
秋元康がTOKYO FMで語った「ビリヤニ」「おひとりさま天国」は”見せ球”という発言が乃木坂46ファンの間で波紋。「センターを人柱扱いしている」と批判が集まる理由や、プロデューサーとアイドルそれぞれの立場から今回の発言を考察。
秋元康の作曲スタイルに物議
TOKYO FM『TOKYO SPEAKEASY』での秋元康氏の発言が、乃木坂46ファンの間で大きな議論を呼んでいる。
秋元氏は、乃木坂46の楽曲制作について「野球の配球」に例え、「おひとりさま天国」「ビリヤニ」は”見せ球”であり、その後の「Same numbers」をより魅力的に感じてもらうための戦略だったと説明した。
しかし、この発言に対しSNSでは、
「メンバーを人柱扱いしている」
「見せ球でもセンターは本気で何カ月も活動する」
「全部決め球のつもりで作ってほしい」
など、批判の声が相次いでいる。
秋元康「見せ球だった」と制作意図を説明
番組内で秋元氏は、
乃木坂46の楽曲づくりについて、「ファンとは打者とピッチャーの関係」と表現。
そして、「内角高めいっぱいに投げるのが『おひとりさま天国』『ビリヤニ』」と説明した。
ファンから「クソ曲作りやがって」と批判されることも承知の上で、その怒りや期待感を高めたあと、「Same numbers」のような楽曲を届けることで、より強いインパクトを生み出す”配球”なのだという。
これは、ファンたちに飽きられないための戦略とも語っていた。
「ビリヤニ」が再び議論の中心に
今回、とりわけ反発が大きかったのが「ビリヤニ」への言及だった。
「ビリヤニ」は6期生の矢田萌華・瀬戸口心月の2人が初センターを務めた楽曲。
新センターにとっては、グループ加入後初めて大きな注目を集める重要なシングルだった。
しかし、それを「見せ球」と表現したことで、SNSでは
「6期生の初センターが見せ球だったの?」
「本人は人生を懸けて活動していたはず」
「本気で歌ってきたメンバーがかわいそう」
といった意見が相次いだ。
「曲は見せ球でも、メンバーの人生は一球勝負」
ここが、多くのファンが引っ掛かったポイントなのだろう。
プロデューサーから見れば、シングルは何十枚もある”一球”かもしれない。
しかし、センターを務めるメンバーにとっては違う。
その曲で歌番組の披露、全国ツアー、果ては卒業コンサートまで戦っていくのだ。
ポジションによっては、その曲がアイドル人生の代表曲になる可能性もある。
だからこそ、「見せ球」という言葉に「メンバーの努力まで軽く扱われた」と感じたファンも少なくなかった。
一方で「プロデューサーとしては理解できる」の声も
もちろん、秋元氏を擁護する意見もある。
「ヒットメーカーだからこその考え方」
「アルバム全体を考えれば配球という発想はある」
「刺激を作ることもプロデューサーの仕事」
という見方だ。
また、「Same numbers」の制作時期などを考えると、実際に”見せ球”として作られたわけではなく、ラジオ内で例え話として話しただけではないか、という指摘もある。
プロデューサー視点とアイドル視点、その両方が存在する
秋元康氏の発言は、ヒットを生み続けてきたプロデューサーとしての戦略論だったのだろう。
しかし、それを実際に歌い、何カ月も人生を懸けて活動するのはアイドル本人たちだ。
プロデューサーは作品を俯瞰して見る立場。
アイドルは一曲一曲がキャリアそのもの。
この視点の違いが、今回の議論の根底にあるように感じられる。
「見せ球」で終わらせないために
乃木坂46には、どの楽曲にも思い出を重ねてきたファンがいる。
そして、どのシングルにも全力で向き合ってきたメンバーがいる。
だからこそ、戦略として「見せ球」が存在するとしても、歌う側にとっては毎回が”決め球”であり、人生を左右する一曲であることに変わりはない。
今回の発言は、プロデューサーの戦略論と、アイドル・ファンが抱く作品への思いとの間にある温度差を、改めて浮き彫りにした出来事と言えそうだ。



