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長さんは何者? Xでバズる「JTC窓際サラリーマン」の正体 なぜ会社員の心に刺さるのか

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長さん
Xより

「一番つらいところは、次のやつに任せればいい」

会社の会議室でこんなことを口にすれば、眉をひそめられるだろう。だが、心の中で一度も似たことを考えたことがない会社員は、どれほどいるだろうか。

 

いまXで猛烈な勢いでフォロワーを増やしている「長さん」(@jtc_ojisan2)が描くのは、そんなサラリーマンの「口に出せない本音」だ。七三分けに眼鏡をかけた中年管理職。会社を変えようという野心はなく、難しい仕事を率先して引き受けることもない。面倒事は巧みにかわし、ときには部下や後任へ回しながら、会社員人生をなるべく無傷で完走しようとする。プロフィールに掲げるモットーは「逃げ切り」である。

普通なら嫌われそうな人物なのに、漫画を読み進めると妙なことに気づく。部下の動かし方、上司への説明、経営企画との距離の取り方、予算の守り方、炎上案件からの逃げ方まで、どれも妙にうまい。このおじさん、実はかなり頭がいいのではないか――。そこに、この漫画の毒がある。

笑いながら読んでいるうちに、「こういう人、うちにもいる」と思う。さらに読み続けると、もっと嫌なことに気づく。自分の中にも、少し長さんがいる。

 

長さんは何者? 「逃げ切り」を掲げる50代JTCサラリーマン

Xのプロフィールによると、長さんは「JTCで日影部署の長をしている50代窓際サラリーマン」。妻と成人した3人の子どもがいるという。JTCとは「Japanese Traditional Company」の略で、ネット上では伝統的な日本型大企業、とりわけ縦割りや年功序列、無駄な会議といった旧来型企業文化をからかう意味で使われる。

もっとも、本人の実名や勤務先は明らかになっておらず、本当にプロフィール通りの50代会社員なのかも確認できない。本稿で扱う「長さん」は、あくまでX上につくられたキャラクターとしての長さんである。

それでも人気の伸びは本物だ。7月末には5000人前後だったとされるフォロワーは、8月12日時点で約5万9000人にまで膨らんだ。元LINE、ZOZO執行役員の田端信太郎氏まで「いま1番面白いXアカウント!!!」と紹介している。

 

なぜ、これほど会社員の心に刺さるのか。理由は単純で、長さんが誰もが薄々知っている会社の不都合な真実を、あの柔和な顔で平然と言ってしまうからだ。

「所詮は他人の金。都合よく利用すればよいのだ」「意味があるかどうかは重要ではない」。さらに「#JTC辞典」では、目標とは達成すれば翌年もっと高くされ、未達なら努力不足とされる数字だと皮肉る。

身も蓋もない。だが、大企業で働いた経験がある人ほど笑えない。目標を120%達成すれば翌年は130%を求められ、難しい案件を一度救えば「次もあいつに」と回ってくる。問題点を見つけて報告したら、いつの間にか発見者本人が改善プロジェクトの責任者になっている。

だったら、毎回100点を取りに行かない方がいい。長さんの処世術は「働くな」ではなく、「頑張り過ぎるな」なのだ。

 

無能な窓際社員ではない むしろ「役員まで行く人」ではないか

ここを間違えると、長さん漫画の面白さは半減する。長さんは無能ではない。むしろ、会社員としてはかなり有能に見える。ただし、その能力を「いい商品をつくる」「顧客を喜ばせる」「新しい事業を立ち上げる」といった方向にはあまり使わない。その代わり、会社という組織の中で自分が損をしないために使う。

例えば、経営企画からコストセンターに対して人員削減を求められたとする。正面から「無理です」と突っぱねれば経営企画との関係は悪化する。一方、言われた人数をそのまま削れば自部署が回らなくなる。そこで長さん型の管理職は、要求を受け止めた格好をしながら、守るべき戦力は残すよう立ち回る。他部署に責任を投げるやり口などは実に学ぶべき点が多い。

実際問題、巨大企業で部長や役員になるために必要な能力とは、本当に新規事業を生み出すことだけなのだろうか。利害の違う部署を調整し、上から降ってきた無理難題を現場向けに加工し、隣の部署を敵に回さず、上司の顔も立てる。しかも、自分一人が責任をかぶる展開だけは避ける。

こうした能力は、会社によっては恐ろしく強い。長さん自身は「窓際」を名乗るが、描かれている処世術や実際に管掌している部門や部下数を見る限り、人事、総務、管理、企画といったバックオフィス部門の部門長、場合によっては役員まで「サラリーマンすごろく」を上がれる人物にも見える。

