その電話は、彼女の最後のSOSになった。
「犬にかまれている。もう止められない」
2019年11月、フランス北部ソワソン郊外の森で、妊娠6か月の女性が命を落とした。遺体には50か所を超える噛み傷。お腹には、生まれてくるはずだった命もあった。
犯人は猟犬か。野犬か。それとも、森に潜む別の何かか。だがDNA鑑定が示した答えは、あまりにも残酷だった。彼女を襲ったのは、毎日そばにいた“愛犬”だったのである。
ただし、この事件が不気味なのはここからだ。カーティスは、本当に突然牙をむいた犬だったのか。
それとも、危険なサインは最初からあったのか。そして飼い主の男は、本当に何も知らなかったのか。

「もう止められない!」妊婦が残した最後のSOS
AFPなどの報道によると、事件が起きたのは2019年11月、フランス北部ソワソン郊外の森だった。
お腹に新しい命を宿していたエリザ・ピラルスキさん(29)は、交際相手の男が所有するピットブル”
カーティス(当時2歳)”を連れて、いつものように散歩に出かけた。妊娠6か月。穏やかな日常が、まさかここから凄惨な地獄へ変わるとは夢にも思わなかっただろう。散歩の途中、約50キロ離れたパリ郊外の空港で働いていた交際相手、クリストフ・エリュール被告の携帯電話が鳴った。画面にはエリザさんの名前。しかし、電話口から飛び込んできたのは、血の気が引くような叫びだった。
「犬にかまれてる! もう止められない!」これが、彼女が残した最後の言葉となった。その犬こそ、2人が飼っていたピットブルのカーティスだった。
異変を察したエリュール被告は、急いで車を走らせた。電話から発見までにかかった時間は約45分。森の中でエリザさんを見つけたとき、彼女はすでに息絶えていた。遺体には、実に50か所を超えるむごい噛み傷が残されていたという。彼女を襲ったのは、見知らぬ暴漢でも、野生の熊でもなかった。毎日そばにいた犬だった。
愛犬家にとって犬は、ただの動物ではない。玄関で待っていてくれる家族であり、落ち込んだ日に黙ってそばにいる相棒であり、ときには人間よりも信じられる存在でもある。その存在が、ある日突然、自分の命を奪う側に回る。この事件の残酷さは、そこにある。
男は何者だったのか 犬への情熱で結ばれた2人の皮肉
交際相手のエリュール被告は、当時50代。エリザさんとは、犬の訓練に関する交流を通じて知り合ったと報じられている。2人を結びつけたのは、犬だった。被告は複数の犬を飼い、エリザさんもまた犬を愛していた。互いの犬を含めて暮らし、周囲には「家族」のようにも見えていたという。だが、その“家族”の中に、危険は最初から紛れ込んでいたのかもしれない。カーティスは、ただの家庭犬ではなかった。
フランスでは、ピットブルは危険犬種として扱われ、輸入が禁止されている。それにもかかわらず、カーティスはオランダからフランスへ不法に持ち込まれていた。しかも、別の犬種であるかのように偽装されたパスポートが使われていたとも報じられている。さらに、カーティスは噛みつき訓練を受けていた。被告側は、それは攻撃目的ではなくスポーツのためだったと主張したという。だが、結果としてその犬は妊娠中の女性を死に至らしめた。
ここで一つの疑問が浮かぶ。カーティスは、あの日突然、猛犬に変わったのか?それとも、もともと“そういう犬”として育てられていたのか。そして、そんな犬を恋人に任せた男は、本当に危険を知らなかったのか。
「うちの犬ではない」DNA鑑定が崩した飼い主の言い分
事件後、エリュール被告は、かたくなに愛犬の関与を否定し続けた。「カーティスはおとなしい犬だ。エリザを殺したのは、あのとき森でシカ狩りをしていた別の猟犬たちに違いない」そう主張したのである。たしかに、そう信じたくなる気持ちは分からなくもない。
毎日そばにいた犬だ。名前を呼び、餌を与え、家族のように暮らしてきた存在だ。その犬が、妊娠中の恋人を襲ったなど、誰が簡単に受け入れられるだろうか。犬を飼う人なら、誰もが一度は口にしたことがあるはずだ。「うちの子は大丈夫」と。だからこそ、この事件は遠いフランスの特殊な事故では終わらない。
だが、科学は冷たい。エリザさんの遺体や現場を調べた結果、関与を示したのはカーティスだった。猟犬ではなかった。DNA鑑定と噛み傷の分析は、被告の主張を崩していく。それでも、被告は長く「カーティスではない」と訴え続けた。なぜそこまで信じたのか。いや、本当に信じていたのか。
