
足場を組めば150万円かかる仕事を、ロープアクセスを使えば15万円で実現できる――。高所作業の常識を変える可能性を秘めたロープアクセスを武器に、事業を拡大している株式会社ギアミクス。その代表取締役を務める矢部明良氏もまた、一般的な経営者とはひと味違う経歴の持ち主だ。大阪芸術大学の放送学科からキャバクラの世界へ。店長として人を率い、ロジカルシンキングを徹底的に学び、そして降格という挫折も経験した。そんな異色の経験が、なぜロープアクセスという事業につながったのか。
「20代は人より挑戦して、自分を鍛える」
―ロープを使って体を吊り下げ、高所作業を行うロープアクセス事業を行っている株式会社ギアミクス。その代表である矢部様は大阪芸術大学で学んでいたという異色の経歴の持ち主ですが、なぜ起業しようと思ったのでしょうか?
大学では放送学科で学んでいました。テレビが好きな子供だったのでテレビ番組のディレクターになりたいと思って入学したのですが、特にマーケティングとかブランディングの講義が好きで、真剣に取り組んでいました。
その当時、アルバイトでキャバクラで働いていたんです。しかも、上司がいなくなってしまったので、しかたなく店長までやらされていた。けれど、やり始めたらめっちゃ楽しい。やりがいを感じられる仕事でした。
その頃からいつか起業したいとは考え始めていたのですが、具体的になにがしたい、ということはまだなかった。
―なぜその仕事を選んだのでしょうか?
その頃自分の将来にとても不安を感じていて、自己啓発の本をたくさん読んだりしていたのですが、だいたいどの本にもとりあえずチャレンジするしかない、と書いてある。それに自分自身の過去の体験もありました。小さい頃、私は喘息持ちでひ弱で、いじめも受けていました。そんな自分を変えるために柔道を習いはじめたのですが、練習を重ねていくうちに、人は鍛えれば強くなれるんだ、という自信を持つことができた。そういう考えを持っていたので「20代は人よりたくさん挑戦して失敗して、自分を鍛えよう」と厳しい世界に飛び込んだんです。
―キャバクラのお仕事はどのくらい続けられたのでしょうか?
26歳まで。マネジメントの基本をそこで身に着けました。それから一度、不動産投資の仕事に就職したんですが、すぐに辞めてしまった。
―それはなぜ?
不動産投資の仕事をやったことで、自分はお金のために頑張ることができない、と気づいてしまったんです。
キャバクラの世界は売上重視、粗利益重視なのですが、私はそれだけではダメだ、もっとお客様の満足度を上げなくてはと思い、ホスピタリティ重視を心がけていたんです。私の店ではホテルと同じレベルのサービスを指導していました。店は大阪の繁華街から電車で40分くらい離れたローカルな地域にあり、客単価はこの世界ではそれほど高価ではない、1万~1万5千円ほど。しかしそれだけの金額をお客様から預かっているわけですから、それ以上のサービスを提供しなければならない、と考えていた。
立地が立地だから、新規のお客様はぜんぜん来ません。だからたまに新規のお客様が来店したら私が店長の名刺を持って挨拶に行き、フルーツをサービスしたりして、絶対にまた来店してもらえるようにしていました。
―もともと、サービス業が好きだったのでしょうね。
それが不動産投資の世界では、全く感じられなかった。私にはその仕事が人を喜ばせるためにしている仕事だと感じられなかったんです。物件を売ることが本当にその人のためになっているのか、と考えてしまうと、営業に向かう足が止まってしまった。それで不動産投資を数カ月で辞めてしまい、その後幾つかの仕事を転々としたのですが、結局キャバクラの仕事に戻ってきました。

頭から煙が出るまで学んだ「型」
以前は店長までやりましたが、出戻りでしたので再びバイト。週三日、皿洗いから再スタートでした。
そこで私の人生を変えた出会いがありました。店のオーナーがとても頭の切れる人で、その人からロジカルシンキングの思考法を徹底的に学ぶことができたんです。以前店長をしていた時は、いうなれば体育会系のノリ、アメとムチで人をマネジメントしているだけでした。しかしそのオーナーは徹底的に論理的で理詰め。私が苦手だった左脳を使う考え方だったんです。
―今まで自分が出会ったことがない考え方の人だった。
その時自分は27歳になっていましたが、この考え方を学ぶのもチャレンジだと思いました。
