提供:ミダス財団
経済学の一分野で、実社会の制度設計にも活用されている「マーケットデザイン」。東京大学マーケットデザインセンター(以下、UTMD)は、2025年12月、 「特別養子縁組制度の改善に向けた提言:マーケットデザインの観点から」 を公表しました。
提言作成のきっかけとなったのは、特別養子縁組事業に取り組む、公益財団法人ミダス財団(以下、ミダス財団)からの情報提供でした。
提言をまとめた、UTMDの今村謙三特任講師、前衆議院議員で、初代こども家庭庁大臣を務めた小倉 將信氏 、 ミダス財団・事業統括の玉川絵里氏が、特別養子縁組の現状、マーケットデザインの考え方、提言実現に向けた具体的ステップについて語りました。(文中敬称略)
つながる可能性があった「ご縁」が結ばれない現状
玉川
特別養子縁組とは、実親との法的な親子関係を終了し、新たに養親との間に実子と同様の親子関係を結ぶ制度です。 子どもの福祉を最優先に考え、安定した家庭環境で育つ機会を保障することを目的としています。
2017年に国の新ビジョンが示され、施設から家庭での養育へとシフトが進められています。しかし、 今も社会的養護を必要とする子どもは約4万2千人いると言われており、その8割は施設で生活しています。 一方、養親希望者の情報は、児童相談所と民間あっせん機関の間で分断されており、本来つながる可能性があったご縁が十分に結ばれていないという課題があります。こうした課題について、小倉さんはどうお考えでしょうか。
小倉
こども家庭庁というと、少子化対策のイメージがあるかもしれません。ですが、本来の役割は、子どもの権利条約にあるように、 子どもの権利をしっかりと擁護し、「こどもがまんなかの社会」を実現することです。
そうした中、児童養護施設で生活する子どもたちがいます。大規模な施設から、できる限り家庭的な環境で養育することの重要性は、論をまちませんが、なかなか進んでいないのも事実です。養親になりたいという方も全国にたくさんいます。ただ、残念ながらマッチングが進んでおらず、現場の努力に限界もあるという認識です。
小倉將信氏(提供:ミダス財団)
保育園の入所調整でも活用されるマッチング理論
玉川
いま小倉さんから、なかなかマッチングが進んでいないというお話がありました。今回の提言では「マーケットデザイン」という考え方が使われています。専門的な言葉ですが、今村さん、簡単に言うとどのようなものでしょうか。
今村
マーケットデザインは、比較的新しい経済学の一分野です。これまでの経済学は、人それぞれの利害関係を分析して、今ある制度の中で人がどう行動するかを考えてきました。それに対し、 マーケットデザインは全く逆の発想です。「どうすれば望ましい結果になるか」から逆算し、制度を設計する分野です。
ポイントは、人が自発的に望ましい行動をとるように、仕組みをデザインする点です。 中でも、 人と人、人とモノをうまく組み合わせる「マッチング理論」の考え方はさまざまな場面で使われています。 UTMDは、保育園の入所調整や企業の人材配置に、このマッチング理論の考え方を用い、改善に取り組んできました。
小倉
今村さんからご紹介がありましたが、 保育園の待機児童の解消についても、従来であれば、自治体職員が膨大な時間をかけて、保護者の方の要望と、それぞれの園の事情を勘案しながら、マッチングを進めていました。
それがマーケットデザインの理論を応用した瞬間に、数分でマッチングできるようになりました。 これからますます実社会に応用が可能なのが、マーケットデザインです。
玉川
保育園の入所調整のように、既に社会の中で実際に使われている経済学の考え方ということで、特別養子縁組にも応用できるということですね。今回の政策提言では 「情報の集約化」「市場の厚みを増やすこと」、そして「推薦システム」の導入が提案されています。 それぞれ具体的にどのような内容でしょうか。
今村謙三氏(提供:ミダス財団)
今村
今の特別養子縁組は、児童相談所や民間のあっせん団体ごとにマッチングが行われ、分権的に運営されていると感じます。こうした現状を踏まえ、 マーケットデザインの視点から三つの改善ポイントを提案しています。
一つ目は情報の集約化です。児童相談所や民間のあっせん団体など、複数の機関をつなぐ中央集約的な仕組みを作り、養子や養親候補の情報をまとめて管理します。 今は子どもの生みの親や養親を希望する方が個別登録したり、必要な情報を集めたりする必要があり、大きな負担になっています。情報をまとめることで、こうした手間を減らすことができ、現場の方にとっても情報管理の負担が軽くなります。
