
オフィスの整理整頓や清掃、備品の補充。こうした仕事は、たいていの場合、気付いた人や若手に委ねられ、負担が一部の人に偏りがちだ。京都に本社を置く、株式会社内藤建築事務所の九州事務所は、この当たり前を見直した。職場環境を支える業務を8つの委員会に分け、社員が部門を越えて分担する。
快適な職場を「誰かの仕事」にせず、全員でつくり、育てていく。「KM4」と名づけられた、その仕組みの話である。
建築設計事務所が、自分たちのオフィスを考える
株式会社内藤建築事務所は、京都市に本社を置く建築設計事務所である。1942年の設立から80年を超える歴史を持ち、病院や学校、体育館、斎場といった公共性の高い建物を全国で手がけてきた。「対話の設計」を掲げ、事業の企画から設計、監理を担う。従業員は267名で、本社のほか東京や名古屋、大阪など各地に拠点を構える。
その拠点の一つ、44名が働く九州事務所で始まったのが、「KM4」という取り組みだ。これは、職場環境の維持や改善に関わる業務を委員会として役割分担し、社員が主体的に運用する制度である。
KM4という名前には、由来がある。もともとは、2つのフロアに分かれていた九州事務所を1つのフロアへ集約する、オフィス移転プロジェクトの呼び名だった。「Kyushu Moving to 4th floor project」の頭文字である。そのプロジェクト名が、いまでは社員全員で職場環境を運用する委員会制度の呼称として定着している。
建物の設計を本業とする会社が、自分たちの働くオフィスそのものを、どう維持し、どう良くしていくか。KM4は、その問いに社員全員で向き合う仕組みとして立ち上がった。
「気付いた人任せ」を、8つの委員会に
KM4が生まれた背景には、多くの職場に共通する課題があった。
これまで九州事務所では、整理整頓や清掃、備品の管理といった、職場環境を支える業務の多くが、気付いた人や若手社員の自主的な対応に委ねられていた。誰かがやってくれるうちは回っているように見えて、その負担は見えにくいまま一部の社員に偏っていく。よくある光景だが、放っておけば不公平を生む構造でもある。
転機になったのは、2024年9月のオフィス移転だ。2フロアを1フロアに集約し、あわせて、固定席を持たないフリーアドレスを導入することになった。共用のスペースや備品を使う場面が増えるフリーアドレスでは、これまで以上に一人ひとりが職場環境の維持に関わる必要がある。執務環境が大きく変わるこのタイミングを、同社は職場の維持管理のあり方を見直す機会と捉えた。
そこで立ち上げたのが、委員会制度である。同社、東京事務所が先立ってオフィスの移転に伴い、フリーアドレスの導入を行っており、移転のタイミングで委員会制度を取り入れていた。これを参考に、九州事務所の社員で話し合い、九州事務所版の委員会制度を発足した。
職場運用に関わる役割を委員会として明確にし、担当が割り振られ、現在は、8つの委員会で運用されている。フリーアドレスのルール定着を担う風紀委員、全社員参加の清掃を主導する清掃委員、パソコンやWi-Fiなどの機器を管理するOA委員、オフィスの植物を世話するグリーン管理委員。ほかにも、図書、備品購入、資料棚の整理、施主からの借用物の管理といった役割が、それぞれ委員会として分担されている。

運用にあたっては、九州事務所の44名のうち、現場業務が中心の監理スタッフを除く、設計・営業・総務の31名を各委員会に割り振っている。部署が混ざったメンバーで構成することで、特定の部門や個人に負担が集中しないようにしている点も工夫の一つだ。さらに、職場環境への意見を集める意見箱を設け、寄せられた声を起点に運用ルールを見直していく。「気付いた人が対応する」という属人的なやり方を、役割の見える化によって置き換えていったのである。
役割を見える化して、変わったこと
制度を始めて、職場には少しずつ変化が表れてきた。
わかりやすいのが、整理整頓である。フリーアドレスでは、共用スペースや個人の荷物棚が乱れやすい。制度の開始当初は、風紀委員によるチェックや、社内メッセージアプリでの注意喚起が頻繁に行われていた。それが今では、整理整頓についての指摘が大幅に減っているという。「使った場所は元の状態に戻す」という共通認識が、社員のあいだに浸透してきた。同社は、一人ひとりの意識が高まってきたと受け止めている。

清掃にも成果が見えている。KM4では、週に1回30分、社員がグループ持ち回りでオフィスを清掃している。始めた当初は、清掃するとだけ決めてスタートしたため、やることが曖昧で、手持ち無沙汰になる社員もいた。そこで清掃委員が、清掃項目のリストを作成し、作業の内容や方法を明確にした。役割がはっきりしたことで、限られた30分を効率的に使えるようになったという。職場環境を支える業務が、「気付いた人が対応する」から「全員の役割」へと移ったことで、負担の偏りも和らいでいった。
制度がもたらしたのは、作業の効率化だけではない。ある場面が、それを象徴している。制度を始めた当時、風紀委員のなかに、入社1年目の社員がいた。その社員が、委員としての役割のなかで、整理整頓が不十分だった上席の社員に、改善を促す場面があったという。役職や年次に関係なく、職場をより良くするための意見を発信できる。委員会という仕組みが、そうした風土を育てる後押しにもなっている。
「全員でつくる職場」を、他の事務所へ
九州事務所で根づいてきたKM4を、同社はさらに育てていこうとしている。
運用を続けるなかで、フリーアドレスのルールや職場環境を維持する意識は、徐々に浸透してきた。各委員会からの指摘や注意喚起も減っている。一方で、新たな課題も見えてきた。社員は自分が所属する委員会の業務には詳しくなるが、ほかの委員会の役割や課題までは十分に把握できていない。いまは「担当の委員に聞けば解決する」状態だが、それは裏を返せば、知識やノウハウが担当者に偏っているということでもある。
そこで同社は、委員会のメンバーを定期的に入れ替えることを検討している。より多くの社員が、さまざまな役割を経験できるようにするためだ。それぞれの委員会が持つ知見を組織全体で共有し、特定の担当者だけに依存しない職場運用を目指している。役割を固定せず、経験を回していく。当事者意識を一部の人にとどめないための工夫である。
その先には、より大きな構想もある。東京事務所からはじまった委員会制度は、今や九州、名古屋、大阪と、ほかの事務所に広がりを見せている。また、今後この制度を取り入れて行こうとするほかの事務所の動きもある。職場環境を「誰かが管理するもの」ではなく、「全員でつくり、育てるもの」と捉える。この文化を全社へ広げることで、拠点ごとの特色を活かしながら、社員が主体的に働きやすい環境をつくる風土を育てたい考えだ。

建物の設計を通じて、人が快適に過ごせる空間を考えてきた会社が、自分たちの職場でも同じ問いに向き合っている。快適な職場を「誰かの仕事」にしない。九州事務所の小さな委員会活動は、その考え方を全社へと浸透させていく大切な一歩となった。



