
断熱材は、家の暑さ寒さをやわらげる資材である。同時に、つくる段階でCO₂を排出する「排出源」でもある。この前提を裏返した会社がある。山口県下関市の株式会社デコスは、新聞紙をリサイクルしたセルロースファイバー断熱材「デコスファイバー」を製造・施工する。
その1袋は、製造から施工までの排出量を差し引いてなお、大気中のCO₂を固定する。排出する建材から、炭素を貯蔵する建材へ。同社が挑むのは、脱炭素の発想そのものを反転させる試みである。
削減するだけでなく、炭素を貯蔵する建材へ。カーボンネガティブという命題

デコスファイバーの原料は、使い終えた新聞紙である。主原料に占める割合はおよそ80%。国内で回収された古紙を、木質繊維系のセルロースファイバー断熱材へと加工する。数日で役目を終える新聞紙が、住宅という長寿命の資産のなかで数十年にわたって使われることになる。壁に吹き込まれたそれは、住まいの暑さ寒さをやわらげながら、原料の木質繊維に由来する炭素を建物のなかに抱え込む。
同社の算定によれば、デコスファイバーは15kg入り1袋あたり約16.9kg-CO₂を固定する。一方、製造から流通、施工までに排出されるCO₂は1袋あたり約7.1kg。差し引き9.8kg-CO₂固定が排出を上回る。同社は、この比較に基づき「1袋あたり9.8kg-CO₂のカーボンネガティブ」と位置づけている。もっとも、これは製品のライフサイクル全体ではなく、製造から流通、施工までを対象に算定した数値である。
住宅1棟の規模で見ると、固定される炭素量は杉およそ154本分に相当するという。累計換算棟数40,000棟を超える住宅・施設に採用されてきた。ただし新築戸建住宅での採用率は約1.3%にとどまる。数字の意外性が先行しやすいテーマだが、普及の実像はまだ小さい。
断熱材の環境価値は長く、「省エネによってどれだけCO₂を削減できるか」で語られてきた。デコスが持ち込むのは、そこに「どれだけ炭素を固定できるか」という別の軸である。建材を排出する側から蓄える側へ。その転換を製品の中心に据えている会社だ。

削減から固定へ。バイオジェニックカーボンと「第二の森林」
断熱材が「省エネ建材」と呼ばれるのは、住まいの冷暖房に使うエネルギーを減らし、その運用段階でCO₂排出を抑えるからだ。この文脈では、断熱材の環境価値は使用時の削減効果で測られる。デコスが軸足を置くのは、それとは別の点である。
同社が着目するのは、原料の木質繊維が抱える生物由来の炭素、いわゆるバイオジェニックカーボンだ。新聞紙のもとをたどれば木材であり、樹木が生長の過程で大気から取り込んだ炭素を含んでいる。それを断熱材として壁のなかに固定すれば、炭素は燃やされも捨てられもせず、建物が建っているあいだ留め置かれる。断熱による運用時の削減に加えて、炭素を長期にわたって固定する。この二重の効果を、同社は自社製品の中心的な価値として掲げている。
ここから、同社は「第二の森林」という比喩を導く。森林が大気中のCO₂を吸収して蓄えるように、炭素を固定した建物もまた、都市のなかで炭素を抱え込む存在になりうる。住宅が建つほど炭素の貯蔵場所が増える、という発想である。杉154本分という1棟あたりの固定量は、この比喩を数字で裏づけるために持ち出されている。
削減から固定へ。言い換えれば、排出をゼロに近づける発想から、排出を上回って炭素を蓄える発想への移行である。同社は、この考え方を建材選びの基準にまで広げていくことを見据えている。
「断熱は施工が命」。現場の疑問が生んだ工法
デコスが炭素固定という発想にたどり着く前、その出発点にあったのは環境の理念ではなく、現場の一つの疑問だった。「設計どおりの性能が、なぜ現場で出ないのか」という問いである。

