147の意見が突きつけた攻防と、対話の最前線に立つ企業・社外取締役の本音

東京証券取引所と金融庁が推し進めてきた「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」の2026年改訂版が、7月21日に確定・施行された。2021年以来5年ぶり、2015年の策定から3回目となる今回の改訂は、日本の企業統治を「チェックリストを埋める形式対応」から「実質的な経営の質を問うステージ」へと移行させる決定打と位置づけられている。
社外取締役の数はすでに整った。2025年7月時点で、プライム市場上場企業の98.8%が3分の1以上の独立社外取締役を選任している。だが市場や海外投資家が突きつけているのは、「で、取締役会の質はどう変わったのか」という妥協なき問いだ。
本稿では、確定した2026年改訂の全貌と、147の個人・団体から寄せられたパブリックコメントで交わされた攻防、そして複数のプライム上場企業幹部への取材から見えてきた対話の現場の本音を読み解く。
83項目から30原則へ 「形式」を捨て「実質」を迫る改訂
改訂の経緯を振り返っておこう。2025年10月に発足した有識者会議での議論を経て、2026年2月26日に改訂案が示され、4月10日の要綱公表とともにパブリックコメントが開始された。5月15日の締切までに147の個人・団体から意見が寄せられ、これを踏まえた確定版が7月21日に公表・施行された。改訂コードに基づくコーポレートガバナンス報告書の提出期限は2027年7月末である。
今回の改訂のハイライトは、企業による実質的な対応を促すための「プリンシプル化(原則主義への回帰)」と「スリム化」だ。従来のコードは基本原則・原則・補充原則をあわせて83項目にまで膨れ上がっていた。今回、細目にわたる47の補充原則は廃止・再整理され、上場会社が注力すべき中核部分が30の原則へと集約された。
構成上の目玉は、従来第5章に置かれていた「株主との対話」が第1章へと統合され、コードの冒頭に格上げされたことである。原則1-1では、対話への前向きな対応と方針の開示、社外取締役を含む対応者の参加、対話内容の社内共有という3つの柱が規定され、面談の議題によっては社外取締役自身が対話の対応者となるべき場面があることも明記された。
成長志向の色彩も濃い。原則4-1および4-2では、守りのガバナンスにとどまらない経営を促すため、自社の資本コストや機会コストを踏まえた成長の道筋と経営資源の配分について、株主に分かりやすい言葉と論理で説明し、その適切性を不断に検証する取締役会の責務が明確化された。
一方、従来の補充原則に含まれていた細かな対応策の多くは、今回新設された「解釈指針」へ移管された。解釈指針は「遵守するか、さもなくば理由を説明するか(コンプライ・オア・エクスプレイン)」の直接の対象外とされ、ベストプラクティスとして各社の自律的な判断に委ねられる。
そして注目すべきは、有価証券報告書の取り扱いだ。役員報酬や政策保有株式など、招集通知だけでは把握できないガバナンス情報が網羅された有報について、今回の改訂では「定時株主総会の開催日前に提出すること」がコンプライ・オア・エクスプレイン対象の原則1-2本体に格上げされた。その上で、解釈指針において「総会開催日の3週間以上前の提出が最も望ましい」とのタイミングの目安が示され、総会開催時期の後ろ倒しも選択肢として言及されている。つまり「総会前に出すこと」は原則、「3週間前」という水準は指針——この二層構造が、後述するパブコメ最大の争点のひとつとなった。
「総会数日前では遅すぎる」 147の意見が物語る2つの争点
パブコメの全体像をまず正確に描いておきたい。寄せられた意見の多くは、改訂の方向性そのものへの支持だった。ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントやValueAct、Robecoなど内外の機関投資家が、スリム化と原則主義への回帰、資本効率と成長投資への焦点を歓迎している。その上で、欧米を中心とする海外機関投資家や議決権行使助言会社が、2つの論点に鋭く釘を刺した。
第一の争点は、「少数株主の保護」に直結する核心的な条項の取り扱いだ。買収防衛策の導入・継続、増資・MBO(経営陣が参加する買収)による大規模な希釈化や支配権の移動、親会社・子会社間の関連当事者間取引——旧原則1-5から1-7に定められていたこれらの規律が、原則から外れて解釈指針への移管・削除の対象となった。
