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一般社団法人ESG情報開示研究会

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東京都千代田区丸の内1-6-6

ESGが変える企業経営~グローバル市場の情報開示の潮流、日本企業への影響と対処|一般社団法人ESG情報開示研究会共同代表理事 増田典生氏

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ESG情報開示研究会増田典生氏

ESGを取り巻く世界が今、大きく変容しようとしている。
2021年11月、IFRS(国際財務報告基準)はCOP26においてISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の設立を発表。ESG情報開示の事実上のスタンダードとして打ち出された。他方、サステナビリティ情報開示に関する新たな国際的アグリーメントが次々と締結・改訂され、いまだ混沌とした状況が続く。
近い将来、グローバル企業だけでなく、サプライチェーンを形成する中小・ベンチャー企業もESG準拠が必須になるだろう。来るべき時へ、その潮流を捉えつつ、足下の準備が求められる。
今回お話を伺った一般社団法人ESG情報開示研究会 共同代表理事 増田典生氏(株式会社日立製作所 サステナビリティ推進本部主管)はESG情報開示の最前線にいる人物だ。彼の言葉には日本企業がESGの潮流をキャッチアップするための道標が示されている。

日本最大のESG研究コミュニティESG情報開示研究会

-本日はよろしくお願いいたします。まずは御団体の目的からお伺いします。

増田:ESG情報開示研究会はグローバルな動向を見据えながらESG情報開示の在り方を考える研究会です。「社会の持続的発展と企業が自らの価値を高め成長することを調和させる仕組みを創造すること」をビジョンに掲げ、ESG経営の在り方はもとより、サステナビリティとはなんぞや、といった領域まで広く検討していくことを趣旨としています。

-どのようなメンバーで構成されているのでしょうか。

増田:事業会社(発行体)各社の経営企画やIR、サステナビリティ部門などの担当者を中心に、本部長・部長クラスの実務者レベルのメンバーで構成しています。実践的に推進できているのが特徴です。他にも監査法人やメガバンク、コンサルティングファーム、経済産業省・環境省・金融庁などの関係官庁にも参加いただいています。発足時は19社でしたが、現在は93社9団体が参加しており(2021年11月末時点)、日本最大級の規模になっています。

-まさに日本を代表するESGプレーヤーがコミュニティに集結されているのですね。どのような問題意識から団体の設立に至ったのでしょうか。

増田: 私は株式会社日立製作所サステナビリティ推進本部に身を置いているのですが、企業としてESG情報開示を考えると、1社単独では解決しない問題が多数出てくる。フィナンシャルキャピタルプロバイダーである株主やアセットオーナー、アセットマネジメントといったステークホルダーが何を考え、どこに企業価値を見出しているのかといった問題は互いによくディスカッションしていかないと解決の糸口が見えてこないのです。

―それで関係者を集められた。

増田:情報交換をする中で同じような悩みが他企業の担当者にも多いことに気づき、まずESGに関わる交流勉強会を立ち上げました。勉強会を通じてよりパブリックなオーガニゼーションに拡大することになり、一般社団法人として2020年6月に発足しました。

-先ほど、ESGを所管する関係省庁、フレームワークづくりに関わる大手機関、そして企業の情報開示の実務者までが参画する、多層的かつ裾野が広いコミュニティだと伺いました。実際にはどのような活動をされているのでしょうか。

増田:月数回のペースで会合を開いています。100人以上のメンバーが参加していますので現在はほぼオンラインでの開催です。他にもイベントや内部的な勉強会や報告会を開催、密な意見交換を行っています。