裁判では、被告が事件直後に「この犬を処分すべきか」といった趣旨のメッセージを送っていたことも問題になった。検察側は、それを被告がカーティスの危険性を知っていた証拠だと見た。もし本当にカーティスが無関係だと思っていたなら、なぜその言葉が出たのか。この小さな疑問が、事件をさらに不気味にしている。
なぜ飼い主はカーティスを信じたのか “愛する危険”を見抜けない人間心理
人は、ときに証拠よりも「信じたい物語」を選ぶ。知らない犬なら疑える。森の猟犬なら疑える。しかし、自分が選び、育て、愛してきた犬は疑えない。それは犬だけの話ではない。DVの加害者を「本当は優しい人」とかばう人がいる。詐欺師を最後まで信じる被害者がいる。依存症の家族を前にしても「うちは大丈夫」と言い続ける人がいる。外から見れば、なぜ分からないのかと思う。だが、当事者にとっては違う。
認めた瞬間に、自分の世界が壊れてしまうのだ。愛犬が危険だった。自分の管理が甘かった。大切な恋人と、生まれてくるはずだった子どもを失う引き金を、自分が作っていたかもしれない。そんな現実を、簡単に受け入れられる人間がいるだろうか。だから人は、別の犯人を探す。別の理由を探す。「自分の犬ではない」と信じようとする。
日本でも、危険な動物を“かわいいから”“慣れているから”という理由で身近に置くことは、もはや簡単には許されない。人に危害を加えるおそれのある動物は「特定動物」とされ、トラ、クマ、ワニなどは愛玩目的で飼うことが禁止されている。それでも私たちは、動物を前にすると、つい忘れてしまう。相手がどれほど懐いていても、どれほど人間の言葉を理解しているように見えても、動物は人間ではない。
ムツゴロウさんこと畑正憲さんでさえ、ライオンに右手中指を食いちぎられたことがある。動物を知り尽くした人ですら、本能の前では無傷ではいられないのだ。この事件の怖さは、犬の牙だけではない。愛するものの危険を、人間がどこまで見ないふりできてしまうのか。その底なしの鈍さにある。
殺処分か、助命か 8万筆の署名が問う「本当の悪」
事件から6年以上が経過した2026年6月11日、ソワソンの裁判所はエリュール被告に対し、過失致死罪で有罪判決を下した。下された量刑は拘禁4年。ただし、執行猶予付きだった。つまり、ただちに刑務所へ収監される実刑判決ではない。あわせて、事件を起こしたカーティスには殺処分命令が出された。この判決をどう見るべきか。
妊娠中の女性と、生まれてくるはずだった命が奪われた。危険犬種を不法に持ち込み、噛みつき訓練までしていた。そう考えれば、「執行猶予付きでは軽すぎる」と感じる人が出るのは自然だろう。一方で、カーティスは事件直後から6年以上、施設の犬舎に隔離されたまま生きている。動物愛護活動家らは、「悪いのは犬ではない。そのように育てた飼い主の責任だ」と反発している。ネットの署名サイト「change.org」では、カーティスを殺処分する代わりに、保護施設へ移すことを求める署名が8万筆以上集まっている。人間の都合で危険犬種を持ち込まれ、訓練され、本能を暴発させられた犬もまた犠牲者である。そう考える人たちがいる。しかし、エリザさんと胎児の命が奪われた事実は消えない。
「人を殺した犬を生かしておくのか」そうした怒りが出るのも当然だろう。犬は加害者なのか。それとも、人間に作られた被害者なのか。この事件を追っていくと、途中から犬の話だけではなくなってくる。怖いのはピットブルなのか。それとも、人間の思い込みなのか。人は、知らない危険には敏感だ。見知らぬ猛獣なら逃げる。知らない相手なら疑う。危ない場所なら警戒する。だが、愛しているものの危険には鈍くなる。
「うちの子は大丈夫」「あの人は本当は優しい」「この犬は絶対に人を襲わない」そう信じたいから、見えなくなる。エリザさんが最後に残した「もう止められない」という言葉。それは一頭の犬への叫びだったのか。それとも、愛する存在の危険を見ようとしなかった人間への警告だったのか。フランスの森で起きた惨劇は、単なるペット事故では終わらない。本当の「悪」はどこにあるのか。犬なのか。飼い主なのか。
それとも、信じたいものだけを信じてしまう人間の心なのか。この事件に続編はないかもしれない。だが、愛しているものほど危険を見誤るという問いは、私たちの暮らしの中に残り続ける。
【参考】
AFP、Le Monde、The Straits Timesなどの報道をもとに構成。



