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株式会社One’s Will

https://oneswill.co.jp/

〒160-0022 東京都新宿区新宿5-2-3 M・R・Cビル3F

TEL:03-6384-1293

自分に合う仕事は、働きながら見つければいい One’s Will・冨永賢一社長に聞く「人が育つ会社」のつくり方

ステークホルダーVOICE 経営インタビュー
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One's Will 冨永社長
One’s Will 冨永賢一社長(撮影:加藤俊、以下同)

「近い将来、どうなっていたい?」

ケーブルテレビやインターネットサービスの営業、コールセンター業務などを手がけるOne’s Will(ワンズウィル)の冨永賢一社長は、入社から半年ほどの社員と面談し、この質問を投げかける。配置を変えた方がよいかどうかも含めて、その先のキャリアを一緒に考えるためだ。

2011年に営業代行から出発した同社は、設立当初わずか3人。それが2026年現在、従業員数230人、2025年度の売上高は15億円にまで育っている。人を採用し、育て、取引先の現場に送り出す。案件が終われば自社に迎え、次の仕事へつなげる。この循環を15年続けてきた会社の中身を、冨永氏に聞いた。

 

自社の社員として雇い、クライアントより厳しい基準で育てる

One’s Willの事業基盤を支えるのが、J:COMとの取引だ。冨永氏によると、かつて120社ほどが横並びだったJ:COMの営業代理店は、数年前に1次店と2次店の二層構造へ再編され、直接取引できる1次店は約10社に絞られた。One’s Willはその1社に選ばれ、傘下には約15社の2次代理店ネットワークを築いている(取材時点)。同社の発表によれば、2024年8月にはJ:COMと包括契約を締結した。 約120社のなかから選ばれた理由を、冨永氏はこう説明する。

「基本的には、うちの社員として雇用して、外で働いてもらいます。何らかの理由で取引先の案件が終わった後も、うちに戻ってきて、また活躍してもらうというスタンスで見ています。自分たちの社員ですから、人間性も含めて、ちゃんと見ていくつもりです」

この業界では、登録型の派遣や完全歩合制の営業に頼る会社も少なくない。売り方が個人任せになれば、顧客からの信頼を損なうリスクと隣り合わせだ。One’s Willは、未経験者を社員として採用し、契約を獲得する技術と、個人情報の扱いや適切な販売手法を最初から教え込む。

「未経験のところから育てるので、コンプライアンスの当たり前の基準を、うちの基準にしていくんです。うちでは、クライアントよりも厳しい基準を意識しています」

管理の目は、2次代理店にも届く。独自の研修や個人情報に関するテストを行い、半年に1回ほど各社を訪ねて書類の扱いまで確認する。人を育て、協力会社の仕事も支える。その積み重ねが同社の競争力になっている。

営業からコールセンター、採用へ  キャリアを支える「モアオプ」

社員のキャリア支援にも、仕組みがある。同社の「モアオプ」だ。One’s Willの正社員として取引先の現場などで経験を積み、身につけたスキルと本人の希望を踏まえて、担当者と次の仕事を相談する。得意なことを伸ばすだけでなく、異なる職種への挑戦や、生活の変化に応じた働き方の見直しも想定している。

公式採用サイトには具体例がある。2016年に中途入社したMasato.T氏は、営業のアポイントを取る仕事からコールセンターのサポート業務へ移り、リーダーを経験。その後は求人広告の手配や採用面接、人材配置の調整などを担うようになった。営業代行では成果を出せなかった社員が、コールセンターでは活躍できた例も紹介されている。最初に任された仕事で適性が見つかるとは限らない。一つの現場でうまくいかなくても、その人の可能性まで決めつけず、仕事との相性を考えるということだ。

One's Will 内定者全体写真
One’s Will 内定者全体写真(提供:One’s Will)