2022年7月には、これまでの活動成果と近年のヨーロッパはじめとしたグローバル動向なども踏まえ、ホワイトペーパーを公表する予定です。

ESG情報開示研究会増田典生氏07

2022年以降、ESGの潮流が大きく変わる

-この数年、ESGに関わる様々なアグリーメントが生まれ、また改訂も続いています。これらの変動と行く末をどう捉えているのでしょうか。

増田:様々なフレームワークが混在する今の状況が、2022年以降大きく動くと予想しています。

端的に言うと、乱立していたESG情報開示のクライテリアが2つの流れに収斂していくことになります。

流れの1つが2021年11月のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)にてIFRS(国際財務報告基準)が発表したISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の設立です。
ISSBのもとでこれまでIIRC(国際統合報告協議会)やSASB(サステナビリティ会計基準審議会)を運営していたVRF(価値報告財団)や環境基準団体CDSB(気候変動開示基準審議会)を統合していきたいとIFRSは考えているようです。ISSBは今後本格的なフレームワークづくりが進められ、改めて2022年6月以降に本格的な形態が発表されることになっています。

もう1つの潮流がCSRD(コーポレート・サステナビリティ報告指令)です。これは2018年からEU圏内で施行されている非財務情報開示指令(NFRD)の改正法として、2021年4月21日に欧州委員会が承認したものです。

この2つが22年以降の世界のESG情報開示のメインストリームになっていくと予想しています。

-ISSBとCSRDにはどのような違いがあるのでしょうか。

増田:欧州委員会が提示したCSRDの大きな特徴は、「ダブルマテリアリティ」を重視していることです。情報開示においてマテリアリティとは重要事項という意味ですが、「ダブルマテリアリティ」とは、財務情報に直接的に影響を与える要素のみならず、企業が社会・環境に影響を与える重要事項を特定し、開示することを意味します。
企業活動は環境に影響を与えるだけでなく、人間活動としての社会にも大きな影響を及ぼしており、それが企業価値を創造する一要素となっています。ですからダブルマテリアリティを重視した信頼性と比較可能性のあるレポーティングを促進することがCSRDの大きな目的になっています。

他方、IFRSが推すISSBでは投資家や金融機関の意思決定に必要とされる財務的影響に係る重要事項にのみフォーカスしています。これを「シングルマテリアリティ」と呼んでいますが、この「シングルマテリアリティ」と「ダブルマテリアリティ」の対立構造になっているのです。

また業種別開示指標のあり方についても2022年から本格的に始まりますが、SASBの打ち出した業種別の区分に対して、欧州委員会側の諮問機関であるEFRAG(欧州財政報告諮問グループ)は別のインディケーターを定義している。セクターの分け方がSASBとは若干違うのです。

ESG情報開示研究会増田典生氏04

ESG情勢の変動の中で、日本は積極的にグローバルへ提言していく必要があ

―どうしてこのような対立が生まれたのでしょうか。

増田:欧州委員会とIFRSによるこれらの争いは、下種な言い方をすれば陣取り合戦、パワーゲームの様相も呈しています。欧州委員会はCSRDを欧州域内のみならずグローバルスタンダードにもしていきたい思惑があるようにも聞いていますが、少なくともヨーロッパで展開している企業はCSRDに従っていかなくてはならなくなるでしょう。

-両者の対立の中で日本企業はどのような影響を受けるのでしょうか。

増田:CSRDが欧州限定で展開するのであれば、現地法人がCSRDに従うことで対処できます。しかしこれがグローバルスタンダードとなれば話は変わります。欧州圏外、例えば東京に本社があってもヨーロッパで事業を行っているのであれば従わざるを得なくなる。

―そうなると一企業の規模では対応が難しくなってくるでしょうね。

増田:はい。しかしCSRDにしろISSBにしろ、現在日本の関係省庁も対応を模索している状態です。経団連(日本経済団体連合会)はCOP26でのISSB設立の発表を受けてプレスリリースを出しましたが、日本全体としても情報開示についてきちんとした形で提示していく必要がある。新しい機軸に対してオールジャパンで立ち向かっていかなければならないのです。ただISSBとCSRD、その両天秤で考えていかなくてはならない難しさがありますね。

