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株式会社エスクリエイト

https://fudousansouzoku.jp/

大阪府岸和田市別所町3丁目10番3号 エスクリエイト本社ビル

0724378600

建築・不動産のエスクリエイトが、なぜメンマを作るのか。放置竹林から生まれた「岸和田メンマ」

ステークホルダーVOICE 経営インタビュー
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株式会社エスクリエイト・竹収穫時の集合写真
提供:株式会社エスクリエイト、以下同

「相続放棄をし損ねた」。ある一件の相談から、その土地の物語は始まった。古民家と、5000坪の放置竹林。売ることも貸すこともできず、収益も生まない。不動産の世界で言えば、最も行き場のない土地だ。

大阪・岸和田で建築と不動産を30年営む株式会社エスクリエイトの代表・笹倉太司氏は、その厄介な土地をあえて引き受けた。切り出した竹を食用の「岸和田メンマ」へと変え、ふるさと納税の返礼品にまで育てている。売れないはずの土地の竹を、不動産のプロがなぜ切り出すのか。

 

誰も手を出せない土地から始まった

すべては、一件の相談から始まった。

地元で長く不動産を営み、相続の相談窓口も構える笹倉氏のもとに、先輩を通じてある案件が持ち込まれた。相続放棄をし損ねた人が手に余る土地を抱えているという。古民家が一軒。1000坪超えの農地。そして、5000坪におよぶ放置竹林。

長年この仕事を続けてきた笹倉氏には、土地を見極めるための、一つの物差しがある。収益性と流通性、この二つの軸で不動産を四つに分けるマトリクスだ。

笹倉氏
「都心のビルのように、お金も稼いで、売ろうと思えばすぐ売れる。これが一番いい土地です。自宅なんかはお金を生まないけれど、いざとなれば売れる。逆に、権利関係が複雑で、稼ぎはあるけれど売りにくい土地もある。そして最後に、お金も生まず、売ることもできない土地がある。今回のものは、完全にこの一番厄介な区分でした」

相続税の評価額だけは一人前についていても、いざ売りに出せば買い手がつかない。地方ではそんな土地が少なくないという。持っているだけで管理の手間がかかり、放っておけば近隣にも迷惑がかかる。相続した人にとっては、重荷でしかない。もういらない。かといって国に返してしまうのも、ままならない。どうしたものか。行き場のない土地だった。

普通の不動産業者なら、まず手を出さない。売ってもすぐには利益にならず、竹林ともなれば整備するだけで膨大な手間がかかるからだ。

それでも笹倉氏が引き受けられたのは、この仕事への向き合い方が人と少し違っていたからだ。不動産は、相続が起きたときにこそ動く。その現場に長く立ち、地元の宅地建物取引業協会(以下、宅建協会)では、空き家問題に取り組むプロジェクトチームのリーダーを10年以上務めてきた。土地や建物の困り事を解決することが、自分の仕事の芯だと考えている。売って利益を出すことだけが、目的ではない。

この相談を最初に受けたのは、笹倉氏の先輩にあたる不動産コンサルタント、寺田氏だった。二人は手を組み、誰も引き受けたがらなかった古民家と竹林を、引き取ることにした。そして、この5000坪の放置竹林こそが、後の「岸和田メンマ」へとつながっていく。

エスクリエイト・竹の伐採
 

「岸和田メンマ」という答え

引き受けたはいいものの、5000坪の放置竹林は、あまりにも手ごわかった。

竹は、手入れをやめると、横へ横へと地下茎を伸ばしていく。日の当たらなくなった竹は倒れ、簡単には腐らずに積み重なる。そうして密になった竹林は、隣接する杉山までのみ込んでいく。全国の里山でいま静かに広がる、竹害と呼ばれる問題だ。

古民家を改修して、カフェや宿泊施設にする。そんな再生の形も、頭にはあった。だが、この土地は市街化調整区域にあり、建物を新たに建てたり、用途を変えたりする許可が、簡単には下りない。ならば、まず竹そのものを活かせないか。行き着いたのが、メンマだった。

タケノコが土から顔を出し、2、3メートルの若い竹に育つ。その幼竹のやわらかい上部だけを切り出して、その場で加工する。これが食用メンマの原料になる。笹倉氏は自らメンマ作りを習いに行き、2024年の年末から竹林の整備とメンマ作りに乗り出した。

翌年、初めての収穫を迎え、「岸和田メンマ」と名づけて、通信販売を始めた。そして2026年の春、岸和田市のふるさと納税の返礼品に選ばれる。誰も引き受けなかった土地から採れた竹が、地域の特産品として認められた。

岸和田メンマ
岸和田メンマ

この取り組みには、もう一つの意味がある。

笹倉氏
「実は流通しているメンマの97パーセント、98パーセントぐらいが台湾や中国からの輸入なんです。別に、外国産がどうこうという話ではありません。ただ、国産のもの、その土地で採れたもので作る。そこにこそ意味があると思っているんです」