個人では正解、会社全体では不正解 長さんが映す日本企業の停滞

 

長さんの行動を一つずつ取り出してみれば、かなり合理的である。120%達成すると来年の目標が上がるなら101%で止める。難題を引き受けても給料が大して増えないなら手を挙げない。改善余地を見せると翌年さらにコスト削減を迫られるなら、余力を見せない。炎上案件を背負いたくなければ決裁者を増やして責任を薄める。

個人の損得だけで考えれば、どれも間違ってはいない。問題は、社員全員が長さんになったら会社はどうなるのか、ということだ。

誰も難しい仕事を取りに行かない。余力があっても隠す。問題に気づいても黙る。意味のない会議や資料も、「やめよう」と言った人間が責任を負わされるならそのまま続ける。一人ひとりは賢く立ち回っているのに、会社全体は少しずつ馬鹿になる。

日本生産性本部によると、2024年の日本の時間当たり労働生産性はOECD38カ国中28位だった。もちろん、長さん型の会社員が日本経済停滞の原因だという話ではない。ただ、「価値を生むこと」以上に「損をしないこと」へ頭を使う働き方が、ここまで大量の会社員から「分かる」と支持される光景には、日本企業が抱えてきた病理がにじんで見える。

頑張らない人が増えたから日本企業が弱くなったのではない。頑張った人に仕事が集中し、余計な責任を引き受けた人ほど損をする会社なら、社員の側も学習する。「そこまで頑張る必要はないな」と。

長さんは、日本企業を停滞させた張本人ではない。むしろ、停滞した組織に最適化された生物なのである。会社がつくった生態系に、見事なまでに適応した結果が長さんだと考えれば、この漫画が笑えるのに少し寒々しい理由も分かる。

 

女性登用もDXも「会社の風向き」として読む

長さん漫画の毒は、会社が掲げる美しい言葉にも向く。ダイバーシティ、女性活躍、DX、人的資本、パーパス。企業はその時々で新しい旗を掲げ、社員にも対応を迫る。

女性役員や女性管理職を増やすことには、男性中心だった意思決定層を変える意味がある。一方、数値目標だけが前に出て、人事の理由が社内に十分説明されなければ、「なぜあの人が昇進したのか」という不満も生まれる。問題は女性登用そのものではなく、能力評価や昇進基準への納得感が失われることだ。

だが、長さんはそこで正義の旗を振って戦わない。会社が女性活躍と言えば女性活躍に合わせ、DXと言われればDXの資料をつくり、人的資本と言われれば人的資本と口にする。「そんなものは意味がない」と正面から反旗を翻すほど青くもなければ、会社が掲げる大義に自分の人生まで賭けるほど純粋でもない。

風向きを読み、そのとき会社が求める言葉を使いながら、自分が最も傷つかない場所へ移る。この身のこなしは実にうまい。そして残念ながら、事業をつくる力より、こうした立ち回りのうまさの方が出世に効く会社も確かにある。そこにもまた、日本企業の停滞を見る思いがする。

 

会社には冷めているのに、人生には妙に貪欲

ただ、長さんというキャラクターは、仕事に冷めた中年男というだけでは終わらない。現在バズっているJTC漫画のアカウントとは別に、「長さんセンシティブ」(@jtc_ojisan)というアカウントがあり、こちらでは性的な題材の漫画も投稿している。

その一つが「戦士の休息。これで週の後半も戦える」と題した7ページの作品だ。会社では省エネ運転を貫く男が、会社の外ではしっかり欲望を抱え、生きる楽しみを求めている。

この設定は、実は長さんという人物を理解するうえで重要である。彼は人生を諦めた男ではない。会社に人生を捧げることを諦めた男なのだ。

昭和型のサラリーマンにとって、会社で成功することと人生で成功することはかなり重なっていた。『島耕作』は会社の階段を上り続け、やがて社長までたどり着いた。会社での出世が、そのまま人生の物語になった。

長さんは逆である。会社は給料を受け取り、社会的身分を維持する場所ではあるが、自己実現まで託す場所ではない。会社に差し出す時間と労力をできるだけ抑え、その外側に自分の楽しみを確保する。

島耕作が「会社の中でどこまで上がれるか」の物語なら、長さんは「会社に人生を食われず、どこまで逃げ切れるか」の物語だ。会社に忠誠を尽くすより、会社をほどほどに利用する。この割り切りは、むしろ若い会社員の感覚にも近い。

 

