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佐野航大がPSV移籍! W杯落選の22歳を30億円級で獲った理由

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5月、W杯日本代表26人の中に佐野航大の名前はなかった。ところが、その85日後、22歳が手にしたのはオランダ3連覇中のPSVとの5年契約だった。移籍金は最大約30億6000万円。なぜ欧州の名門は、W杯に届かなかった若手MFをこれほど高く評価したのか。

W杯に選ばれなかった22歳 85日後に待っていたPSV

 

2026年5月15日、日本サッカー協会がFIFAワールドカップ2026の日本代表26人を発表した。森保一監督が選んだメンバーに、NECナイメヘンでプレーする佐野航大の名前はなかった。FIFAも当時、佐野をメンバー外となった選手の一人として伝えている。22歳にとって、世界最大の舞台を逃した瞬間だった。

ところが、そこからわずか85日。8月8日、オランダ1部PSVアイントホーフェンが、NECから佐野を完全移籍で獲得すると発表した。契約は2031年までの5年間。背番号は「24」に決まった。PSVは2025-26シーズン、クラブ史上27度目となる国内リーグ優勝を果たし、3連覇を達成している。

日刊スポーツによると、オランダ紙・テレフラーフは移籍金を1500万ユーロと報道。さらに200万ユーロのボーナスが加われば、最大1700万ユーロ、日本円で約30億6000万円になるという。NECにとってクラブ史上最高額になるとされている。W杯には行けなかった、それなのに、その約3カ月後にはオランダ王者から5年契約を提示されている。この落差が、今回の移籍で最も気になるところだ。

「代表落選」と「30億円級」の間に何があったのか

佐野の昨季の数字を見ると、PSVが目をつけた理由の一端が見えてくる。2025-26シーズン、佐野はエールディビジ全34試合にフル出場。出場時間は3060分で、3得点7アシストを記録した。NECはリーグ3位となり、カップ戦でも決勝に進出。佐野はチームの中心選手としてシーズンを戦った。

ゴールだけを見れば、30億円という数字に驚く人もいるだろう。だが、PSVが評価したのは得点数だけではない。PSV側は佐野について、高いダイナミズムとインテンシティ、つまり中盤で動き続けながら攻守に強度を出せる能力を評価。さらに、プレッシャーがかかる状況でも責任を引き受けてプレーできるメンタリティにも注目している。22歳という年齢を踏まえた成長の可能性も評価材料になった。PSVのアーネスト・スチュワートFDも、佐野について大きな成長の可能性を秘めた選手として期待を寄せている。つまり、PSVが評価したのは、すでに結果を残している22歳であると同時に、これからさらに伸びる可能性を持つ22歳だった。日本代表の選考で問われるのは、W杯という大会で今すぐ必要な26人を誰にするかという問題だ。一方、クラブの移籍市場では、その選手が数年後にどこまで伸びるかも評価の対象になる。

もちろん、佐野の代表落選とPSV移籍を直接結びつけることはできない。ただ、今回の移籍から見えてくるのは、日本代表に選ばれなかったことと、欧州クラブからの評価が低いことは、必ずしも同じではなかったということだ。

実は突然のPSVではない アヤックスも狙っていた

しかも、今回の移籍は8月8日に突然浮上した話ではない。6月にはすでにオランダ紙・TelegraafがPSVの関心を報じ、7月末には交渉が難航しているとも伝えられていた。8月4日には、PSVとNECが移籍について口頭合意したとの報道が流れ、正式発表を待つ段階に入っていた。今回の移籍を追うと、W杯落選後に急に評価されたというわけでもない。佐野は今年冬の段階ですでに、オランダ国内外の複数クラブから注目されていた。特にアヤックスは佐野の獲得を目指し、NECに複数回オファーを出していた。スポニチがオランダ紙・テレグラーフの報道として伝えたところによると、アヤックスの1度目のオファーは移籍金1000万ユーロに加え、NECに期限付き移籍していたDFカプランの保有権、500万ユーロ相当を提示するものだった。

