
企業の懇親会で寿司を振る舞う。だが、miuchi株式会社が届けたいのは食事だけではない。代表の実家で育てた米を使い、参加者全員で長い巻き寿司をつくる企画などを通じて、社員同士が接点を持つ場を生み出そうとしている。背景にあるのは、代表の菊池美言氏が会社員時代に経験した組織の拡大と、週末の寿司パーティーで実感した「食卓の力」だ。企業のチームづくりから、学生とともに取り組んだベトナムでの寿司提供まで。その歩みを追った。
一緒につくって、一緒に食べる。寿司を囲む社内イベント
長い巻き寿司を参加者全員でつくる。miuchi株式会社が企業向けに企画する催しには、寿司を食べるだけでは終わらないものがある。参加者自身が手を動かし、一本の長い巻き寿司を一緒につくり上げる企画だ。
miuchiが手がけるのは、企業の懇親会や社内イベントに向けた出張寿司・ケータリングのほか、イベントスペースやシェアオフィスの運営だ。なかでも出張寿司は、人が集まる場でどのような関係を育むかに重きを置いている。依頼するのは、チームの一体感をつくりたい人事・総務担当者や、社内の会を任された幹事など。食事を用意することに加え、その場にいる人同士が接点を持てるような体験を届けようとしている。
こだわりを象徴するのが「同じ釜の飯」という言葉だ。寿司のシャリには代表取締役の菊池美言氏の実家の田んぼで育った米を使用。会が始まる前には、必ず参加者にこう伝える。
「同じ釜の飯で作ったお寿司を食べた皆さんは、もう身内です」
同じ米でつくった寿司を囲むこと自体を、集まった人たちが距離を縮めるきっかけにしたいという思いがある。初対面の人が自然に名刺を交わし、笑い合うところまでが自分たちの仕事だと考えるmiuchiにとって、料理の提供はイベントの終わりではない。全員で一本の長い巻き寿司をつくる企画には、大手企業から継続して依頼が寄せられている。
「食卓の力」を仕事にした、会社員時代の経験
菊池氏が人と人との関係に目を向けるようになった背景には、前職の株式会社LIFULLで過ごした8年半がある。在籍していた間に、300人ほどだった組織は1,000人規模に成長した。菊池氏は営業や新規事業開発に携わる一方、全社総会や懇親会、社員旅行の企画と進行を毎年担当していた。
組織が大きくなる過程で、日常の業務とは別に社員が顔を合わせる場をつくり続けた経験だった。miuchiがいま向き合うのも、同じ会社に所属していても隣の部署の人の顔を知らないといった、職場のつながりの問題だ。リモートワークや転職が一般的になるなか、チームが立ち上がるまでに時間がかかることを課題と捉えている。
その一方、菊池氏は会社でのイベント運営と並行し、週末にはレンタルキッチンスペースを借りて数十人規模の寿司パーティーを開いていた。寿司を一緒に食べた相手とは、その後の関係が変わっていく。そうした体験を何度も重ねたことが、食事の持つ可能性を仕事にしたいと考える出発点となった。
営業や新規事業開発、社内イベントの企画、週末の寿司パーティー。別々の場で積み重ねてきた経験は、現在の事業で一つにつながっている。社内イベントを運営する立場の事情を知り、参加者として食卓を囲むことで生まれる変化も自身で経験してきた。食べ物を届けるだけではなく、集まる人々の関係まで視野に入れる現在の取り組みには、こうした背景がある。
人事担当者が見た「隣を見ながら握る」光景
寿司を一緒につくることに、どのような意味があるのか。実際にmiuchiの寿司握りイベントに参加した大手企業の人事職の人からは、「皆が隣を見ながら握る姿が印象的だった」という感想が寄せられた。
参加者が互いの手元を見ながら取り組んでいたことが、人事担当者の記憶に残った。料理を食べる時間だけでなく、つくる過程にも、人が向き合う機会がある。miuchiが「一緒につくる」ことにこだわる理由が、その感想からも伝わってくる。
同じ参加者は「日本文化と体験価値の掛け合わせは世界を虜にできる。とことん突き進んでほしい」とも言葉を寄せた。寿司を食べるだけではなく、自分で握る体験にも価値がある。miuchiはこの言葉を、寿司を「食べるもの」から「人をつなぐもの」として受け取ってもらえた手応えとして大切にしている。
ハノイのカウンターに立った学生たち

寿司を通じた人のつながりを、菊池氏は日本の企業イベント以外の場でも確かめてきた。舞台となったのは、ベトナム・ハノイにある日本料理居酒屋「縁」。菊池氏が講師を務める大妻女子大学の寿司講座から選ばれた学生2人とともに現地へ渡り、寿司のおまかせコースを提供した。
訪問したのは2025年と2026年の2回。それぞれ2日間、計4日間にわたりコースを提供し、miuchiによれば、4日とも店舗の過去最高売上を記録したという。学生たちは実際にカウンターに立って寿司を握り、現地の客に向けて2日間のコースを最後まで提供した。
菊池氏にとって、とりわけ印象に残ったのは、その学生たちの姿だった。大学で学んだことを、海外の飲食店で実際の客に届ける。講座の中だけで完結しない経験を、学生たちは現地で積んだ。菊池氏は、その様子を最も近くで見られたことを、何よりの財産と捉えている。
現地の店からは翌年も声がかかっているという。企業の懇親会とは場面も参加者も異なるが、共通しているのは、寿司を人が関わるきっかけにしていることだ。ハノイでの経験を経て、菊池氏は寿司が国や言葉の違いを越えて人をつなげられると実感した。国内のチームづくりから、若い世代が海外で日本の食文化を伝える活動へと、取り組みの場が広がっている。
「人類みなみうち」に込めた、これからの目標
「miuchi」という社名には、「感謝で人類はつながっている=人類みなみうち」という思いを込めた。開宴前に参加者へ伝える「もう身内です」という言葉も、同じ考え方から生まれている。職場の部署や役職、あるいは国籍が異なっていても、共に食卓を囲む時間を持つ。そんな機会を増やすことが、事業の目指す方向だ。
5年後の目標は、「同じ釜の飯を食べる」ことが、チームの立ち上げや組織づくりの当たり前の手段として、多くの企業に選ばれている状態をつくること。会議室で自己紹介をするだけでなく、一緒につくって、一緒に食べる。菊池氏は、そのほうが早く打ち解けられるという感覚を広めていきたいと考えている。
さらに10年後には、取り組みを海外にも広げる構想を描く。ハノイで寿司を握った学生たちとの経験を土台に、若い世代とともに日本の食卓の文化を世界に届けたいという。miuchiがこれから増やそうとしているのは、寿司を口にする人の数だけではない。職場で新しい仲間を迎えるときも、国を越えて誰かと出会うときも、一緒につくり、食べることで生まれる「身内」のつながりだ。