長さんの模倣漫画は増える だが「心の声」は簡単に真似できない

これだけ当たれば、似た漫画は大量に出てくるだろう。ベンチャー経営者版、外資コンサル版、工場勤務版、営業マン版、地方公務員版。生成AIを使えば、漫画らしい絵を用意するハードルは急激に下がった。

だが、絵柄を似せただけでは長さんにはならない。この漫画の本当の強みは、「その立場の人間が、その瞬間に頭の中で何を考えているか」の解像度にある。

会議で怒られた課長が何を思うのか、それだけなら誰でも書ける。長さんが鋭いのは、その課長がなぜ反論しないのか、部下には何と言い、上司にはどう説明し、会議が終わった後に誰へ仕事を振ろうと考えているのかまで見せるところだ。

だから会社員は「こんな人、いそう」とは思わない。「いる」と思う。昔の上司だったり、隣の部署の部長だったりする。そして時には、自分自身でもある。

生成AIは絵をつくれる。だが、20年、30年と会社の中で見てきた人間のずるさ、臆病さ、妙な賢さまで、簡単に複製できるわけではない。長さんの模倣は増えても、同じように心へ刺さるかは別問題だろう。

 

全国の会社で「うちの長さん」が見つかる

この漫画がヒットしたことで、少し困った現象も起きそうだ。読者が自分の会社にいる「長さん」を探し始めるからである。

人当たりのいい課長。声を荒らげない部長。いつもニコニコしているのに、よく考えると炎上案件には絶対に名前が入っていない人。面倒な仕事を頼んでも、気づけば別の担当者が抱えている人。「あの人、長さんじゃないか」と思われる中間管理職は、これから確実に増えるだろう。

ただし、頑張り過ぎないことと、他人に仕事を押し付けることは同じではない。無駄な残業をしない、意味のない資料を減らす、会社と適切な距離を取る、自分や家族との時間を守る。これはむしろ健全な働き方だ。

一方、自分が楽をするために部下へ仕事を寄せ、失敗したときだけ切り離し、成果が出れば自分の評価にするなら、それは処世術ではなく単なる搾取である。長さんの漫画がおかしいのは、その境界線を時に笑顔でひょいとまたぐところにある。漫画なら笑えるが、実際の上司として毎日隣にいたら、かなりたちが悪い。

だから「長さんこそ令和の賢い働き方だ」と全面的に称賛するのも違う。省エネで働く知恵と、他人へ負担を押し付けるずるさは分けて考えなければならない。

 

長さんを笑う前に、自分の会社を見た方がいい

それでも、長さんを単純な悪役にはできない。会社員生活は数十年に及び、会社は社員の人生を最後まで面倒見てくれるとは限らない。頑張っても給料がほとんど変わらず、難しい仕事を引き受けるほど仕事だけが増えるなら、ほどほどに働いて自分の人生を守るという選択にも合理性はある。

だから長さんは刺さる。「こんな人間になるな」と説教するだけでは片付かない。

むしろ会社側が考えるべきなのは、なぜ長さんの生き方がこれほど賢く見えてしまうのか、ということだ。挑戦した社員は本当に報われているのか。難しい仕事を引き受けた人ばかりが疲弊していないか。失敗した人は叩かれ、何もしなかった人が生き残る組織になっていないか。会社が口では「挑戦」を求めながら、評価制度は「失敗しない人」を優遇していないか。

長さんを笑える会社なら、まだいい。本当に怖いのは、長さんになることが最も合理的な生存戦略になっている会社である。

昭和や平成のサラリーマン漫画が「どうすれば会社で成功できるか」を描いてきたのだとすれば、長さんが描くのは「どうすれば会社で損をしないか」だ。出世より逃げ切り、挑戦より最適化、会社への忠誠より会社との距離感。その漫画に数万人が「分かる」と笑っている。

長さん人気は、日本経済の停滞を説明する統計ではない。それでも、長く停滞する企業社会の中で会社員が何を学び、どう適応してきたのかを映す風刺画として読むと、妙に味わい深い。

そして翌朝、出社して周囲を見渡せば、多くの人が気づくだろう。自分の会社にも長さんがいる。

もっと嫌なのは、その人物を探しているうちに、自分自身の中にも長さんを見つけてしまうことである。

 

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ライター:

女性向け雑誌にて取材・執筆及び編集に従事。独立後は、ライフスタイルやファッションを中心に、実体験や取材をもとにリアルな視点でトレンドを発信。読者が日々の生活をより豊かに楽しめるような記事を提供し続けていることがモットー。

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