
大阪府河内長野市に店を構えるせんべい店、こぐま商店。老舗メーカーが守り続けてきた昔ながらのお菓子に、手描きのクマをあしらった可愛らしいパッケージと絵本のタイトルのような名前をまとわせ、大阪から全国へと届けている。最初は“焼肉屋の記念品”からスタートしたお菓子が、今や外資系ホテルや百貨店にも並び、全国200を超える店舗で扱われるまでになった。代表社員の熊岡祐紀氏は、焼肉店の料理人から陶芸家、八百屋の店主を経て菓子の世界へ飛び込んだ異色の経歴の持ち主だ。ブランド誕生までの歩みと、社員や地元に注ぐ思いを伺った。
「新しいけど懐かしい」。老舗の技を次世代へつなぐネオレトロなお菓子
大阪府河内長野市に本店を構える合同会社こぐま商店。2022年の設立以来、米菓を中心としたお菓子の企画・販売を手がけている。商品ラインナップは、老舗メーカーのロングセラー商品と、自社のオリジナル商品の二本柱だ。
同社の原点であり、今も看板商品として愛されているのが「クマオカキ」だ。創業から90年にわたって手焼きを守り続けてきた職人が、伝統の鉄板で一枚一枚焼き上げている。手焼きならではのやさしい食感が特徴で、きなこや柚子胡椒、手羽先、たこ焼きなど12種類の味が楽しめる。

そのほか、豆菓子の「まめくま」、蕎麦ぼうろの「熊ぼうろ」、お米と野菜のスナック「くまべい」、米粉の雪玉クッキー「マルクテホロホロ」など、シリーズは十数種類に及ぶ。中身はメーカーが長年守り続けてきた味そのまま。そこにこぐま商店ならではのパッケージとネーミングで装いを新たにし、あらためて世に送り出している。
「当社では、昔ながらの技法を守り続けているメーカーさんを際立たせることを一番に考えています。良さはそのままに可愛いパッケージに包んで、若い世代にも、昔から知っているお年寄りにも、もう一度お届けする。それが私たちのコンセプトです」(熊岡氏)
どれも職人が丹精込めて手作業で作り上げるお菓子だからこそ、大量生産も安売りも難しい。かといって、ただかわいい、おしゃれなだけのパッケージの商品は、すでに世の中にあふれている。そこで同社がたどり着いたのが、「新しいけど懐かしい」というネオレトロな世界観だった。
「パッケージは、余白を生かしたわびさびを感じるデザインがコンセプトで、クラフト紙や和紙を使っています。そして、一つひとつのパッケージが、絵本の表紙に見えるように、名前やデザインを考えています。クマのイラストは私の手描きです」(熊岡氏)
商品名は、子どもでも覚えやすく、形や食感が思い浮かぶ名前を付けているという。丸くてホロホロとほどけるクッキーは「マルクテホロホロ」、薄い板状の飴は「ガラスアメ」といった具合だ。
「ネーミングのポイントは、ひねりすぎないことです。もっとインパクトや面白さに振り切るのも楽しいと思いますが、やりすぎるとメーカーさんを立てたいという思いに反してしまう。だから、頭の片隅には、いつも老舗メーカーさんのプライドがあるんです。崩しすぎず、でも可愛く、古くて新しく。そのさじ加減が難しいので、デザイン会議はいつも長引きますね(笑)」(熊岡氏)
こうして生まれた商品は、その確かな味と世界観が評価され、販路を着実に広げている。名だたる外資系ホテルにも採用され、2025年6月にはあべのハルカス近鉄本店に常設店舗をオープン。取り扱い店舗は全国200店を超えた。
料理人、陶芸家、八百屋。逆境の先で生まれたクマオカキ
熊岡氏のキャリアの原点は、19歳のときに抱いた「独立したい」という思いだ。当時、焼肉屋でアルバイトをしていた熊岡氏は、「人のご飯を作るほど稼げるし、料理の腕があればそれで食っていけるじゃないか」と考え、料理人の道を歩み始めた。
その後、飲食店で腕を磨いていたあるときを境に、このままでは夢が夢のまま終わる事に気が付き、料理が嫌になってしまったという熊岡氏。料理から離れた先で飛び込んだのは、陶芸の世界だった。1年間、陶芸の歴史から技法までを学び、その後は陶芸教室を開き、子どもやPTA、老人ホームの入居者などに教えるようになった。
