静かな高級住宅街で起きた悲劇

ロサンゼルス西部、ブレントウッド。整然と並ぶ邸宅と手入れの行き届いた街路樹が続くこの高級住宅街で、ハリウッドを代表する映画監督ロブ・ライナー氏（78）と妻ミシェル・シンガー氏が命を落とした。

事件が発覚したのは14日午後。ロサンゼルス市警の警察官が夫妻の自宅に到着したのは、午後3時40分ごろだった。室内で発見された2人は、すでに息をしておらず、警察はその場で「殺人事件」と判断した。

長年、映画の世界で人間の感情や葛藤を描き続けてきた名匠が、最も私的な空間で命を奪われていたという事実は、瞬く間に米国内外に衝撃を広げた。

息子ニック容疑者を逮捕　事件前夜の「口論」

警察は翌15日、夫妻の息子であるニック・ライナー容疑者（32）を殺人容疑で逮捕した。ニック容疑者は保釈なしで拘束されており、保釈金は400万ドル（約6億2000万円）に設定されている。

捜査当局は現時点で、死亡に至った詳しい経緯や、ニック容疑者の関与を裏付ける具体的な証拠については明らかにしていない。事件は起訴の可否を判断するため、ロサンゼルス郡地方検事局に送致される見通しだ。

関係者によれば、夫妻の遺体を最初に発見したのは娘のロミーさんだったという。また別の情報筋は、事件前日の13日に開かれたパーティーで、ニック容疑者が父ロブ・ライナー氏と激しく口論している姿が目撃されていたと証言している。

華やかな映画界の裏側で、家族の間にどのような亀裂が生じていたのか。その全容は、なお闇の中にある。

ハリウッドに広がる追悼と衝撃

ロブ・ライナー氏は『スパイナル・タップ』『恋人たちの予感』『ア・フュー・グッドメン』『ミザリー』『プリンセス・ブライド・ストーリー』など、時代を超えて語り継がれる作品を世に送り出してきた。

訃報を受け、俳優のマンディ・パティンキンさん、ケビン・ベーコンさんら、共に仕事をした俳優や映画関係者から追悼の声が相次いだ。ブルームバーグによると、オバマ元大統領も「ロブが創り出した物語は、人間の善性への深い信念に支えられていた」と功績をたたえている。

一方で、その死が「殺害事件」として扱われていることが、追悼の空気に重く影を落としている。

トランプ大統領のSNS投稿が火に油

こうした中、さらなる波紋を広げたのがドナルド・トランプ米大統領の発言だった。トランプ大統領は15日、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、ライナー氏について「他人に引き起こした怒りのために死亡したと報じられている」と投稿。「トランプ錯乱症候群（TDS）」と呼ばれる病に執着していたと主張した。

事件の背景が十分に解明されていない段階で、殺害の原因を政治的対立に結びつけるような表現だった。共同通信やAFP通信は、この投稿を「一方的」「不適切」とする見方を伝えている。

ホワイトハウスで記者団に問われたトランプ氏は、謝罪することなく「彼は我が国にとって非常に悪い存在だった」と述べ、発言を重ねた。

与野党・支持者からも噴出した異例の批判

この発言に対し、民主党のみならず共和党内からも批判が相次いだ。共和党のトーマス・マッシー下院議員は「残酷に殺害された人物への無礼な発言だ」と非難。マージョリー・テイラー・グリーン下院議員も「政治とは無関係の家族の悲劇だ」と指摘した。

トランプ氏の支持者の一部からも否定的な反応が見られ、SNS上では異例とも言える批判の広がりを見せている。

事件は一つの家庭を引き裂いた悲劇であると同時に、著名人の死を巡る政治的言説のあり方をも浮き彫りにしている。