オーナーも私の姿勢を見ていてくれて、新店を立ち上げるタイミングで、自分を店長に昇格させてくれた。ですが私は通常の店長業務はしてはいけないと言われて(笑)。まずロジカルシンキングをしっかり勉強してからマネジメントをやりなさい、と。
―面白い方ですね。
オーナーから言われたのが「矢部君は今まで、それなりに何でも上手くやれてきたほうでしょう?」と。確かに今まで人より成果を出せてきたと思います、と答えたら「だからダメなんだよ。それなりに上手くできてきたから『型』を学んでこなかった。これからはちゃんと型を知ろう」と。それで一旦これまで経験してきたことを全て捨てて、ゼロベースで学び始めたんです。
最初は言葉の意味から。言葉の定義づけからもう一度考えていく。イベントをやる時でも目的と成果を分けて考える。定量目的と定性目的の違いを考え、イベントの狙いは何なのかを考えさせられる。今まで自分が20数年間積み上げてきたことを全て壊すことは大変でしたが、これを今、お金をもらいながら学べるのはチャンスだと思って積極的に取り組んでいました。
「まず型を学ぶ。型を掴んでからそれを壊すから『型破り』と言うんだ」「『考える』と『悩む』は違う」。そういうことを一つ一つ学ぶことで、自分の足りなかった部分を埋めていけるのではないかと思った。
―それはビジネスパーソンとして凄い力になりますね。
二年間、一日12時間くらい論理的思考を実践し続けました。もう頭から煙が出てくるくらい(笑)。それで問題解決能力とか思考能力が身についた。この問題には、このデータが分かればこう答えが出るから、そのためにこうしようとプランを立てられる。だから悩むことがなくなった。
しかしそうなると、感情が無くなるんです。従業員から「がんばります」とか「ちゃんとします」と言われてもそういう抽象的な答えに満足できないから、もっと的確に、論理的に答えを出してと言ってしまう。店はキャバクラだし、従業員もアルバイトですけれども大企業の正社員のような思考と行動を求めていた。そういう中にいると、自分に感情が無くなっていることに気づかなくなっていた。
―自分の思考法が他の人にも理解できると思ってしまっていた。
その時、たまたま別の店に店長で来てもらいたいという話が来たので、自分の力を試してみたい気持ちもあり、お世話になったオーナーの下を離れたんです。しかしその新しい店でもこのやり方をやったら見事にダメだった。部下が「頑張れない」と自分に相談してきても頑張る必要ってある?やるべきことをやるだけだよねと答えてしまっていた。心に寄り添っていなかった。そうすると人はついてこないんですね。前の店ではこの考え方が普通だったのですが、そういう素地がない店では上手くいかないことに途中で気づきました。
それで結局、店長から降格させられてしまった。今までの人生で降格させられたことがなかったので、ショックではあったのですが、同時に初めて肩の荷が下りた気がした。ストン、と気が楽になった感覚があったんです。それまで片目で見ていた世界が両方の目で見えるようになったと思いました。

捨てたはずの「人とのご縁」が開いた起業の扉
―今まで結果を出さなければならないポジションについて焦っていたことに、降格したことで初めて気がついた。
20代の間一人で頑張って、一人で失敗し続けてきた。そして31歳で突然の降格。この10年間寝る間も惜しんで必死で頑張ってきたのは何だったんだろう、と。それに抱き続けてきた起業への想いも、口では「起業したい」と言っているクセにまだアイディアも無ければ人脈もない。今の境遇を顧みて、それが重く響いてきたんです。
……しかし、じゃあ自分が何を見失っていたのか?を自問自答していく中で、自分の心の中に「ゴミ箱」があるのを見つけたんです。それは自分が今まで生きてきた中で、自分の人生には不要なモノとして切り捨てていた「人とのご縁」だった。
―なぜそれに気づいたのでしょうか。
それまではずっと自分一人で走ってきて、自分を鍛えることが大事だったので、人との縁なんてどうでもいいと考えていたんです。しかし切り捨ててきた縁は全くゴミじゃなかったことにやっと気がついた。その時、自分の30代のテーマが「人との縁を大事にする。感謝と貢献の人であろう」と決まったんです。
それで人生が180度変わりました。だいぶ回り道をしてきましたけれど(笑)。
―それに気がつかれて、すぐに起業することになるのでしょうか?