1989年、親会社である安成工務店は、太陽熱で床を暖めながら換気するOMソーラー住宅に取り組んでいた。ところが、設計上のシミュレーションと実際の室内環境にずれが生じ、冬場に見込んだ暖かさが得られないケースが出た。原因を検証していくと、問題は窓と断熱施工にあることが分かった。当時主流だったグラスウールは、配管まわりや狭い箇所で断熱の欠損が生じやすく、設計上の性能を現場で出し切れていなかった。
そこで同社は、「きちんと施工できる断熱材は何か」という視点から国内の断熱材を集め、比較検討した。行き着いたのが、新聞紙をリサイクルしたセルロースファイバーである。隙間なく充填でき、安全性も高い。ただし当時、セルロースファイバーの乾式吹込み工法はすでに存在していたものの、認定を受けた工法はなく、日本の住宅で性能や施工品質を担保する仕組みまで含めて確立されているとは言い難かった。そこで、同社は自ら施工機を開発し、現場での検証を重ねて、独自の乾式吹込み工法「デコスドライ工法」をつくり上げた。実測で設計どおりの温熱環境が確認できたことから、1994年には全棟で標準採用に踏み切っている。
この経験から同社が得たのは、断熱材は製品の性能だけでは価値にならず、施工の品質まで含めて初めて設計値に届く、という認識だった。「断熱は施工が命」という言葉は、ここから来ている。1996年に不動産業の子会社を断熱材メーカーへと業態変更、株式会社デコスへ商号変更した。同社は専用の施工機や部材、施工マニュアル、研修制度、認定施工技術者の仕組みを整え、施工代理店による責任施工の体制を全国に広げていった。木造住宅の内部結露に対する20年保証も、この施工品質への向き合い方の延長にある。
環境価値の「見える化」と説明責任。CFP・EPD・J-CAT
施工品質で設計値を担保したうえで、デコスの関心は製品そのものの環境負荷へと向かう。省エネ建材と呼ばれる断熱材も、製造の段階ではCO₂を排出している。それを差し引いてなお環境に貢献していると言えるのか。この問いが、次の取り組みの起点になった。
同社はまず、排出量を数値で示すところから始めた。2011年、建築用断熱材として日本で初めてカーボンフットプリント(CFP)を取得し、原料調達から製造までに出るCO₂を可視化する。翌2012年には、カーボン・オフセットによって実質排出ゼロのカーボン断熱材を実現した。さらに2019年にはエコリーフ環境ラベル(EPD)の認定を取得。2024年には建築用断熱材として日本初のJ-CATデータベースに登録されている。第三者検証による環境情報の開示や、公的な算定ツールへのデータ掲載を進めてきた。
これらの取組みは、いま企業に求められている要請と結びついている。GX(グリーントランスフォーメーション)やスコープ3、すなわち調達を含めた供給網全体での排出管理が広がるなか、建材を選ぶ側は、その建材が製造時にどれだけCO₂を出したのかまで問われるようになった。LCA(ライフサイクルアセスメント)やCFP、EPDのデータを備えた建材であれば、調達段階からのCO₂管理に対応できる。環境データを整えておくことは、同社にとって製品の付加価値であると同時に、説明責任を果たす手段でもある。
炭素だけではない。資源をどこに依存するか
デコスファイバーの価値は、炭素の収支だけにあるわけではない。近年、住宅業界では別の問いも重みを増している。その建材が、どの資源に依存しているのか、という問いだ。
断熱材には、ウレタンやフェノールフォームなど石油を原料とする製品が少なくない。原油やナフサの価格が上がれば、こうした石油系建材は価格の高騰や供給の不安にさらされる。中東情勢をはじめとする地政学的なリスクや、エネルギー安全保障への関心が高まるなか、建材を「性能」と「価格」、そして「CO₂をどれだけ減らせるか」で選んできた基準に、「どの資源に依存し、安定して供給できるか」という軸が加わりつつある。同社は、この文脈のなかに自社の製品を置いている。

デコスファイバーの主原料は、国内で回収された新聞紙である。石油ではなく、国内で循環する古紙を使う。製造は山口県下関市と埼玉県飯能市の二つの工場が担い、主原料を国内で調達し、国内で製造するサプライチェーンを構築している。原料の調達先が国内にあることは、価格や供給の安定という点で、石油系建材とは異なる特性になる。数日で役目を終える新聞紙を、住宅という長く使われる資産のなかで生かす。同社はこれを、資源の価値を高めるアップサイクルと位置づけている。
品質面では、建築用断熱材の日本産業規格であるJIS A 9523の認証を取得している。環境価値や資源の話にとどまらず、断熱材としての基本性能が規格で担保されていることも、公共性の高い建築や被災地での採用を支える条件になっている。
脱炭素という文脈で語られてきたデコスファイバーは、資源の安全保障という別の入り口からも説明できる製品である。炭素を固定するという価値と、石油に依存しないという価値。同社は、この二つを重ねて訴求している。
1,804戸の実装と、これからの現在地
デコスファイバーは、平時の新築住宅だけでなく、災害の現場でも使われてきた。2016年の熊本地震以降、木造の応急仮設住宅に採用され、熊本地震で563戸、2020年の熊本豪雨で612戸、2024年の能登半島地震で623戸、2025年の熊本豪災害で6戸、累計1,804戸に及ぶ。工期も供給条件も限られる被災地で選ばれたのは、環境性能だけでなく、供給力と施工ネットワーク、品質管理が一体で評価されたことを意味する。木造応急仮設住宅は、当初から恒久利用を見据えて建設されている。応急仮設としての役目を終えた後も、その多くが公営住宅へ転用され、被災地の復興に役立っている。

事業としても、環境配慮型でありながら黒字を保ってきた。売上高は直近数年おおむね10億円規模で推移し、2025年12月期は10.3億円。ただし営業利益は原材料やエネルギー価格の高騰を受けて振れており、2020年の7,100万円から2025年には1,000万円となった。出荷量は年間2,400〜3,000トン規模。環境価値を掲げる建材が、市況の波を受けながら事業を続けている姿がここにある。
第三者からの評価も積み重なっている。2013年には第15回グリーン購入大賞で大賞(経済産業大臣賞)を受賞した。同社は今後、この炭素固定型建材の考え方を一部の先進的な取り組みにとどめず、脱炭素建築の標準として社会に定着させることを目指すとしている。
同社が描くのは、建材を選ぶ基準に「炭素をどれだけ蓄えるか」という軸を加え、住宅や建築物そのものを炭素の貯蔵場所、いわば都市の「第二の森林」に変えていく将来像だ。削減にとどまらず、固定まで担う建材へ。その構想は明快である。実現の度合いを決めるのは、これからの普及の広がりということになる。