これに対しオアシス・マネジメントは、重複排除のためのスリム化は支持するとしつつ、「中核的な株主保護がもはやコードの中心ではない、という意図せぬメッセージを市場に送るべきではない」と主張。アセットマネジメント大手のM&Gインベストメンツも「現行案は裁量の側に寄りすぎるリスクがある」とし、少数株主保護・資本規律・取締役会の説明責任という投資家にとって最重要の領域では、明確で強制力のある期待を維持すべきだと求めた。マラソン・アセット・マネジメントやACGA(アジア・コーポレート・ガバナンス協会)も同様の懸念を表明している。「法令や上場規程と重複するため削除した」という当局の整理に対し、法令は最低基準にすぎず、経営陣との構造的な利益相反が生まれる局面でこそソフトローの行動規範が必要だ、というのが彼らの論理である。
この争点を象徴する一幕があった。
2月時点の改訂案には「解釈指針はこのような意味で原則と一体であり、本コードの一部をなすものである」という一文が存在したが、最終盤でこれが削除されたのだ。ICGN(国際コーポレートガバナンス・ネットワーク)やL&G、ACGAなどは、解釈指針の地位低下と解釈のばらつきを招くとしてこの一文の復活を強く求めた。
しかし東証は「記載の有無にかかわらず、解釈指針は本コード本体に記載されているものである」と応じ、文言は復活しなかった。代わりに序文には「解釈指針に移管された記載や削除された記載について、改訂後にその重要性が失われたと考えることは適切ではない」との一文が明記され、当局としての防衛線が張られた格好だ。
第二の争点は、有報の開示タイミングである。前述のとおり「総会前提出」自体は原則1-2に格上げされたが、「3週間以上前」という水準は強制力のない解釈指針にとどまった。ICGNは有識者会議の段階から意見書で、総会の数日前ではなく、投資家が十分に議決権行使の判断を行えるタイミング——通常は3週間前——の開示をコードに明記すべきだと主張しており、先進国で総会前の有報開示が定着していないのは日本だけだとも指摘してきた。
実態のデータがこの主張を裏付ける。2025年3月28日の金融担当大臣による要請を受け、2025年3月期決算会社の総会前開示は全体の57.7%(前期はわずか1.8%)へと急増し、プライム上場企業では69.6%に達した。しかしその中身を見ると、開示の大半は総会直前の数日前に集中しており、1週間以上前に開示した会社は44社にとどまる。
6月に数千件の議案が集中する総会シーズンにおいて、総会数日前の開示では詳細な分析は到底間に合わない。英語開示の不足も相まって、海外投資家は実質的な判断材料を欠いたまま議決権行使を強いられている。これが彼らの偽らざる不満である。
「社外取を投資家と会わせたくない」 事業会社の本音と少数株主の代弁者としての覚悟
こうした海外機関投資家の厳しい目線に対し、日本の事業会社の現場では、改訂が迫る対話の高度化にどう対応すべきか、模索と摩擦が生じている。複数のプライム上場企業幹部への取材から浮かび上がるのは、日本企業特有の組織的なジレンマだ。
その一つが、「取締役会事務局(コーポレートセクレタリー)」の中立性をどう確保するかという組織上の難題である。今回の改訂では原則4-14で取締役会事務局の機能強化が明記されたが、これまで多くの企業ではIRや総務、経営企画部が事務局を兼務し、事実上、社長の意向に沿ったシナリオとアジェンダを取締役会に提示してきた。監督機能の質が厳しく問われるようになれば、事務局は執行部から独立し、社外取締役の活動を支援する中立的な専門組織になるべきだという圧力が強まる。どこまで執行部の論理から切り離すべきか、組織設計のバランスに苦慮する企業は少なくない。
さらに根深いのが、原則1-1が掲げた「社外取締役と投資家の面談」に対する執行側の警戒感だ。あるプライム上場企業の総務・IR担当幹部は、「正直なところ、社外取締役に投資家と直接話させることには強い抵抗がある」と打ち明けた。社外取締役が事業の詳細なフェーズや機微なリスクをすべて把握しているわけではない以上、面談中の意図せぬ発言がインサイダー情報の漏洩やフェア・ディスクロージャー・ルール上のリスクになりかねない。何より「執行管轄の事業進捗について、社外取が投資家に言質を与えてしまったらどうするのか」という不安から、社長やIR担当役員の同席なしでは面談を受けさせたくない、という本音が渦巻いている。
一方、社外取締役の側には、自らの立ち位置を脱皮させなければならないという危機感が広がりつつある。取材に応じたある独立社外取締役は、これまでの日本の社外取が経営陣の良き相談相手であり、外部視点から助言する「応援団」的な色彩が濃かったことを認めた上で、こう語った。親会社との取引やM&A、社長の選解任といった利益相反の有事において、自らを「少数株主の代弁者であり、監視者」だと明確に自認して行動しない限り、グローバル市場からの評価には耐えられない。それが改訂後の社外取締役に求められる覚悟だ、と。
