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M-1「勝てないのになぜ出る?」放送作家・細田哲也氏が炎上 ガクテンソク奥田の反論が突きつけたもの

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細田哲也
細田哲也氏 公式Xより

「決勝に行けないと分かっていて、なぜ出場するのか」。放送作家・細田哲也氏がXに投稿したM-1グランプリへの疑問が、お笑いファンや芸人たちの反発を招いている。これに答えたのが、2024年の「THE SECOND」王者、ガクテンソクの奥田修二だ。奥田は何度も挑戦を重ねた自身の経験を振り返り、M-1があったからこそ今の自分があると語った。ヤーレンズらも大会に出場する芸人の思いを明かし、議論は広がっている。決勝に進めるのは、ほんの一握り。それでも毎年多くの芸人が挑戦を続ける理由は何なのか。

 

細田哲也氏のM-1発言が炎上 予選敗退する芸人に疑問

騒動の発端は11月1日、放送作家・細田哲也氏がXに投稿したM-1グランプリに関する発言だった。細田氏は、毎年2回戦や3回戦で敗退する芸人について、本人たちは本当に決勝進出を目指しているのかと疑問を投げかけた。プロとして活動していれば、自分たちがどの程度の実力なのか把握できるはずだという考えから、決勝や準決勝への進出が難しいと分かっていながら参加する理由を尋ねた。さらに、出場者の実力が拮抗しており、運によって勝ち進める場合もあるのかと問いかけている。

細田氏は、テレビやラジオ番組などの制作に携わってきた放送作家だ。『ナインティナインのオールナイトニッポン』のハガキ職人として知られ、2002年から放送作家として活動している。お笑いの世界と関わってきた人物だからこそ、今回の発言は波紋を広げた。Xでは、芸人の努力を軽視しているのではないかという批判が相次いだ。一方、細田氏の投稿は、勝ち進む見込みが低い芸人の出場目的を尋ねたもので、挑戦すること自体を明確に否定したわけではない。それでも、長年予選に挑み続ける芸人たちの思いとは大きな隔たりがあった。

 

ガクテンソク奥田修二が反論 M-1に挑戦し続けた理由

この投稿に反応したのが、お笑いコンビ「ガクテンソク」の奥田修二だった。奥田は11月2日、自身のXで細田氏の投稿を引用し、初めてM-1に出場した頃の気持ちを振り返った。当初は自分たちなら勝ち進めると思っていたものの、実際に大会へ挑むと、その厳しさを思い知らされたという。奥田はM-1への挑戦を富士登山にたとえ、遠くから見ていたときには簡単に登れると思っても、近づけば山の大きさに圧倒され、登り始めて初めて過酷さを知ると説明した。

それでも奥田は、挑戦をやめなかった。何度も挑むことについて自嘲するように触れながら、「M-1が僕をバカにしてくれて、バカになれたから今がある」と語った。この言葉には、結果を出せなかった時間も芸人としての成長につながっていたという実感が込められている。ガクテンソクはM-1で決勝進出を果たせなかったが、2024年には結成16年以上の漫才師が競う「THE SECOND」で優勝した。M-1への挑戦を重ねた先に、別の大会で日本一の栄冠をつかんだのである。細田氏が疑問を投げかけた「勝てるか分からない挑戦」に、奥田は自身の芸人人生で答えた。

 

ヤーレンズらも反応 M-1は売れるためのチャンス

M-1に出場する理由については、ヤーレンズや元祖いちごちゃんも言及している。11月3日に公開されたラジオで元祖いちごちゃんのハイパーペロちゃんは、自分たちのような芸人が世間に注目してもらうための手段だと説明した。ヤーレンズの出井隼之介も、その考え方に理解を示している。テレビ出演が少なく、知名度も十分ではない芸人にとって、M-1は自分たちの漫才を多くの人に見てもらえる貴重な機会なのだ。

M-1の出場者が全員、同じ目標を持っているとは限らない。優勝を目指すコンビもいれば、まずは3回戦突破や準々決勝進出を目標にするコンビもいる。予選で結果を残せば、劇場での評価や仕事につながる可能性があり、公式YouTubeでネタが公開されれば新たなファンに知ってもらうきっかけにもなる。テレビで放送される決勝だけが、芸人にとってのM-1ではない。まだ名前を知られていない若手が自分たちの実力を試し、観客や業界関係者に存在を示す場にもなっている。だからこそ、決勝進出が難しい芸人にも、挑戦する理由がある。

 

M-1は優勝だけが価値なのか 細田氏の疑問に芸人が示した答え

細田氏の発言が批判を集めた背景には、M-1を結果だけで捉えているように聞こえたことがある。スポーツでも音楽でも、全国大会で優勝できる人は限られている。それでも多くの人が大会に挑戦するのは、自分の実力を試し、上達し、次の機会につなげるためだ。漫才も同じである。毎年予選で敗退していたコンビが翌年には勝ち進むこともあれば、M-1での経験を別の舞台で生かす芸人もいる。何度も挑戦するうちにネタが磨かれ、コンビとしての強みが見つかることもある。

そもそもM-1は、決勝に進出する芸人だけで成立している大会ではない。毎年多くのコンビがエントリーし、予選でしのぎを削るからこそ、決勝に進んだ芸人の実力も際立つ。大会の規模が拡大すれば、その分だけ競争は激しくなる。出場者の大半が敗退する仕組みの中で、勝てなかった芸人の挑戦をどのように評価するか。細田氏の投稿は、その根本的な問題に触れた。奥田の言葉が反響を呼んだのは、成功した結果だけでなく、そこに至るまでの敗北や試行錯誤にも価値があることを、自らの経験を通じて示したからだろう。

 

放送作家と芸人の認識に隔たり 問われる挑戦の価値

今回の議論では、放送作家と芸人という立場の違いも浮かび上がった。番組を制作する側から見れば、芸人の実力や人気、番組で起用する価値を判断する場面は多い。一方、舞台に立つ芸人にとって、賞レースは現在の評価だけでなく、これからの可能性を切り開く場所でもある。細田氏が投げかけた疑問には、プロであれば自分の実力を客観的に判断できるはずだという考えがうかがえる。しかし、実際に挑戦し続けた奥田は、目標の高さや競争の厳しさを知ったうえで、それでも挑むことに意味があったと語った。

M-1で決勝に進めるのは、出場者のごく一部だ。しかし、予選で敗れた芸人の活動が、そこで終わるわけではない。敗退をきっかけにネタを見直し、コンビの方向性を考え、新しい舞台に挑む。そうした積み重ねの先に、ガクテンソクのような成功例も生まれている。細田氏の問いかけをきっかけに、芸人たちが語ったのは、勝敗だけでは測れないM-1の価値だった。優勝者を決める大会でありながら、数多くの敗者の挑戦が次の漫才を育てている。その現実を、決勝の華やかな舞台だけを見ている人ほど見落としやすいのかもしれない。

 

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ライター:

Webライター。きれいごとだけでは済まない現実を、少し距離を置いて綴っています。

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