さらに、陶芸教室付きの八百屋カフェを開業。陶芸を教えながら常連客と世間話をしたり、近隣住民の要望を受けて野菜を使った惣菜を作って販売したりと、大阪・南河内郡の小さな町で地域のコミュニティのような場所になっていた。

そんなとき、飲食店時代の先輩から「独立するから力を貸してほしい」という連絡が入る。「今が最高に楽しいから」と一度は断ったものの、その熱意に心を動かされ、新店舗の立ち上げを担うことに。ところが、開店から間もなく会社は撤退してしまう。
「焼肉店『寄つ場』は地元だったので、一通りの友達や知り合いに声をかけてしまっていました。来てくれていた人もいたのにすぐに潰すなんて、そんなにかっこ悪いことはないじゃないですか。せめてこの店は個人的に続けさせて下さい、と承諾を得ました」(熊岡氏)
こうして引き継いだものの、半年ほど赤字が続いた。ギリギリの綱渡りの状態だった。転機となったのは、使わずに放置していた2階の物置にしていた客席だ。何かに活用できないかと考えた熊岡氏は、自身が犬好きだったこともあり、犬と一緒に入れる席をつくることに。すると、これが新聞で取り上げられ予約が増加。店はなんとか軌道に乗った。
寄つ場の開業から10年になる頃には、クレープ店もオープン。河内長野にはクレープ店がほとんどなく、子どもたちが隣町まで足を運んでいることを知ってのことだった。開店後、まもなくコロナ禍に見舞われるが、テイクアウトの許可や時短協力金のおかげで乗り切る事が出来た。そんななかで熊岡氏が気にかけたのが、日頃からお世話になっている取引先の苦境だった。
「飲食店側はなんとかやっていけていた一方で、肉や野菜、調味料などを卸しているメーカーさんは、飲食店が開いていないから卸先がないのに、国からの手厚い援助がなかったんです。当時は時短営業で時間もありましたし、空いた時間で別業種の商品を売るのを手伝えないかと考えるきっかけになりました」(熊岡氏)
ちょうどその頃、クレープ店で働くアルバイトスタッフの親戚が米菓店を営んでいると知り、焼肉寄つ場の開業10周年の記念品を製造依頼する。こうして誕生したのがクマオカキだ。
クマオカキを持って常連客や会社に「コロナ禍が明けたら、またご予約をお待ちしています」と配って回った。すると「美味しいからまた売ってほしい」という声が次々と寄せられるようになる。これを機に催事での販売や営業に乗り出し、2022年には合同会社こぐま商店を設立した。
「クマ」を背負った商品が、百貨店に並ぶまで
――「クマオカキ」をはじめとする商品名や社名は、熊岡さんの名前に由来しているのでしょうか?
熊岡:そうです。熊岡は祖父の姓だったのですが、祖父は生前、自分には息子がいないため熊岡が途絶えてしまうと気にしていたらしく、亡くなった後にその事を祖母から聞きました。偶然にも19歳の頃両親の離婚をきっかけに熊岡に改姓していたのもあって、世に熊岡を広めなくてはという思いで、最初の商品は「クマオカ」と「オカキ」をかけて「クマオカキ」と名づけました。
――今これだけ広がっている様子を見たら、おじい様も喜ばれそうですね。
熊岡:そうだといいですね。でも実は、熊岡の名前を広げようという当初の目的は、始めて3カ月ほどで忘れていたくらいなんです(笑)。
というのも、商品を売っていくための営業がすごく楽しくて。私の本業だった飲食業は、お客様が来て初めておもてなしができる「待ちの商売」と言われています。でもお菓子は、これ一つ持って自分から攻めていけるじゃないですか。お店を見ては「ここもいける、あそこもいける」って、可能性は無限大だなとすごくワクワクしていました。

――百貨店に常設店舗を構えるほどのブランドへと、どのように成長させていったのですか?