入社後の教育も手厚い。公開されている新卒採用情報によれば、4週間の新人研修に加え、営業・販売などの体験型研修では新入社員1〜3人に1人の教育担当がつき、営業職向けには2カ月間のOJTも設けている。J:COMで本部トレーナーや営業部長を経験した人材も研修に加わる。学び直しの支援は営業職に限らず、前職が飲食業でパソコンにほとんど触れてこなかった総務部のMao.N氏が、「自己投資サポート制度」を使って社会保険の講座やパソコン教室で学んだ例もある。

では、こうした「人を育てる仕組み」は、どんな考えから生まれてきたのか。ここからは、冨永氏に聞いていこう。

 

「うちがこんなに困っているのだから、よそはもっと困っている」

One's Will 冨永社長

新しい柱として、外国人材の就職支援に力を入れています。なぜこの事業だったのでしょうか。

富永

うちは創業当時から、求人を出して、人を集めて、育てることを、ずっと繰り返してきた会社です。だから、人手不足を肌で感じています。うちがこんなに困っているのだから、ほかの会社もよほど困っているだろう。それなら、そのお手伝いをしていくことには意味があると思ったんです。

事業を始めるにあたって、ベトナムやインドネシアにも足を運ばれたそうですね。送り出し機関との契約だけなら、オンラインでも済むのでは。

富永

その国ぐらいは見て回ろうと。どんなところで生まれ育った人たちが、今、日本で仕事をしているのか。そこをちゃんと理解しようと思ったんです。

現地では、働き手が仕事を選ぶようになってきた変化も感じたという。円安が進み、母国の経済も成長するなかで、「日本に行けば稼げる」は当たり前ではなくなりつつある。だからこそ同社は、就職先の紹介にとどまらない構想を描く。外国人というだけで入居を断られがちな住まいの問題、生活に欠かせない携帯電話やインターネット。暮らしの困りごとに応えるため、不動産や中古自動車を扱う準備も進めてきた。通信はもともとの得意分野だ。「働く」の手前にある「暮らす」まで支えることで、事業として続けられる形をつくろうとしている。

この事業は、社員のキャリアにもつながっていくのでしょうか。

富永

若い社員が入って、ある程度成長して、「じゃあ次は何をやりましょう」となったとき、外国人材の受け入れ先を開拓するのは、格好の営業活動だと思うんです。今は一つの業界の中に営業、派遣、コールセンター、工事がある形なので、そこをもっと広い枠にしたいですね。

洋服店を持ちたかった青年が、営業に出会うまで

冨永さんご自身は、最初から人材ビジネスを志していたわけではないそうですね。

富永

僕は茨城の水戸出身で、高校を出て上京して、服飾の専門学校に行ったんです。洋服屋さんになりたくて。ただ、遊びすぎて留年してしまって(笑)。

留年が、転機になった。

富永

同級生が一足先に社会に出ていくんですよ。アパレルに就職した地方出身の友人は、1年もたたずに地元へ帰っていきました。家賃を払って、生活費を払って、働いている店の服も買って。好きな仕事に就いたはずなのに、暮らしていけない。僕はデザインがしたいというより、自分のお店を持ちたかったんです。だったら、専門的なことはアパレルを志した仲間に任せて、自分は経営ができればいい。じゃあ、僕は資金をためようと、スイッチが切り替わったんですよね。

それで営業の世界へ。

富永

派遣でJ:COMの営業に入りました。これが、しんどく感じなかったんですよ。楽しかったんですよね。

営業に専念すると決めた4カ月目には、成績でトップに立った。派遣から契約社員、正社員へと立場が変わり、会社への愛着も湧いた。その後、営業委託を手がけるベンチャー企業でトレーナーや管理者を経験し、2011年、東日本大震災の直後に独立する。「地震のときは、いろいろ考えますよね」と冨永氏は振り返る。働いてみたら、自分に合っていた。力がつくと、次の仕事が見えてきた──One’s Willが社員に用意しているキャリアの形は、冨永氏自身が歩いてきた道そのものでもある。

 

