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「割烹こめを」こめお氏が閉店を発表 麻布十番納涼まつり冷やし蟹ラーメン食中毒めぐりSNSで賛否

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画像:こめお氏X

夏の祭りで提供された一杯の冷やしラーメンが、一軒の割烹を畳む結末にまで至った。食中毒を起こした店主が自らの手で店を閉じるという判断は、本来であれば誠意の表れとして受け止められてもおかしくない。ところが、その発表に寄せられたSNS上の反応は、同情と評価だけではなかった。

閉店という決断そのものを疑う声、別の店舗を名指しする声が入り混じり、飲食店の責任とは何かという問いを改めて突きつけている。

 

麻布十番の食中毒から約40日、店主こめを氏が閉店を表明

発端は、2026年8月22日と23日に開催された麻布十番納涼まつりでの出店だった。この祭りで割烹こめをが提供した「冷やし蟹ラーメン」を食べた客に食中毒が発生した。

店主のこめお氏は10月1日、同店のX公式アカウントで閉店を発表した。投稿された告知文によると、体調を崩した客とその家族に改めて謝罪したうえで、「割烹こめを」を閉業する旨が記されている。あわせて掲載された正式な文書には、飲食店として最も基本的な責任である安全な料理の提供を果たせなかったことを深く反省し、閉業を決めたとつづられていた。

こめお氏はXへの投稿で、料理人として美味しいものを作りたいという気持ちはずっと持ってきたとしながらも、飲食店で一番大切なのはそれ以前に安全に食べてもらうことだったと記し、その当たり前が自分には足りていなかったと振り返っている。さらに、閉店すれば責任を果たせるとは思っていないとし、被害に遭った人への対応を含め、負うべき責任とは今後も向き合い続けると明言した。

 

「もったいない」と「甘い」——真っ二つに割れた受け止め

この発表に対し、SNS上の反応は大きく二つに割れた。

一方には、決断を惜しむ声がある。才能のある店主がこの結末を迎えたのはもったいないという投稿や、次の失敗を糧にしてほしいと応援を続ける声が見られた。閉店によって責任が終わるわけではなく被害者にも向き合おうとしている点を評価し、料理人として一度立ち止まる判断を支持する意見もあった。変に気取らず、常連を大切にできる小さな店として再起してほしいという、将来を見据えた励ましも寄せられている。

他方で、厳しい視線も少なくない。ある投稿者は、誠意を見せるために閉店するかのように取り繕うのが気持ち悪いとし、本当に反省しているなら今後一切飲食業に関わるべきではない、別の系列店も閉めるべきだと突き放した。食品を扱う業界にはもう関わってほしくないという声や、告知文の文体そのものを問題視し、句読点が多く読みにくい、AIが書いたのではないかと揶揄する投稿まで現れた。閉店という形式的な幕引きだけでは納得しない層が、一定数存在していることがうかがえる。

評価と批判が同時に噴き上がる構図は、食中毒という重い事案と、店主が示した謝罪の姿勢とのあいだで、受け手の判断が揺れていることを映している。

 

矛先は「かにをラーメン」へ——ただし関係は未確認

賛否の議論と並行して、SNS上では別の店舗に矛先を向ける動きも目立った。

複数の投稿が、浅草の「かにをラーメン」という店に言及している。あるユーザーは、どちらかと言えばかにをラーメンの方が問題だとして、そちらも閉店すべきだと主張した。また別の投稿では、諸悪の根源はかにをの方ではないか、こめおは看板を使っただけではないかと、両店のあいだに何らかの関係があることを前提とした推測まで飛び出している。

ただし、割烹こめをとかにをラーメンが系列店なのか、あるいは何らかの協力関係にあったのかどうか、現時点で裏付けとなる情報は確認できていない。あくまでSNS上でこうした指摘が交わされている段階であり、両店の関係性を断定できる材料はない。食中毒の原因や責任の所在についても、公的機関による調査結果などが公表されたとの情報は確認されておらず、憶測が先行している状況と言える。

 

閉店は「再出発」への布石か、幕引きかという疑念

もう一つ、SNSでくすぶっているのが、閉店後の動向を警戒する声だ。

看板を変えて同じ場所で新しく店を始めるのではないか、という疑念を示す投稿が見られた。閉店という言葉が、責任を取るための区切りではなく、批判をかわして再出発するための方便ではないかと勘ぐる向きである。こうした警戒は、飲食業界で屋号や運営形態を変えて営業を続ける例が珍しくないことを背景にしているとみられる。

もっとも、こめお氏自身は投稿のなかで、今は次に何をするのか、何を目指すのかを語るつもりはないとし、まずは今回のことから逃げずに向き合い、自分の弱さを認め、傷ついた人にできることを一つずつ続けていくことだけを考えていると述べている。再開について触れた言葉はなく、疑念はあくまで受け手側の推測の域にとどまる。

 

問われるのは「作る責任」と「守る責任」の両立

今回の一件は、一軒の割烹の閉店という個別の出来事にとどまらない。美味しい料理を作る責任と、客の健康を守る責任は、飲食店にとって切り離せない両輪である。どれほど腕が優れていても、安全という土台が崩れれば、店への信頼は根底から揺らぐ。

こめお氏が自らの未熟さと認識の甘さを認め、店を畳む決断に至った姿勢に一定の誠実さを見出す人がいる一方で、形式的な謝罪や閉店では済まされないと感じる人もいる。この温度差こそが、飲食店が事故を起こした際に背負うことになる責任の重さを、何よりも雄弁に物語っている。

閉業後も責任ある対応を続けるとした言葉が、実際にどう果たされていくのか。食中毒の原因究明と被害者への対応、そして店主自身の今後を含め、この一件がどのような決着を迎えるのか、引き続き注視していきたい。

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ライター:

新聞社で記者としてのキャリアをスタートし、政治、経済、社会問題を中心に取材・執筆を担当。その後、フリーランスとして独立し、政治、経済、社会に加え、トレンドやカルチャーなど多岐にわたるテーマで記事を執筆

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