放置され、厄介もの扱いされてきた竹が地産地消の食材に変わる。竹林を整備すれば荒れた景観や生態系が守られ、防災にもつながる。そして、その整備という重い労働を地域の人たちの手で担っていく。環境の問題と、地域の担い手不足。二つの課題を一つの取り組みで解いていく循環が、ここにはある。

もっとも、竹はそう都合よくは応えてくれない。竹には豊作の年と、不作の「裏年」があり、この2026年はその裏年にあたった。整備した面積は前の年より何倍にも広げたのに、収穫できた量は去年の半分にも満たなかった。それでも笹倉氏は悲観していない。整備は年ごとに確実に進んでいる。竹林が健やかになれば、採れる竹はこれから増えていくはずだからだ。

 

一人ではやらない、掛け合わせの流儀

竹林の整備は、笹倉氏一人でできるものではない。実際、この取り組みには驚くほど多彩な顔ぶれが関わっている。

その根っこにあるのは、笹倉氏が長年のコンサルティングで培ってきた一つの信条だ。

笹倉氏
「一つの課題を自分一人で抱え込んで解こうとしても、限界があります。いろんな業種の人、いろんな地域の人が持っているものを掛け合わせる。そこから一人では思いつかない答えが生まれてくる。私のコンサルティングは、ずっとそのやり方でやってきました」

まず、「学」。笹倉氏の母校でもある四天王寺大学とは、阪西准教授のゼミを通じてつながった。学生たちは竹林の整備やメンマの加工といった現場に、実際に足を運ぶ。笹倉氏は3年前から、この大学で年に1、2度、特別講師として教壇にも立っている。自分たちが山で切り出したものが商品となって世に出ていく。その過程と背景にある思いを、学生に肌で知ってもらう。教室では学べない、泥くさい課題解決の現場がそこにある。

次に、「官」。岸和田市は、放置竹林の問題に「パンダバンブープロジェクト」として取り組んでいる。じつは、かつて和歌山県のアドベンチャーワールドのパンダには、岸和田で採れた竹が運ばれていた。近隣の和歌山の竹をパンダが口にしなかったためだという。そんな縁もあり、市の担当者は笹倉氏の竹林にも何度か足を運んだ。こうしたつながりが、ふるさと納税の返礼品への採用を後押しした。

そして、「民」と「福」。竹の切り出しには、宅建協会の有志や地元の後輩、笹倉氏が手がけた注文住宅の顧客や職人までもが加わる。パッケージのラベル貼りは、地元のB型就労支援施設が担っている。

こうして、産・学・官・民、そして福祉が、一つの竹林に集まってくる。字面にすると仰々しいかもしれないが、笹倉氏にとっては、ごく自然な仕事のかたちだ。誰か一人の力ではなく、それぞれの得意を持ち寄って掛け合わせていく。放置竹林という一人ではとても抱えきれない課題だからこそ、この流儀が生きてくる。

エスクリエイト・放置竹林での伐採作業
竹林での伐採作業の様子
 

不動産のプロが、なぜここまでやるのか

すぐには利益にならない竹林の整備に、休みの日をあてて山へ入る。なぜ、不動産のプロがそこまでするのか。その答えは、笹倉氏の本業への向き合い方にはっきりと表れている。

不動産の仕事は、土地や建物を売り買いしたり、貸したりして、はじめて利益が生まれる。そのため、相続の相談も売買を前提に進んでいくことが少なくない。だが、同氏のやり方はそこから始まらない。相続が起きる、ずっと手前から関わる。5年、10年と付き合いながら、その家の資産をどうすれば最も良い形にできるか、一緒に考える。すぐに売って利益を出すのではなく、時間をかけて困り事そのものを解いていく。

こうした姿勢は、この道で積み重ねてきた信用に裏打ちされている。相続に関するセミナーは、これまで400回を超える。相続の書籍も手がけてきた。宅建士や建築士などの国家資格を持つ専門家に向けた、資格更新の講師も務める。地元のFMラジオでは、13年以上にわたって住まいや相続の相談に応える番組を続けている。不動産と相続の、地域の相談役。それが笹倉氏のもう一つの顔だ。

同氏には、長年抱いてきた思いがある。

笹倉氏
「不動産の仕事には、どうしても売って利益を出すというイメージがつきまといます。でも、私は、それだけの仕事にはしたくないんです。人の暮らしや、地域の課題に深く関わっていける。この仕事の社会的な価値をもっと高めていきたい。その思いはずっと持ち続けています」

時間をかけて竹林を整えても、すぐに実入りがあるわけではない。手間ばかりがかかる。それでも笹倉氏がこの取り組みを続けるのは、目先の損得を超えたまなざしがあるからだ。

