
非常用ボタン未設置の衝撃 全国調査で浮かび上がった現実
厚生労働省が赤坂事故を受け実施した全国調査で、約1万3000施設のうち23%に当たる施設で非常用ボタンが設置されていないことが判明した。さらに緊急連絡体制が不十分な施設が12%、扉の開閉に不良がある施設が5%に上る。サウナ室内は高温多湿で体調不良が起きやすく、火災が発生すれば脱出が極めて困難になる。非常用ボタンは利用者が即座にスタッフに連絡するための最後の手段だというのに、多くの施設で電源が入っていない、または存在すらしない状態が放置されていた。
この数字は単なる統計ではない。赤坂事故では、夫婦が非常ボタンを押した形跡があったにもかかわらず、事務室の受信盤電源がオフのままだった。オープン以来約2年間、一度も電源を入れたことがなかったという運営側の供述は、利用者の命を預かる施設としての責任を完全に放棄したものと言える。自治体独自の調査でも静岡市などで未設置施設に使用停止指導が出されており、安全意識の低さが全国的に広がっている実態が明らかになった。
サウナブームの裏側 個室型急増が招く隠れたリスク
近年、サウナは「ととのう」ブームで利用者が急増し、特にプライベート性を重視した完全個室型施設が都市部を中心に増えている。高級店では月額数十万円の会員制をうたうところもあり、利用者層は若年層や女性にも広がった。
しかしブームの影で、安全設備への投資が追いついていない施設が少なくない。個室型は密閉性が高く、スタッフの目が届きにくいため、火災や体調不良時の救助が遅れやすい構造的欠陥を抱えている。赤坂の事故店「SAUNATIGER」も高級を謳う個室型だったが、ドアノブが内側・外側ともに外れるという致命的な不備があった。過去にも閉じ込め事案が発生していたのに、押し戸への変更を怠り、密閉性を優先した結果、夫婦はサウナ室から脱出できなかった。ひしゃくの柄でドアをこじ開けようとした傷跡や、ドアガラスを叩いた形跡が、必死の抵抗を物語る。
サウナブームで新規参入が増える中、コスト削減を優先する悪質な店舗が安全をないがしろにするケースが懸念される。
赤坂夫婦死亡事故の現在 捜査継続と運営側のずさんな実態
2025年12月15日、東京・港区赤坂の個室サウナ店で発生した火災では、美容室経営の松田政也さん(36)と妻でネイリストの陽子さん(37)が死亡した。サウナ室内の木製ベンチが燃え、夫は妻に覆いかぶさるような姿勢で発見された。死因は高温環境下での熱中症や一酸化炭素中毒の複合要因とみられるが、軽度のやけどしかなかった点が、閉じ込めによる二次被害の深刻さを示している。警視庁捜査1課は業務上過失致死容疑で捜査を続けている。
非常ボタンの電源が長期間オフだったこと、ドアノブの不備を放置したこと、前社長と現社長の責任分担などが焦点だ。店舗は事故直後から営業停止が続き、再開の見通しは立っていない。厚生労働省は事故をきっかけに全国調査を実施し、4月21日には自治体に対し問題施設への指導強化と消防連携を通知した。東京都も個室サウナ42施設を合同調査し、安全対策は確認されたとしているが、全国レベルではまだ不十分な状況が続く。
世界のサウナ安全基準と日本の遅れ 国際比較で見える課題
サウナ発祥のフィンランドでは、伝統的に高温低湿度のサウナが日常的に利用され、自主管理と清掃ルールが重視されるが、国家レベルの強制基準は比較的緩やかだ。
一方、米国ではUL規格が厳格で、温度上限を低めに設定し、自動遮断装置や換気を義務づける傾向が強い。欧州諸国はIEC 60335-2-53という国際規格を基盤に、CEマークで電気的安全性を確保し、換気回数や材料の耐熱性を細かく規定している。日本はJIS規格でIECを採用しているものの、消防法や公衆浴場法では非常用ボタンの設置が「推奨」レベルにとどまり、自治体条例に委ねられている部分が多い。
簡易サウナ設備(テント型やバレル型、6kW以下)については2026年3月31日施行の消防法関連改正で新基準が設けられ、離隔距離や安全装置が義務化されるが、既存の個室型施設への対応はまだ追いついていない。国際的に見ても、緊急時の連絡体制や扉の開閉性に関する実効的な義務化が遅れていると言わざるを得ない。
利用者と業界に求められる安全意識の向上 再発防止への道
サウナブームは健康促進というポジティブな面を持つ一方で、命にかかわるリスクを伴う。利用者側は入室前に非常用ボタンの作動確認、ドアの開閉性を自分でチェックし、体調管理を徹底する必要がある。施設側は定期点検の実施、電源の常時オン、押し戸構造への変更を急ぐべきだ。厚生労働省や消防庁の指導が強化される中、業界全体で安全基準の統一と第三者認証の導入が検討されるべきだろう。
23%という未設置率は、ブームの熱狂の中で見落とされがちな危険信号だ。赤坂事故の教訓を無駄にせず、利用者が安心してサウナを楽しめる環境を一刻も早く整えることが、関係者全員に課せられた責任である。



