
「その人が倒れたら、そのモノはこの世から消える」。
大げさな話に聞こえるが、日本のものづくりでは、そんな状況が現実になりつつある。
9月9日放送のTBS系『水曜日のダウンタウン』では、「1人のジジイが倒れたら即消滅しちゃうモノ、結構ある説」を放送した。最近見なくなった「絶滅危惧アイテム」を調べ、作れる職人が残り1人になっているモノや業界を探す企画だ。いかにも同番組らしい刺激的なタイトルだが、その奥にあるのは高齢化だけではない。
仕事が減り、若い人が入らず、採算も取れない。なぜ日本の技術は「最後の1人」になるまで追い込まれているのか。
「最後の1人」は突然生まれない 仕事が減った先にあるもの
職人が残り1人になるのは、ある日突然起きることではない。文化庁も、伝統工芸や文化財修理に関わる分野で、生活様式の変化や少子高齢化を背景に、後継者不足が深刻になっていると指摘している。かつて日常的に使われていた道具でも、暮らし方が変われば需要は減る。大量生産品や海外製品に置き換われば、注文もさらに少なくなる。
仕事が減れば、若い人が入りにくくなる。長い修業が必要なのに、将来十分な収入を得られる保証がなければ、職業として選びにくい。師匠は高齢になり、弟子は来ず、それでも残った注文を一人でこなす。そうした状態が続いた結果、「作れるのはこの人だけ」というところまで行き着く。
「最後の職人」は、高齢化だけではなく、市場が縮み続けた結果でもある。
後継者を見つけても終わらない 問題は「継いだ後に食べていけるか」
職人不足と聞くと、「若い後継者を育てればいい」と考えたくなる。だが、技術を受け継ぐ人が見つかっただけでは解決しない。文化庁は、文化財修理に必要な用具や原材料について、生産者や製作者の減少に加え、時間や手間がかかる割に市場が小さく、採算を取りにくいことも課題として挙げている。
つまり重要なのは、技術を教える人がいるかどうかだけではない。継いだ人に十分な仕事があるか。その仕事で生活できるか。
年間に数件しか注文がなければ、弟子を育てても職業としては続かない。技術を残すには、後継者育成と同時に、需要をどうつくるのか、価格をどう見直すのか、別の商品や海外市場へ応用できないかまで考える必要がある。
職人だけではない 中小企業にも広がる「継ぐ人がいない」問題
この問題は伝統工芸に限らない。中小企業庁も、経営者の高齢化を背景に、事業承継を重要課題として支援を続けている。2025年版小規模企業白書では、後継者不在率は改善傾向にある一方、経営者の高齢化は続いており、60歳以上の経営者が過半数を占める。個人企業では、自分の代で事業を終える意向を持つ経営者も少なくない。
会社がなくなるとき、消えるのは法人名だけではない。工場にしか残っていない加工方法、熟練者だけが判断できる微調整、特殊な部品をつくる技術、長年積み上げた仕入れ先との関係まで失われる。
その技術が必要だったと気付くのは、なくなった後かもしれない。一社の廃業で部品が調達できなくなり、別の企業の生産にまで影響が及ぶ可能性もある。
「売れないなら消えても仕方ない」で済まない技術
さらに難しいのは、残す必要がある技術が必ずしも大量に売れるとは限らないことだ。文化財修理に使う道具や原材料はその典型で、文化庁は「多種、高品質、少量、特殊」なものが求められる分野だとしている。必要な量は少ないが、代用品では対応できない。そのため一般市場だけで採算を取るのが難しい。
経済合理性だけで考えれば、「売れないならなくなっても仕方ない」となる。しかし、その道具がなくなれば、文化財の修理そのものができなくなる場合がある。
市場は小さくても、社会にとって必要な技術がある。だからこそ行政による研修や生産支援も行われているが、職人が最後の1人になるまで追い込まれてからでは、継承に間に合わない可能性がある。熟練した手仕事は、マニュアルを渡せばすぐ再現できるものではない。
水ダウが笑いにした「最後の1人」から見える日本の弱点
『水曜日のダウンタウン』は、「1人のジジイが倒れたら」という強烈な言葉で、この問題をバラエティーにした。ただ、企画の面白さは言葉の乱暴さだけではない。「後継者不足」「事業承継」「伝統技術の保存」といった堅い問題を、「この人がいなくなったら本当に終わるのか」という誰にでも分かる問いに変えたことにある。
本当に考えるべきなのは、最後の1人を見つけることではない。なぜそこまで仕事が減り、継ぐ人が現れず、技術を支える仕組みをつくれなかったのか。
職人、町工場、特殊な原材料の生産者、専用工具をつくる企業。日本のものづくりには、表からは見えにくい「最後の担い手」がまだ存在している。
番組が笑いながら探した絶滅危惧アイテムの向こうには、技術が消える寸前まで気付きにくい、日本のものづくりの弱点が見えている。