熊岡:最初のきっかけは大手企業様からのご注文でした。こんなに大きな企業様にも仕入れていただけるんだと自信に繋がりました。その後ノンストップで販路を広げてきました。楽しいからと怖いもの知らずだから出来たのかもしれません。
「住みたい」と思える街へ。地元への貢献。
――今後の展望を教えてください。
熊岡:まずは「大阪名物・クマオカキ」と呼ばれる商品になりたいです。大阪を代表するお菓子として認めていただけるよう、日本全国へ、海外へも展開を考えています。
しかし、職人の手造りなので、たくさんご注文をいただいても価格を下げることができず、作れる数にも限りがあります。そのため、まだ全国に流通させられるほどにはなっていません。北海道と沖縄にはすでに置いていただいているのですが、東北から関東にかけてはまだまだなので、これから少しずつでも広げていきたいです。
――河内長野市は「消滅可能性自治体」にも挙げられています。地元への思いもお聞かせください。
熊岡:コロナ禍以降、地元のお店がどんどん潰れて、街から明かりが一気に減りました。僕が学生の頃は、夜中まで開いているファミレスが当たり前のようにあって、できもしないような夢物語を友達と語ったり、くだらない話をしたりしていました。それができる場所が消えて、今の若い子たちはああいう時間を過ごせていない。あの文化が消えてしまうことに、寂しさを覚えています。
僕はもともとただの“焼肉屋の兄ちゃん”なので、自分の会社の商品がこれだけ世に出回っても、次にどうしていいかわからないんですよ。そうなると、ここから先は夢の方向に進むしかないんですよね。じゃあ、その夢ってどうやって描くんだっけ、と考えたときに、ファミレスで過ごしたあの時間を思い出したんです。一見すると無駄なあの時間こそが、僕にとって夢を描く原点でした。
今の若者にも、ああいう時間を過ごしてほしい。そこからしか生まれない、日本を引っ張るようなリーダーは絶対にいると思います。そういう場の提供に一役買えたらと思っています。
目指しているのは「なんか知ってる街。べつに住んでもいい街」です。そのために、まずはこの地域にたくさんある空き家を活用していけるのではないかと考えています。当社では空き家を取得し、リフォームして、スタッフが安く住めるようにする取り組みを始めています。田舎の家は多少不便ですが「大きい家に安く住める」「庭付きの家に住める」といったことは、生活の豊かさにも、心の安定にも繋がると思います。
従業員の暮らしを豊かにしていくには給与だけでなく、もちろん「食」も「住」も大切です。次は「衣」です。当社では現在、子ども服の販売や、お米を使った優しい化粧品を手掛け始めています。「うちの商品、いいですよ」と自然とお客様に伝えてくれるような、従業員が一番のファンでいてくれる、そんな会社を目指しています。そんな会社がある街として知っていただく事で定住に繋がれば嬉しいです。
従業員の幸福度がお客様への笑顔につながって、良い循環を生んでいく。それが地域に広がっていったらいいなぁ、と考えています。
◎企業情報
会社名:合同会社こぐま商店
設立:2022年7月
代表社員:熊岡 祐紀
所在地:〒586-0013 大阪府河内長野市向野町559-1
URL:https://kumaokaki.com/
◎インタビュイー
合同会社こぐま商店 代表社員
熊岡 祐紀
2011年より陶芸教室兼カフェやクレープハウスなどさまざまな飲食店を展開するも、2021年の新型コロナウイルスの影響を受けたことをきっかけに強い危機感を覚え、テイクアウトではなく食品メーカーとしての道を考えるようになる。その後2022年に別会社として合同会社こぐま商店を設立し、こぐま商店本店を河内長野市にオープンした。主力商品のクマオカキを大阪土産の新定番として確立させることを目指して、現在は大阪市内のホテルを中心に京都・奈良の旅館にも販路を拡大し続けている。2025年にはあべのハルカス近鉄本店のデパ地下に2号店を出店。2027年春に大丸心斎橋店に3号店をオープンする。



