
8月5日午前0時、東京・新宿の書店で、東野圭吾さんの遺作『永遠の記憶』が50人のファンへ手渡された。参加枠は訃報が伝えられる前に完売しており、集まった人々は当初、5年ぶりとなる「ガリレオ」の長編を誰よりも早く読むつもりだった。しかし発売を待つ間に、新刊は「次作へつながる一冊」から「最後の一冊」へ変わった。深夜の書店にできた列は、人気作家との別れだけでなく、東野さんが長年にわたって小説の読者を増やしてきた事実を映していた。
深夜0時、東野圭吾さんの「最後の新刊」を待った50人
閉店後の書店で、ファンは日付が変わる瞬間を待った。先着50人の参加枠は、募集開始からわずか2分ほどで埋まったという。東野さんの訃報が公表される前のことだった。申し込んだ時点では、いつもの新刊発売イベントである。5年ぶりのガリレオ長編を発売と同時に買い、そのまま読み始める。ところが7月下旬、東野さんが大腸がんのため68歳で亡くなったことが発表され、発売日の意味が一変した。歴代担当編集者から本を受け取った参加者の中には、涙を流す人もいた。
新刊は、読み終えた先に次作を待つ楽しみが残る。しかし、遺作にその時間はない。最後のページへ近づくほど、東野圭吾さんが書いた未知の物語は残り少なくなる。発売直後に本を手にしたいという読者の熱と、読み終えたくないという惜別が、深夜0時の書店で重なった。東野作品を支えたのは、筋金入りのミステリーファンだけではない。普段は本を読まない人、分厚い小説を避けてきた人、映像作品から偶然原作を手に取った人まで、次々と物語の中へ引き込んできた。
『永遠の記憶』内海薫を襲った刺傷事件
『永遠の記憶』は東野さんにとって106冊目の著作で、「ガリレオ」シリーズ第11作に当たる。物語は、警視庁捜査一課の刑事・内海薫が、70歳ほどの男に刺される事件から始まる。
ガリレオシリーズを支えてきたのは、科学で怪現象を解き明かす面白さだけではない。複雑な仕掛けが崩れたあと、その陰に隠れていた執着や後悔、愛情がむき出しになる。犯人が分かって爽快に終わるのではなく、真相を知ったことで、かえって胸が重くなる。湯川が科学で謎を解くほど、科学では割り切れない人間の感情が鮮明になる。この二重構造が、シリーズを単なる謎解きで終わらせなかった。
『容疑者Xの献身』が証明した「感情まで解いてしまう」ミステリー
その特徴が最も強く表れた作品の一つが、直木賞を受賞した『容疑者Xの献身』である。数学者・石神が隣人の女性を守るために仕組んだ偽装を、旧友の湯川が見破っていく。読者を驚かせるのは緻密なトリックだが、読み終えたあとまで残るのは、石神がなぜそこまでしたのかという痛みである。
映画版の関係者試写会では、東野さんの隣に座った編集者が嗚咽をこらえられなくなり、「よく平気でご覧になれますね」と声をかけた。東野さんは苦笑しながら、「僕が泣いたら、変でしょう」と答えたという。自ら生み出した物語が、隣にいる人を声が漏れるほど泣かせている。それを誇示せず、短い返答で場を和らげる。この距離感は東野作品にも通じる。作者が前へ出て泣かせようとせず、人物の選択と行動を積み重ねた先で、読者の感情を逃げ場のない場所へ追い込むのである。
「読みやすい」は褒め言葉にならないのか
東野作品を語るとき、頻繁に使われるのが「読みやすい」という言葉だ。普段は小説を読まない人でも入りやすく、数百ページある長編でも先へ進める。この評価は、ときに「文章が平易」「娯楽性が高い」といった軽さの意味を帯びる。しかし、その見方は表面しか捉えていない。
東野さんが扱ってきた題材は、犯罪加害者の家族が背負う苦しみ、親子の断絶、老い、差別、復讐、愛する人を守るために罪へ踏み込む弱さである。決して軽くない。それでも読者が置き去りにされないのは、必要な情報を会話や人物の動きへ溶かし込み、説明のために物語を止めないからだ。複数の人物と時間軸が動いても、誰が何を知り、何を隠しているのかを見失わせない。
分かりやすく書くことは、単純に書くことではない。複雑な仕掛けを複雑に見せないためには、膨大な情報を削り、並べ替え、伏線として隠す技術が要る。東野作品の読みやすさは、技巧が見えなくなるまで磨かれた結果だった。『手紙』では、犯罪者の弟というだけで仕事や恋愛を奪われていく直貴の息苦しさを描き、『赤い指』では、家族を守るという言葉が罪を隠す醜い言い訳へ変わる。『白夜行』『秘密』『さまよう刃』も、謎や設定の面白さだけでは終わらない。読者を迷わせず、答えの出ない場所まで連れていく。それが東野作品の強さである。
福山雅治の「ガリレオ」が書店への入口を広げた
福山雅治さんが湯川学を演じた映像版「ガリレオ」は、それまで原作を知らなかった人を書店へ向かわせた。ドラマで湯川を知り、『探偵ガリレオ』や『容疑者Xの献身』を読む。そこから加賀恭一郎シリーズや「マスカレード」シリーズ、『白夜行』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』へ進む。映像化は作品を広めただけでなく、新しい読書人口を生み出した。
東野作品の入り口は広いが、入った先に同じ物語は並んでいない。社会派ミステリー、家族小説、科学、スポーツと題材は多岐にわたり、106冊もの著作を残しながら、代表作を一冊に絞りにくい。読者によって思い浮かべる題名が違うこと自体、東野さんが限られた層だけに読まれる作家ではなかった証拠だ。
深夜0時の50人が示した東野圭吾さんの功績
『永遠の記憶』を最後に、東野圭吾さんの新作を待つ時間は終わった。それでも、東野さんが小説の読者を増やした功績は、106冊という数字だけでは測れない。朝の読書で初めて長編を読み切った学生も、福山雅治さんのドラマから原作へ進んだ視聴者も、東野作品によって「自分にも小説が読める」と知った。
本離れが語られる時代に、深夜の書店へ50人が集まり、日付が変わるのを待った。そこにあったのは、著名作家の死を惜しむ熱だけではない。重い題材を難しく見せず、読書に慣れていない人まで物語の核心へ連れていく。その仕事を30年以上続けた作家への評価が、一本の列になって現れていた。
『永遠の記憶』という題名は、遺作としてあまりにも出来すぎている。ただし、東野圭吾さんが残したのは、記憶に残る名作だけではない。それまで本を読まなかった人を、本を読む人へ変えた。その人数こそ、書店の売り上げにも受賞歴にも収まりきらない、東野圭吾という作家の最大の功績である。