もう翌月くらいには人からの紹介で、スーパーマーケットのカビを取る仕事をしている会社の社長が、業務委託先を探しているという話を耳にした。その時、清掃業者ならダスキンなど大手の会社は聞いたことがあるけど、カビを取るのが専門の会社は聞いたことがないと思い、乗ってみようと思いました。伸びしろがありそうだし、なにより誰も行かないような分野のほうがやってみる価値はありますから。
それで一年ほど業務について学んでから弊社を起業しました。
―現在はカビの清掃だけでなく、ロープアクセスや電気工事のお仕事もされていますが、そちらに進出したきっかけについてお聞かせください。
ロープアクセスはその仕事をしている人を知り、彼を応援したいと思って始めました。でも、何よりもこの仕事は世の中のためになる仕事だと確信できたことは大きいです。電気工事は、ある時スーパーマーケット様のお役に立つと思って電気工事会社を紹介したんですが、その話をスーパーマーケットの協会に話をしたら、ギアミクスさんでもやってくれませんか、と。最初は嫌だったのですが、何度も頼まれるうちにやることになりました。今ではスーパーだけでなくスタジアムや病院、学校などの電気工事も扱っています。
以前は人と仕事するのは嫌いでしたし、人と組んでもいいことは無いと思っていたのですが、逆だった。自分は人と何かを起こす人だった。
―それに起業してから気がついた。
今となっては「矢部さんは誰かと何かをするのが得意ですね」と言われます(笑)。

ロープアクセスを当たり前に
―今後の展開についてお聞きします。今後一番伸びしろがあるのがロープアクセスだと。
ロープを使って外壁の工事をすることは、ヨーロッパでは主流です。日本では足場を組んだり、ゴンドラを使ったりすることが多いのですが、それだと多額の予算が必要になります。しかしロープアクセスだと費用を10分の1ほどに抑えられる。足場を組んだら150万円必要な作業が15万円で終わる。オーナーさんとしてはとても助かるのですが、ただロープアクセスという方法があること自体が知られていない。やはりお客様が喜んでくれることが第一なので、ぜひこの方法が広く知られて欲しい。
―ロープアクセスの手法をビルメンテナンス業界のスタンダードにしていく中で、課題としてはどういうものがあるのでしょうか。
まだまだ認知されていないということと、危険ではないかというイメージです。かなり昔にもロープブランコでの外壁修繕が流行ったことがあるようです。但し、その施工は安全面に配慮されたものではなく多くの方がお亡くなりになったと聞いています。そういった過去のイメージもあるのかもしれません。私たちは安全面を何よりも第一に考えて建築の仕事を進めていかなければなりません。昨年の大阪万博の仕事を請け負いましたが、私たちのようにロープを使って品質の高い建築作業を引き受けられる会社は関西全体でも5社もないかと思います。
しかし少ないからこそ知名度も低く、まだ負のイメージが残っている現状です。それが知名度が高まり仕事が増えていくことで参画する企業が増えていけば、ネガティブなイメージを覆すことができると思っています。
―現在はどのような仕事が多いのでしょうか。
雨漏りなど建物の修理といった作業と、建物調査の仕事が多いです。ビルからタイルや看板が落ちて下を歩く人が怪我をしてしまう、といったニュースを聞くこともあると思いますが、これもビルのオーナーがメンテナンスの費用が高くてできないことに起因しています。それがロープアクセスによって「この値段だったらやってもらいたい」となれば、事故を未然に防げる。そうして街を守っていけるようになりたい。
―将来はロープアクセスが、町中でも普通に見られるような存在になればいい、と。
ロープアクセスだったらギアミクスさん、と名前が出てくるような会社にしていきたいですね。そうすれば人も増えて、仕事も増やせる。もっと多くの人に喜んでもらえるようになると思います。
―本日はありがとうございました。

株式会社ギアミクス
https://gearmix.co.jp/
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