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クルマ社会の最終ゴールはゼロエミッション

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クルマ社会の最終ゴールはゼロエミッション

カーボンニュートラルをゴールとするトヨタのマルチパスウェイの危うさ

「100年に一度の大変革」を迎えている自動車産業の電気自動車(EV)シフトが加速している。

昨年2022年の新車販売台数をみるとEVシェアは世界最大の市場に育った中国で20%に達し、欧州の主要18カ国で15%と急増した。一方、日本のEVシェアはようやく2%を超える水準にとどまった。中国や欧米のメーカーに比べ、日本の自動車メーカーのEVの市場投入が大きく出遅れているからだ。

その結果、海外の研究機関や環境団体が日本の自動車メーカーの環境に関する取り組みを低評価にするのは定番となりつつある。

だが闇雲にEV化を進めるのが本当に環境に優しいかというとそうでもない。CO2の排出量をLCA(ライフ・サイクル・アセスメント※)でみるとEVはハイブリッド車(HV)よりも必ずしもエコではない。

火力発電所が多い国では発電時のCO2排出量が多いことと、電池の製造過程で排出されるCO2が多いことなどで、EVはHVよりもCO2を排出するという試算があるからだ。だから単純に現在、EV比率が高いから「環境にやさしい」という判断は少し短絡的ではある。

※LCA(Life Cycle Assessment):ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)における環境負荷を定量的に評価する手法のこと

トヨタのマルチパスウェイ戦略

その「短絡的な判断」に噛み付いているのがトヨタ自動車である。トヨタの言い分は「カーボンニュートラルの敵は内燃機関ではない。電源構成を考えるとEVよりもHVがエコな国もある。すぐに全世界の車をEVに替えるわけにはいかず、HVやプラグインHV、バイオ燃料やe-fuelなども活用してカーボンニュートラルを実現するマルチパスウェイが現実的な対応だ」というものだ。

山の頂を目指す時、様々なルートがある。どのルートで登ろうが頂に立つことが大事だ。目指す頂がCO2排出量実質ゼロを実現する「カーボンニュートラル」であれば、EVだけが登坂ルートではない。

CO2と水素からつくるe-fuelなどを内燃機関で燃やしてもCO2排出量実質ゼロは達成できる。

確かにトヨタが言うように多様なパワートレインを駆使して、カーボンニュートラルを実現するのも一つの戦略だとは思う。だが生来のへそ曲がりである私は、トヨタが水素をエンジンで燃やす水素エンジン車を自社メディアの「トヨタイムズ」でPRし始めた頃からマルチパスウェイ(※)に少し疑問を持ち始めた。

※マルチパスウェイ:最もエネルギー効率が高くなるよう、全方位で技術の可能性を模索し、複数の経路でカーボンフリー社会をめざす考え方

エネルギー効率が低い内燃機関

内燃機関のエネルギー効率は残念ながら高くはない。街中で加減速を繰り返して走行する場合のエネルギー効率はせいぜい30%前後。70%ほどは熱エネルギーなどとして放出される。

水素を燃やしてもほぼ同じで、エネルギー効率は高くない。それに対して水素を燃料として走る燃料電池車(FCV)のエネルギー効率は街中を走る場合、60%を超える水準となる。

もしもクルマで水素を使うならエネルギー効率が内燃機関の2倍ほど高いFCVで使うべきなのである。内燃機関で水素を燃やし、カーボンニュートラルを実現するのは、エネルギー効率の悪化を招く。しかも空気を取り込んで燃やすのでNOx(窒素酸化物)の発生が避けられない。

トヨタの戦略に再び首を傾げたのは5月に開かれた2023年3月期決算発表での佐藤恒治社長の発言である。
「最終的なゴールはカーボンニュートラルであり、その先にあるモビリティを変えていくことを実現します」
佐藤社長はこう語り、「クルマの未来を変えていく」と宣言した。

一連の発言を聞き、トヨタが最終ゴールとして考えているのはカーボンニュートラルであり、CO2だけではなく排気ガスも含めてゼロとする「ゼロエミッション」ではないことがわかった。

トヨタの広報担当者に確認しても「トヨタはこれまでゼロエミッションを目指すとは言っていません」と答えた。

ゴールはカーボンユートラルかゼロエミッションか?

19世紀の末に誕生した自動車には二つの原罪を抱えていた。交通事故で人を死傷させることと地球環境に負荷を与えるという二つの罪だ。

クルマの誕生から100年が経ち、自動運転技術と電動化技術が発展し、まさに今、交通事故ゼロと環境負荷ゼロに手が届くところに私たちはいる。

二つの原罪にようやく別れを告げようとしているのだから、最終ゴールの一つはゼロエミッションと考えるのが当然のことだと私は思っていたが、どうやらトヨタはゼロエミッションの手前にあるCO2排出実質ゼロが最終ゴールだと考えているのだ。

最終ゴールをゼロエミッションと捉えるなら、そのゴールには内燃機関は存在しない。どんなにクリーンな燃料を燃やしても大気中には80%近くの窒素が存在する。

そこで燃料が高温で燃える時、どうしてもNOxが発生する。ゼロエミッションが義務付けられれば、今のところはEVとFCVしか走ることはできない。

EUが2035年に目指しているのはゼロエミッションだ。

だがEUはあと12年でEV、FCVだけのモビリティの実現は難しいという予測から、e-fuelという抜け道をつくったのだが、目指しているのはあくまでもゼロエミッションである。

日本メーカーで明確にゼロエミッションをゴールにしているのはホンダだけだ。2040年にエンジンを搭載したクルマの販売をやめ、EV、FCVだけを販売すると、ホンダは21年4月に宣言した。

イノベーションのジレンマに陥りかねない危うさ

最終ゴールである頂に登るルートはたくさんあって良いのは当然である。

しかし目指す頂が違っていたなら、話は別である。水素やe-fuelを燃やすエンジン車もエンジンを搭載しているHVもゼロエミッションの頂には立てない代物である。

トヨタがマルチパスウェイという一般的には正しいキーワードを使って、多様なパワートレインの開発の正しさをPRしているのは、ひょっとしたらこれから10数年の間も利益を生み出すエンジンやHVを延命させたいという思惑があるからかもしれない。

EV比率が急速に高まり、EV開発のスピードが加速し始めている今、経営資源を多くの分野に分散していくマルチパスウェイ戦略は、市場変化の中で大きな経営リスクを抱え込むことになるだろう。

イノベーションのジレンマ(※)に陥りかねない危うさが膨らみつつある。

※イノベーションのジレンマ:米国の経営学者クレイトン・クリステンセンが提唱した理論。既存の商品が優れた特色を持つ大企業が、破壊的イノベーションが生み出した新市場への参入に出遅れる傾向にあることを示した。

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ライター:

Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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