-日本の関係省庁はどう考えているのでしょうか。

増田:関係省庁や研究会のメンバーともよく意見交換していますが、日本はもっとグローバル機関に対して人出し・意見出しをしていく必要がある、グローバルな意思決定の場面に委員を参画させるなどしていかなければならない。日本の主張をしっかり出していかなければならないと思います。

―代表者を送り込んで日本企業の利益を代弁していく必要があると。

増田:ですがそれは日本独自の見解を前面に押し出していくことではありません。オールジャパンとして考えた時にグローバルなクライテリアに対して「グローバルの一員としての日本企業はこう思う」という意識で提言していくことが肝要だと思います。グローバルに展開している企業で、たまたまロケーションが日本にある企業、という立ち位置で発言していく。世界的な企業だけれども本社はロンドンにある、ニューヨークにあるという感覚と同じです。

ESG情報開示研究会増田典生氏06

企業にとってESGの重要性は今後大きく伸展する

-今までお話を伺い、ESGに関わる世界情勢の大きな潮流を感じ取ることができました。しかし実際に統合報告書などを公表している日本の企業は上場企業の中でもまだ広く拡大しておらず、プライム市場の経営者でもCSRの延長程度に捉えている人が多く見られます。最低限の情報公開にしておいた方がよいのではないかと考えている経営者もまだ多くいらっしゃいます。これら日本の経営者の方針に関してはどのように考えられているのでしょうか。

増田:ESGはどんな業種・どんな企業にとっても必要なコミットメントです。事業を行っているあらゆる企業は、事業を通じて社会と環境に影響を与えています。ESGはその事業がどのように社会と環境に貢献しているのかを示すものですから、上場企業かどうかは関係ありません。確かにネガティブなリスクもあるかもしれませんが、それもどの企業でも同じ。E(環境)とS(社会)への企業価値を示すこと、そしてそれにドライブをかけるためのG(ガバナンス)なのです。

―企業の規模に関わらず情報を開示して企業価値をアピールしなければならない。

増田:企業投資をする側としてもESGの重要性は同じです。CSRは企業の社会的責任ですので広義には経営そのものだと私は理解していますが、多くの場合、狭義に捉えられがちです。インベスターサイドによるESG投資は今後も増してくるでしょう。ヨーロッパでは企業への総投資額の半分はESG投資になってきています。今後さらに注目が高まってくることも見据えて、各企業にはその事業規模や内容を問わず対処が求められていると考えています。

企業がすべきこと。「ストーリーを持ってESGに向かい合う」

-ESGの重要性が増してくる中、企業としては情報開示する上でどこに注意すればよいのでしょうか。

増田:情報開示の際に前年度からの進捗について成果として発信しなければならないのですが、当然計量できるものとできないものがある。ですから会社の経営戦略にどう影響しているのか、どう意識しているのかをストーリーとして示すことが重要だと考えています。まず自分たちの企業のパーパス・ビジョンを掲げ、そこに対してモニタリングしながら進めており、現在地を報告しますというストーリーです。

―ストーリーテリングすることで経営理念とESGを関連づける。

増田:はい。日本の多くの企業がサステナビリティやESGに対する取り組みについて欧州の先進企業の後塵を拝している部分のひとつに、ストーリーテリングの巧拙があると考えています。相手に納得してもらうためのストーリーテリングが無ければ、経営とESGの繋がりがバラバラに見えてしまう。会社の経営戦略や理念とESGがどう繋がるのかを示さなければ、グローバルにも投資家サイドにも納得してもらえないでしょう。日本では「隠匿の美」という言葉がありますが、発信していないことはやっていないと思われても仕方がありません。自分たちが実践していることをストーリーに落とし込み、それをグローバルへ発信していくことが企業価値を上げることになる。そういう努力をしていく必要があります。