二つ目はマッチングの相手となる人数を増やすことで、私たちは「市場の厚み」と呼んでいます。市場に厚みを出すためには、市場の統合が重要です。 今は機関ごとにバラバラにマッチングが行われていますが、連携することで、マッチングの幅が広がります。
三つ目は推薦システムの導入です。 相性がよさそうな相手や、マッチしやすい相手をあらかじめ提案する仕組みで、例えば、マッチングアプリや転職サイトなどでは、利用者に合いそうな候補をあらかじめ提案する仕組みが活用されています。こうした仕組みを取り入れることで、 参加者の希望をより反映しやすくなります。また、現場のケースワーカーの方が候補を効率よく絞り込めるようになり、マッチングの質の向上と関係者の負担軽減の両方につながると考えています。
マーケットデザイン提言の意義と実現までのステップ
玉川
現在では、児童相談所ごとに扱える情報が限られていますが、子どもにとってはできるだけ多くの養親候補者さんの中から、自分にとって最も適した家庭で育つことが理想だと思います。
小倉さん、今回の提言はこうした課題の解決につながるものとお考えでしょうか。
玉川絵里氏(提供:ミダス財団)
小倉
今村さんにご紹介いただいた三つの提言ですが、私は意味のある提言だと思いますし、直感的に正しいと考えています。
恐らく、マーケットデザインの観点からの三つの提言を聞いたときに、多くの関係者の方が正しいと思うと考えます。ただ、「分かってはいるけれども、さまざまなしがらみがあって、実現が難しい」と思われる方もいるかもしれません。
国会議員時代に、ライフワークで「evidence based policy making(EBPM、証拠に基づく立案)」をやってきましたが、 「みんなが考えてもいなかったアイデアがある政策提言」「当たり前に効果があると思っていた施策が、実は効果がないことを明らかにする提言」「効果があると思っていてみんながやっていたことを、やっぱり効果があると再確認すること」これらのためにEBPMがあると思います。
少し難しい質問になるかもしれませんが、仮にみんなが思っていたであろう提言であったとしても、マーケットデザインの観点から提言する意味についてはどうでしょうか。
今村
小倉さんがおっしゃられたように、直感的に正しいことを、理論によって本当に正しいと示すことは重要だと考えています。
特別養子縁組にはモノの売り買いのように価格で調整することができないといった点でマッチング理論が活用できると考えられます。このマッチング理論は、学校の入試や保育所の入所など国内外で実際に活用され成果を上げており、こうした構造が似た問題に対して蓄積された知見やデータを生かせることが、強みだと思います。
玉川
今回いただいた提言を実際に進めていくためには、どのようなステップが考えられるのでしょうか。
今村
私たちもいきなり大きく制度を変えることは難しいと考えています。 そこで、 今の仕組みを前提にして、できるだけ無理のない形で少しずつ導入していくことを提案しています。
まずは連携しやすい児童相談所同士の情報を共有する仕組みを作ります。 その上で、希望する民間のあっせん機関にも参加してもらうという中で少しずつ、つながりを広げていければと考えています。参加者が増えた段階で、三つ目の提言である推薦システムを取り入れることで、よりよいマッチングが行えるようになると考えています。
小倉
三つの提言は学問的に裏付けがあると思います。ただ、例えば政治、行政に投げかけたときに、政治、行政側は具体的にどう進めるかを考えなければなりません。マーケットデザインの視点で、具体的な実装ステップについて、もう少し詳しく教えていただけますか。
今村
レポートで、実装についてある程度具体的に示しましたが、 集約化して行うことが一番重要だと考えています。さらに踏み込むと、地域や制度が近い自治体同士は、比較的簡単に連携ができるのではと考えています。 レポートでも触れていますが、実際の事例として隣接する自治体の児童相談所が、自発的に連携するケースもあります。こうした事例から学ぶことが大切です。
「こどもがまんなかの社会」の実現に向けて
玉川
この提言が実現することで、子どもたちの人生はどのように変わっていくでしょうか?
