
文芸評論家の三宅香帆氏が、刊行前のゲラ画像をXに投稿した件で謝罪した。投稿には「ねるねるねるね」をめぐる赤入れが含まれており、出版関係者や読書好きの間で議論が広がった。
三宅香帆氏、ゲラ投稿を削除し謝罪
文芸評論家の三宅香帆氏が6月29日、自身のXで、刊行前ゲラの一部を公開した投稿を削除したと明らかにした。
三宅氏は「担当編集さんと話し合った上で削除させていただきました」と説明。編集者から削除要請があったわけではなく、自身から伝えて話し合った結果だったという。
三宅氏は、投稿が大きな話題になるとは思わなかったとして、軽率だったと謝罪した。あわせて、担当編集者との信頼関係のうえで投稿した画像だったものの、その意図が伝わらないまま拡散され、関係者に申し訳ないとして削除に至ったと説明している。
「ねるねるねるね」は一般的か 赤入れの一部が拡散
発端となったのは、三宅氏がXに投稿した刊行前のゲラ画像だった。
ゲラには「ねるねるねるね」という表現をめぐり、「一般的に知られていますか」といった趣旨の赤入れが入っており、三宅氏はその赤入れに対し、「知られてるよね」と反応する形で投稿した。
この投稿に対し、当初は「ねるねるねるねを知らない世代がいるのか」という軽い反応も出た。しかし、次第に批判の矛先は別の方向へ向かった。
刊行前のゲラは、著者、編集者、校閲者、出版社など複数の関係者が本を完成させる途中段階の資料である。そのため、制作過程の一部をSNSで公開することについて、出版関係者を中心に慎重な声が上がった。
批判は「ゲラ公開」と「赤入れへの見え方」に集中
ゲラ投稿をめぐる批判は、大きく二つに分かれた。
一つは、刊行前のゲラをSNSに出すこと自体への疑問である。ゲラには、本文だけでなく、編集者や校閲者の指摘、著者とのやり取り、未確定の表現が含まれることがある。完成前の資料を公開する場合、関係者の了解や見せ方に慎重な判断が必要になる。
もう一つは、赤入れへの反応が、編集者や校閲者の仕事を軽く扱っているように見えたという受け止めである。
三宅氏は27日にもXで、編集者の赤入れや校閲者の指摘を常にありがたいと思っていると説明していた。自分が編集者の指摘にいら立っているように受け取られるとは思っていなかったとして、言葉足らずだったと謝罪している。
さらに、赤入れがあってこそ商業出版の原稿であり、編集者とは赤入れを通じてコミュニケーションをしている部分があるとも述べた。自身の投稿が、編集や校閲の指摘をためらわせる原因になる可能性を考えずに投稿したことについても、申し訳なかったとしている。
三宅香帆氏とは 新書大賞受賞の文芸評論家
三宅香帆氏は1994年、高知県生まれの文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師も務め、文芸評論や社会批評の分野で活動している。
著書には『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』などがある。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は新書大賞2025の大賞を受賞し、三宅氏は書籍、テレビ、ラジオ、YouTubeなどで発言の場を広げてきた。
近年は「読書」「推し活」「働き方」「言語化」などをテーマに、若い世代にも届く書き手として存在感を高めている。その分、SNSでの投稿も大きく拡散されやすい。
出版現場のやり取りはどこまでSNSに出せるのか
今回の件は、三宅氏個人の投稿を超え、出版現場の制作過程をSNSでどこまで共有できるかという議論にもつながった。
著者が刊行前の本を宣伝するために、制作中の様子を発信することは珍しくない。書影、校了報告、編集者とのやり取り、ゲラの束などは、発売前の期待感を高める素材にもなる。
ただし、赤入れやコメントが写ったゲラは、単なる宣伝素材とは性質が異なる。そこには、表に出る前の判断、迷い、確認、修正案が含まれる。編集者や校閲者は、読者の理解を助け、誤読や誤記を減らすために細かな確認を入れる。そうした作業がSNS上で切り取られると、本来の意図とは別の文脈で消費されることがある。
三宅氏は今回、担当編集者との信頼関係のもとで投稿したと説明した。しかし、Xでは投稿が本人と担当編集者の関係性を離れ、第三者の批判や擁護を巻き込みながら拡散された。
SNSで宣伝と制作過程の共有が近づくほど、著者の何気ない投稿が、編集者や校閲者の仕事の扱い方をめぐる議論に変わる可能性がある。今回のゲラ投稿は、その境界を可視化した。