ESG情報開示研究会増田典生氏05

中堅・中小企業のサステナブル経営のためのESGへ

-最後に、これからの展開についてお伺いしたいのですが、今後本当の意味で持続可能な社会を目指していくのであれば、もっと根本的にサステナビリティに取り組む社会になっていかなければならない。まだまだESGは大企業しか取り組んでいません。皆がマルチステークホルダー・エンゲージメントを打ち出し、地域や環境を考える会社を増やしていくべきと考えます。

増田:私は企業のサステナビリティと社会のサステナビリティはいずれ同期化され将来的には統合されていくのではないかと考えています。社会への活動を通してのみ企業のサステナビリティはあります。これからは社会への影響に対して消極的な企業は除外されていく時代になっていくでしょう。社会にインパクトを与えること、そしてそれを方針として打ち出し、内外に示していくことでインベスターサイドなど様々な方面から対価を得られるようになる。それに上場・非上場は関係ありません。それらの企業活動によって社会から認められるようになる、という視点がとても大事だと思います。

―しかし多くの企業は目先の利益を希求することを優先してしまう。

増田:利益を追い求めることは企業にとって当然のアクティビティだと思います。多くの企業は事業を始めようとする際には「自社にはこういうアセットがある、こういうマーケットがある」という点からスタートしがちです。既存のものでどう稼いでいくかを考え、今期・来期と短期的な期間を決めて利益を図る。そういったアプローチをすることは否定しません。しかしあるべき社会・こうなってほしい社会を考えることからキャスティングし、そこに向かうためにはどうすべきかを考えるという視座も重要ではないでしょうか。

それはいうなれば「明後日の飯のタネ」です。直近で成果が得られないかもしれない・収益が見込めないかもしれない類のものです。直近の利益になる「今日の飯のタネ」「明日の飯のタネ」から考える人たちにとって、明後日の分にどれだけ経営リソースを配分するかのバランスは考えどころだと思います。私の感覚では多くの経営者は7割ほどの経営リソースを今日の分に、2割くらいを明日の分に投入しています。明後日の分は1割ほどでしょう。

―未来を考えて投入するリソースが1割とはあまりに少ない。

増田:無論、このリソース配分は企業の経営戦略、損益分岐点にもよりますが、この1割をもっと育てていかなければなりません。明後日に目を向けた1割がなくなってしまうと、企業は、そして経済は衰弱していきます。明後日の飯のタネなのだから直近の利益にはなりません。しかしそれでもやらなくてはならない。「ウチは規模がそれほど大きくないから余裕がない」と思われるかもしれませんが、世界と日本の状況に目を向けて、アセットをそこに投入していくことはとても大事なアプローチです。

1つでも多くの企業や経営者たちがESGの観点を持ってサステナブル経営に取り組み、社会に対して自分たちがどうしていくべきかを考える。企業規模の大小は関係ありません。自社の価値をアピールし、ソーシャルへ訴える。そしてその道を間違えないためのガバナンスを保つ。ESGの観点で経営をしていくことがこれからの企業のあるべき姿だと思います。

-本日はありがとうございました。

◎増田典生氏プロフィール

1985年株式会社日立ソリューションズ入社。その後、同社経営企画部部長・CSR推進部部長兼ブランド戦略部部長等を歴任し、2017年より株式会社日立製作所本社サステナビリティ推進本部企画部長に就任、日立グループ・グローバルのサステナビリティ戦略構築・推進に従事する。2020年4月より同本部主管、6月より一般社団法人ESG情報開示研究会共同代表理事。

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ライター:

1980年千葉県生まれ 筑波大学大学院博士課程中退(台湾留学経験有り)。専門は中国近代政治外交史。その他、F1、アイドル、プロレス、ガンダムなどのジャンルに幅広く執筆。特にガンダムに関しては『機動戦士Vガンダム』blu-ray Box封入ブックレットのキャラクター・メカニック設定解説を執筆(藤津亮太氏と共著)。

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