
2026年9月2日の会見で車田正美さんが語ったのは怒りより先に、むなしさだった。
46億はピンとこない。
問題は金額の桁ではなく、創作に集中するための窓口が聖衣のライセンスを吸い上げる管になった点にある。
窓口を1つにした代償
車田正美さんは1953年12月6日、東京都中央区月島のとび職の家に生まれた。
本宮ひろ志の男一匹ガキ大将に触れ漫画家を志し、高校の投稿落選をきっかけに井上コオのアシスタントとなる。
1974年、20歳でスケ番あらしによりデビューした。
リングにかけろ、風魔の小次郎、男坂、聖闘士星矢をジャンプで連載し、黄金期の看板の一人になる。
のちにB’T-X、聖闘士星矢 NEXT DIMENSIONなどへ場を移した。
自らを漫画屋と呼び、創作に手を抜かないと公言してきた人物だ。
その裏で、事務は長く他人に預けられた。
元マネージャーは出版社時代の担当で、15年から25年近い付き合いだったとされる。
車田さんは会見で、お金の出入りはすべてこの男に任せておいた、頭脳はフルに創作に向け、事務は任せていた、と語った。
原告側によると、男性側は車田さんを人と会わない芸術家として説明し、窓口を自身に固定した。
創作を守る遮断が、監督の目を遠ざける装置にもなった。
善意の分業が情報の独占に変わった点が、金額より先に見るべき構造である。
聖衣が30年稼ぎ続けた
被害は2018年頃から2024年まで約46億8600万円。
年平均約7億8000万円で、小口の経費流用だけでは説明しにくい。
問題にされているのは、車田プロダクションなど3社が受け取るべきライセンス料だ。
会社口座からの無断送金に加え、許諾料の振込先を別会社へ差し替える手口が指摘されている。
被告は個人7人と法人4社の計11者。聖闘士星矢のシリーズ累計は5000万部超。
1980年代の聖闘士聖衣大系は約550万個を売り、1987年度男子玩具最大のヒットになった。
後継の聖闘士聖衣神話は今も1体1万円超で動き、ゲームや海外商品化も重なる。
巨額になったのは、盗める川が細くならなかったからだ。
被害額を問われ、車田さんはデカすぎてピンときませんね。46億あったら何に使います、と返した。
贅沢ではなく、どうやってそのお金を生きたことに使えるか、とも述べた。
中南米では今も現役
国内では一世代前のジャンプ作品として語られやすい。
フランスではLes Chevaliers du Zodiaque、中南米ではLos Caballeros del ZodiacoやOs Cavaleiros do Zodiacoとして、1990年代にゴールデンタイムで定着した。
ギリシャ神話が欧州の感性と合い、ブラジルやメキシコではドラゴンボールと並ぶ共有記憶になった。
越境ECではラテンアメリカのアニメグッズで上位に入った例もある。
東映の海外版権でも、年度により数億円規模で名が残る。
アメリカではブーム化しにくかったが、スペイン語圏とフランス語圏が許諾を更新させている。
海外で版権の柱になっているのはほぼ聖闘士星矢だ。
車田さんは、世界中の読者のためにも執筆を続けたいと会見で繰り返した。
18億円は値上がり分
約18億円は既に弁済された。
流出資金の一部が暗号資産に回り、値上がりが回収原資になったという。
悪質さと、回収できた偶然が同時にある。元マネージャー側は行為を概ね認めつつ、先生のためで悪気はなかったと説明したと報じられる。
発覚は2024年2月頃の国税局の指摘だった。
車田さんは、口座残高は僅かで納税も危なかった、下手をすればプロダクションは倒産し、自分も漫画家として潰れていたかもしれない、と述べた。
怒りを通り越し、むなしくなった。信じていたものを私利私欲で裏切る人間がいる、というやるせなさだ。
一時は人間不信にもなりかけた。
50年以上この世界にいて、漫画やアニメで悪い人間は見たことがなかった、何でだ、が正直な気持ちだという。
回収金は困っている人のために使いたい、とも語った。
被害者と代表の両面
声優の緒方恵美さんは、B’T-Xで接した車田さんを漢気のある人と振り返り、心が休まる日を願った。
車田さんは、関係会社に相手側が絡むと判断して原画展を中止し、ファンに詫びた。
2027年春の開催を表明している。同時に、3社の代表取締役でもある。
口座が空に近づくまで気づかない状態は、被害者であるだけでなく、内部統制を問われる立場でもある。
創作の窓口と、代表として残高を見る目を分けることが残る実務的な結論になる。