今村
より相性の良い組み合わせや、それぞれの希望がより反映されたマッチングの実現につながると考えています。
これは養子、生みの親、養親の方々といった当事者にとって、より幸せな家庭環境の実現につながるのではないでしょうか。 また、ケースワーカーや児童相談所の方々などにとっても業務効率化や負担軽減が期待されます。
小倉
子どもは愛着形成を育むことで、その後の成長につながります。 特別養子縁組もそうですが、ぜひ家庭的養育の推進を国を挙げて進めなければいけないと思いますし、なかなか制度として進展しないこの特別養子縁組制度を、さらに前進させねばならないというふうに強く思っています。
マーケットデザインを活用しながら、子ども一人ひとりが自分らしく成長して、将来に明るい希望を持ち、人生を送れるような社会を実現することを期待しています。
玉川
最後にお二人から制度に関わる方々と、社会に向けてメッセージをお願いします。
今村
マーケットデザインは、これまでさまざまな分野で社会の課題解決に役立ってきました。 特別養子縁組においても、仕組みを工夫することで、より良いマッチングを実現できると考えています。 その結果、より多くの子どもたちが、温かい家庭に出会える社会に少しでも近づけたら嬉しく思います。
小倉
マーケットデザインの知見を活用し、効果的なマッチングを実現していくことが重要ですけれども、やはり絶対的に養親希望者がまだまだ少ないという現実もあります。
この記事をご覧になって、関心を持たれた方、あるいは知人や友人にそういった方がいるような場合には、ぜひこの特別養子縁組制度をより深く理解していただき、周りに広めていただけるとありがたいと思います。
玉川
ありがとうございました。 「特別養子縁組制度の改善に向けた提言」は、制度をより良くするための第一歩です。 提言で示された「マーケットデザイン」という新たな視点をきっかけとして、 より多くの子どもたちが温かい家庭的環境に巡り合える社会の実現に向け、 多様な立場の方々とともに議論を深め、実際の制度改善へと繋げていきたいと願っております。 子どもたちの明るい未来のために、ぜひ皆さまも一緒に考えていきましょう。
プロフィール 東京大学大学院経済学研究科特任講師今村謙三 氏 専門はマーケットデザインおよびマッチング理論。多様性や公平性を考慮したマッチング理論と、その応用としての学校入試制度の研究を行っている。近年は、企業の人材配置や特別養子縁組にマーケットデザインの知見を活用するプロジェクトにも取り組んでいる。2024年より東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)特任講師。ボストンカレッジPhD(経済学)。小倉將信 氏 東京大学法学部卒業後、日本銀行での勤務を経て、オックスフォード大学大学院を修了。 衆議院議員に初当選して以降4期務め、こども家庭庁の初代大臣などを歴任。現在は、NXJIリサーチ初代所長、SBI新生銀行取締役常務執行役員などを務める。 公益財団法人ミダス財団 事業統括玉川絵里 氏 『イノベーションによる解決が期待される社会課題一覧(日・英)』(2022年、三菱総合研究所)や、『共領域」からの新・戦略 イノベーションは社会実装で結実する』(2021年12月、ダイヤモンド社などの発信実績をもつ。現在、国内の特別養子縁組制度の充実に向けて活動。 マーケットデザイン(マッチング理論)の観点からの具体的な改善策や、執筆者の生の声をより詳しく知りたい方は、ぜひ以下の対談動画もあわせてご視聴ください。 ▶︎ インタビュー動画はこちら 『特別養子縁組制度の未来へ~マーケットデザインの観点から~ 』