辞めていく社員と、一人ずつ飲みに行った

独立後は、順調でしたか。

富永

最初の3年ぐらいはスムーズだったんです。ただ、4年目あたりで社員の退職が重なりました。そのときのテーマは、「自己否定をしよう、一回全部」でした。辞めていく社員と一人ずつ飲みに行って、何がきっかけだったのか、今だから言える会社や僕への不満は何か。これがこうだったら、もっと良かったなと思うことがあったら全部教えて、と聞いていったんです。

どんな声が出てきたのでしょう。

富永

当時の主力は個人向けの営業代行で、休みが火曜と水曜だったんですよ。若いころから営業を頑張ってきた社員が、結婚を機に、奥さんから「給料が下がってもいいから、土日が休める仕事にしてほしい」と言われていた。独身のころは気にならなかった条件が、結婚すると大きな意味を持つ。会社から見ているだけでは分からない事情でした。

耳の痛い話を、全部聞いて回るのは簡単ではないと思います。

富永

聞いた話は全部ノートに残して、すぐできること、今は難しくても取り組むべきこと、受け入れるべきではないことに分けて、変えられるものから手をつけていきました。どこまで本音を言ってくれるかは分からないけれど、何人かはちゃんと話してくれた。それはうれしかったですね。一つずつ改善すれば、同じ理由が出てくるのを防げる。再発防止になるんです。

面談では「本音で言わせてもらう」

冒頭の面談の話に戻ります。「近い将来、どうなっていたい?」と聞いたあと、どう進めるのですか。

富永

本人が「できている」と思っていることと、客観的に見てできていることに、ずれがあれば解消したいんです。勘違いさせたくないので、結構、本音で言わせてもらいます。そのうえで、本人がいつまでにどうなりたいのかを聞く。今の現在地から、そこに行くためには何が必要なのか。会社としては、いつまでにこういうことができるようになってほしいと、具体的な目標を渡していくんです。

全員に同じ成長の仕方を求めるわけではない、と。

富永

自分で考えて動くタイプなのか、言われたことを着実にやるタイプなのかは、面談である程度見えてきます。言われたことをやるのが、悪いわけではないですよね。その子に合った場所に、先々配置していけばいいということです。

取引先の現場で働く社員の日々の様子は、経営者からは見えにくい。だからこそ、入社から半年ほどの段階で、冨永氏か役員が直接会って話す。希望を聞いて励ますだけでなく、現状を率直に伝える。その両方があって初めて、次の目標は具体的になる。

 

新卒100人採用、その先の世代交代

今後の展望を聞かせてください。

富永

新卒、たくさん取りますよ。100人が目標です。ただ、クライアントや今の取引先の仕事がいつまでも続くとは限らないので、社員が活躍する場はもっと考えていかなければいけない。一方で、お世話になっている会社、業界ですから、そこへの貢献を減らすつもりはありません。一緒にやっている協力会社も大事にしながら、ほかの仕事を広げていきたいんです。

その先には、何を見据えていますか。

富永

僕は今、20代や30歳前後の社員と飲みに行く時間を意識的につくっているんです。僕たちが引退するころに、仕事の脂が乗っているぐらいの世代を育てないと、次を任せられませんから。社員には、社長を目指してもらいたいという気持ちもあります。将来的には、事業部ごとに分社化して任せていくことも、どこかでやらなくちゃダメだなと思っています。

入社したときの仕事が、その人の最終的な仕事とは限らない。現場で力をつけ、別の職種を経験し、やがて人を育てる側に回り、事業を任される人も出てくる。「近い将来、どうなっていたい?」という問いは、社員一人ひとりの次の挑戦を、会社が本気で受け止めるための問いである。

One's Will 内定者座談会
内定者座談会の様子

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ライター:

株式会社Sacco 代表取締役。一般社団法人SHOEHORN理事。週刊誌・月刊誌のライターを経て2015年Saccoを起業。 連載:日経MJ・日本経済新聞電子版『老舗リブランディング』、週刊エコノミスト 『SDGs最前線』、日本経済新聞電子版『長寿企業の研究』

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