岸和田で生まれ育ち、この地で30年商売をさせてもらってきた。その地域に恩を返したい。不動産という仕事は本来、人の暮らしと地域に深く根ざしている。売れない土地の竹を切り出す作業も、笹倉氏の中ではその本業とまっすぐにつながっている。

 

時間を、味方につける

この事業は、まだ利益を生んでいない。むしろ、器具をそろえ、土地を整えるための持ち出しが先に立つ。それでも笹倉氏が慌てないのには、理由がある。

不動産コンサルティングという仕事は、そもそもリードタイムが長い。すぐに成果が見える世界ではない。今日まいた種が、5年後、10年後に実る。それが当たり前の世界で、同氏は長く仕事をしてきた。竹林も同じだ。整備が進めば、採れる竹は増えていく。焦って刈り取るのではなく、時間をかけて山そのものを育てていく。本業でしっかりと稼ぎ、この取り組みはじっくりと熟成させる、という構えだ。

現場の作業は、共感して集まった人たちの無償の力に支えられている。竹の切り出しは、傾斜のある山でのれっきとした林業だ。ヘルメットをかぶり、電動のこぎりを手に朝から半日、汗を流す。笹倉氏は、自分が返せるのは、昼の弁当と飲み物、そして採れたメンマくらいのものだと語る。それでも、また来たいと言ってくれる人が後を絶たない。

こうした取り組みは、1年や2年で形になるものではない。ときには、笹倉氏自身、心が揺れることもある。

笹倉氏
「正直に言うと、たまに、何のためにやっているんだろうと、分からなくなる時もあるんです。それでも続けているのは、この竹という素材にやっぱり魅力があるから。それに私は名前も笹倉で、竹かんむりがついている。これも何かの縁かなと思いながら山に入っています」 答えの出ない問いを抱えながら、それでも笹倉氏は竹林に通い続ける。いつか軌道に乗れば、支えてくれた人たちに恩を返せる。その日を見据えている。

エスクリエイト・メンマ作りの樽
メンマを熟成させるための樽も笹倉氏が自ら買い揃えた
 

岸和田から、全国の里山へ

放置竹林は、岸和田だけの問題ではない。手入れの止まった竹林は、いま全国の里山で静かに広がっている。担い手は高齢化し、若い世代は都会へ出ていく。笹倉氏が挑んでいるのは、どこの地方にも通じる普遍的な課題だ。

だからこそ、同氏が思い描くのは自分が全国を飛び回る姿ではない。岸和田での取り組みが一つのモデルとなり、それぞれの地域の人が自分たちの手で竹林と向き合っていく。そんな広がり方だ。

その鍵を握るのが、地域をどう巻き込んでいくかだ。笹倉氏には、一つの構想がある。ゴールデンウィークの頃、農家の人たちは伸びすぎたタケノコをじゃまだからと蹴り倒してしまう。食べるには育ちすぎ、放っておけば竹になってしまうからだ。その幼竹を、規格を定めたうえで買い取る。これまで蹴り倒すだけだったものが、いくらかの現金に変わる。農家にとっては臨時の収入になり、竹林の整備もその分だけ進んでいく。

出口も、少しずつ見えてきた。岸和田市の学校給食は、およそ1万食にのぼる。ここに地元産のメンマを届けられれば、地産地消であり、子どもたちへの食育にもなる。給食センターとの協議は、すでに始まっているという。笹倉氏が隣の貝塚市で営むおにぎりカフェ「S―cafe」では、「メンマおにぎり」を出す。山で切り出した竹が、食卓に届くまでの物語、それが少しずつ形になってきた。

竹には、まだ多くの可能性が眠っている。竹炭、竹灯籠、伐採の体験プログラム。使い道は、これからいくらでも広げていける。また、若手起業家と連携し、引き取った古民家を活用した農家カフェを来春からスタートさせる企画も進めている。

笹倉氏
「竹は、昔は暮らしのあちこちで使われていたのに、プラスチックに取って代わられて、すっかり需要が減ってしまいました。でも、竹には竹の良さがちゃんとあるんです。厄介ものと言われる竹を、もう一度地域の役に立つものに変えていく。それができるということを、いろんな地域に広げていきたいんです」

株式会社エスクリエイト代表・笹倉太司氏

売ることも貸すこともできなかった、5000坪の土地。誰の手にも余っていた竹林がいま、地域の特産品を生み、人を集め、次の世代へと手渡す学びの場になろうとしている。厄介もの扱いされてきたものを、価値へと変えていく。岸和田で芽吹いたその試みは、同じ悩みを抱える全国の里山へと、静かに広がろうとしている。

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ライター:

Sacco編集・ライター。企業に直接出向く取材が中心。扱う記事はサステナビリティ、ウェルビーイング関係が多め。

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