NECはこれを拒否。アヤックスは2度目のオファーで移籍金を1250万ユーロまで引き上げたが、これも拒否された。NEC側は2000万ユーロを求めていたという。つまり、佐野は今回いきなり市場に登場した選手ではない。今年1月には、PSVやフェイエノールト、アヤックス、ドイツ1部マインツなどから関心を寄せられていると報じられ、7月にもPSVの関心が伝えられていた。W杯のメンバー表に名前がなかった一方で、欧州の移籍市場ではすでに名前が動いていた。そして最終的に、佐野が選んだステップアップ先がPSVだった。

 

3月にはPSVを倒した 5カ月後、今度はそのユニホームを着る

今回の移籍には、もう一つ面白い因縁がある。2026年3月14日、NECは敵地フィリップス・スタディオンでPSVを3-2で破った。この試合で佐野は先発し、フル出場。前半38分には自陣からの浮き球のパスでブライアン・リンセンの追加点をアシストし、NECの勝利に貢献した。PSVの公式記録にも佐野の先発と79分の警告が残っている。当時、PSVはリーグ首位を独走していた。対するNECは3位。その首位クラブを、佐野のアシストを含むNECの攻撃で3-2と破った。それから約5カ月。今度は、そのPSVが佐野を獲得した。もちろん、この一試合だけで移籍が決まったわけではない。佐野はNECで3シーズンを過ごし、昨季はリーグ戦34試合すべてにフル出場している。それでも、かつて敵として対峙したクラブのピッチに、今度は自分がそのクラブの選手として立つことになる。3月には倒す側だった。8月には、倒した相手のユニホームを着る。この立場の逆転は、佐野のここ数年を象徴する出来事にも見える。

PSVが見ているのは「今」より、その先なのか

PSVが佐野に用意したのは、短期間の様子見ではない。2031年までの5年間だ。クラブ側が評価したのは、運動量や強度だけではない。プレッシャーの中でも責任を負える姿勢と、22歳という年齢からくる成長余地。PSVは、現在の佐野の実績だけでなく、これからの伸びしろにも価値を見いだしたとみることができる。本人も今回の移籍について、「私のキャリアにおいて理想的な次のステップ」とコメントしている。そして新天地には、佐野にとって少し意外な日本との接点もある。PSVを率いるピーター・ボス監督は、かつてジェフユナイテッド市原、現在のジェフユナイテッド千葉でMFとしてプレーした経験を持つ。1996~97年と1999年に在籍し、J1リーグ戦で通算47試合3得点を記録した。佐野はボス監督について「人柄、プレースタイルにも魅力を感じている」としたうえで、「ジェフユナイテッドでの経験から、少し日本語も話せるんです」と明かしている。22歳で飛び込む欧州の名門に、かつて日本でプレーした監督がいる。その偶然も、佐野にとっては小さくない。

兄・佐野海舟はW杯へ 弟は別の道からオランダ王者へ

佐野航大の現在地を考えると、兄・佐野海舟との対比も興味深い。兄はドイツ1部マインツでプレーし、2026年W杯の日本代表メンバーに選出された。一方、弟の航大は26人の枠から外れた。日本代表のW杯メンバーは5月15日に正式発表されており、佐野航大は選外となっている。兄はW杯へ、弟はW杯に届かなかった。ところが、大会を終えた後に弟が手にしたのは、オランダ王者PSVとの5年契約だった。代表落選とPSV移籍を直接結びつけることはできない。むしろ今回見えてくるのは、日本代表の選考とは別の場所で、佐野航大の評価が積み上がっていたということだ。34試合3060分、3得点7アシスト、リーグ3位、カップ戦決勝。複数クラブからの関心、そして最大30億円級の移籍。5月15日にW杯メンバーの発表を聞いたとき、佐野航大の名前を探していた人にとっては、少し意外な夏になったかもしれない。W杯のピッチには立てなかった22歳が、今度はオランダ王者のピッチに立つ。3月には倒した相手だった。8月には、その相手の一員になった。W杯に選ばれなかったが、佐野航大のキャリアまで止まったわけではなかった。PSVが見ているのは、5月の代表選考表ではなくその先にある、22歳の可能性なのだろう。5年後、この契約が「30億円級の大抜擢」と呼ばれるのか。それとも、PSVにとって安い買い物だったと振り返られるのか。その答えは、これから始まる。

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ライター:

2人育児8年目ママ。健康を意識した丁寧な暮らしを大切にしています。好きなテレビ番組は『クレイジージャーニー』。日々のリアルな視点から、役立つ情報を発信したいです。

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