はたしてこれで、さしたる実績のない女性社外取が横行している現在の潮流に水を差せるのか。プライムの多くの会社で、なぜこの人物が執行をモニタリングできるのか、スキルマトリックスを見ても首をかしげたくなる経歴の人物がそれなりな説明を拵えて雁首揃えて居並ぶ現況が今後改まっていくのかは注視していきたい。
「実際に月に1回、取会(とりかい)にでても、ほとんど何もしゃべらず、用意された弁当食べて帰るだけな人もいるよね。それで1千万円程度はもらえるっていうのはいい仕事だよ笑」なんて言葉がIRの本音として聞こえる企業も過去にはあったが、どうなることやら。
経営陣を外すのが常識 グローバル市場のボード・エンゲージメント
さて、今回の改訂だが、海外ではどうなのだろうか。日本企業が「社外取締役を対話の場にどう出すか」で足踏みしている間、主要な海外市場では、経営陣を伴わない独立取締役と株主の直接対話(ボード・エンゲージメント)がすでに実務として定着している。
ガバナンス・コードの母国である英国では、「シニア・インディペンデント・ディレクター(SID:先任独立社外取締役)」の選任が規範化されている。株主が社長や取締役会議長との面談で懸念を払拭できない場合、SIDが第2の対話窓口として機能し、経営陣を介さずに株主の意見を直接吸い上げる仕組みが公式に組み込まれているのだ。
米国では、NYSEやNasdaqが上場企業に求める、執行を除く監督サイドの取締役のみで定期的に開催する会合(エグゼクティブ・セッション)の規律もあり、大手企業では強い権限を持つ筆頭独立取締役(LID)の設置が広く浸透している。CEO報酬の改定やサクセッションプラン、ガバナンス改革といった中核テーマについては、CEOやIR担当者が同席しない、独立取締役と投資家だけの場で議論することが珍しくない。
「監視される側である経営陣の面前で、監視役である社外取締役と本音のガバナンス議論などできるはずがない」というのが、欧米のグローバル投資家に共通する認識と言えるだろう。
開示の面で日本の一歩先を行くのが香港市場だ。2025年7月1日に施行された香港の改訂コーポレート・ガバナンス・コードでは、取締役会と株主のエンゲージメントに関する規定(Code Provision F.1.1)がコンプライ・オア・エクスプレイン対象として置かれるとともに、コーポレートガバナンス報告書における強制開示要件として、対話の性質や回数・頻度、関与した株主グループと会社側の対応者、対話結果へのフォローアップ方針までの開示が義務化された。
ACGAは香港の改訂全体を「漸進的」と評しており手放しの称賛ではないが、社外取締役が対話にどう関与したかという定量実績の開示まで求める点は、「対応者は個別に適切に選定すればよい」という日本の抽象的な整理と好対照をなしている。
事務局のシナリオは通用しない? 「ライブの対話力」が企業価値を決める
2026年改訂は、日本の企業統治が「体制の形を整える時代」を終え、運用の質そのものが市場で査定される新時代に入ったことを象徴している。あるパブコメ提出者が指摘したように、生成AI技術の発展により、開示文書の構成や用語の適切さ、文章の表面的な完成度は今後さらに平準化していく。書面だけで企業の経営やガバナンスの質を見極めることは、かつてないほど難しくなっているのだ。
だからこそ今後は、IR説明会や決算発表の質疑応答、機関投資家との個別ミーティング、株主総会といった「ライブの場」でこそ、経営陣や社外取締役の真価が問われる。また、統合報告書の開示などを進め、社外取締役の生の声を少数株主にも知ってもらう場を設けるべきだろう。事務局が美しく整えた台本を読み上げるだけの姿は、百戦錬磨の投資家には即座に見透かされる。事前のシナリオが通じない問いに対し、取締役自らがどのような判断軸を持ち、何を優先し、何を捨てるのかを、自分の言葉で即答できるか。この「ライブの対話力」が、企業価値を直接左右する時代が始まった。
147の意見をめぐる攻防と現場の摩擦は、日本株市場が通過せざるを得ない成長の痛みである。「面談に社外取を出したくない」と警戒する事業会社の経営層。「少数株主の監視者・代弁者」へと自覚を強める社外取締役。そして「3週間前開示」と「直接エンゲージメント」を粘り強く求める海外投資家。
施行された改訂コードの下でこの3者が対話という主戦場で正面からぶつかり合い、真の緊張関係を築けるかどうか。それが、2026年以降の日本の資本市場がグローバル市場から信任を勝ち取るための唯一の道となる。



