勤・休職に至り、意に沿わない性被害の影響によるPTSDと診断された。
フラッシュバックなどの症状が続き、日常業務に支障をきたす状態が長期間続いたという。
被害から1年数カ月後に職場へ事実を打ち明け、所属部局への復職では被害当夜のことがフラッシュバックして精神状況が悪化するため、別の職場で復職できるよう「特段の配慮」を強く求めた。
主治医と所属部局の産業医も別職場への異動を提案したが、NHK側は受け入れなかった。
復職後も繰り返し異動を要望し続け、被害から3年あまり後にようやく希望職場の一つに異動できた。
昨年4月に労働組合を通じて申し入れがあり、外部の専門家による調査検討委員会が設置された。
委員会は約1年かけて関係者35人からヒアリングを重ね、報告書を提出した。
「元の職場復帰が原則」を盾にした硬直的運用
NHKは厚労省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を根拠に、現所属での復職を原則として特段の配慮を認めなかった。
手引きは新しい環境への適応負担を理由に元職場復帰を原則とする一方、異動を誘因とするケースや職場要因と個人要因の不適合がある場合は、本人や主治医の意見を十分に集めて配置転換を積極的に検討するよう明記している。
今回のように性被害によるトラウマが明確で、医療側が異動を勧めていたケースはまさに例外検討が求められる典型例だった。
調査委員会は「例外を認めると他の休職者への影響が広がると懸念し、前例踏襲に終始した」「原則遵守自体が目的化した」と厳しく批判した。
ガイドラインの趣旨を十分に理解せず、原則を絶対視した運用が被害者の回復を著しく遅らせた。
安全配慮義務違反の疑いと裁判例の示唆
労働契約法5条が定める安全配慮義務は、使用者に労働者の生命・身体の安全確保を求めている。
主治医・産業医の意見を踏まえず、フラッシュバックのリスクが高い職場に復職させた対応は、この義務に抵触する可能性が高い。
最高裁の片山組事件判決は職種が限定されていない場合、他に配置可能な業務があれば検討せずに復職を拒否することは違法となり得ると判断している。
トラウマが明確な精神疾患のケースで必要な配慮を怠れば、裁量権の逸脱と評価される余地は大きい。
調査委員会が人事対応の不十分さを認定し、会長が「キャリアに大きな影響を与えた」と認めた事実自体が義務違反の重さを裏付けている。
被害者が長期間にわたって不安定な状態を強いられた点は、組織としての責任を回避できない要素だ。
被害者保護を名目にしたお粗末な発表と処分の軽さ
発表では番組名、出演者名を伏せた。
被害者保護を理由とするが、結果として責任の所在が極めて曖昧になった。
加害者側は飲酒で記憶がないとして具体的な回答を避け、「もしそうした事実があったのであれば申し訳ないことをしてしまった」との条件付きコメントにとどめた。
内部では対応に当たった職員5人を担当役員が口頭注意しただけで済ませている。
会長が「心よりお詫び」と述べる一方で処分が軽い点は、公共放送としての本気度を疑わせる。
ジャニーズ問題やフジテレビの事案を繰り返し報じてきた立場との落差が、視聴者や関係者の不信を増幅させている。
情報公開の範囲と処分の軽さが、被害の深刻さに見合っていない印象を与えている。
加害者特定を求める声の拡大
公表直後からSNSでは「加害者は誰なのか」「名前を公表すべきだ」との声が相次いでいる。
情報を伏せた結果、憶測が広がり無関係な出演者まで巻き込まれる事態も懸念される。
加害者が公の場に出る出演者である以上、説明責任を果たすべきだとの指摘は根強い。
NHKはハラスメント防止宣言や人権方針の徹底を強調するが、過去の対応の遅さと処分の軽さが信頼回復を困難にしている。
被害者の心身回復を最優先にしつつ、組織全体で再発防止策を実効性あるものにできるかどうかが今まさに問われている。
公共放送として自局の人権侵害事案にどう向き合うか今後の信頼性を左右する。



