
高額な検査機器を、地方の一クリニックが単独で持つのは難しい。それでも患者にとって、身近に検査を受けられる場所があるかどうかは、病気の早期発見を大きく左右する。岩手県北上市のきたかみ腎クリニックは、自院に導入したCTを地域の医療機関に開こうとしている。
ただそれは、善意で貸し出すという話ではない。関わるクリニックがそれぞれ利を得られるよう、仕組みそのものを組み替えるという試みである。
CTは、一院で抱えるには重すぎる
医療機器には、値段がついている。当たり前のことだが、この当たり前が地域医療の形を大きく左右している。
CTやMRIといった画像診断の装置は、購入に多額の費用がかかる。それだけではない。撮影を担う放射線技師を雇い、機器を置くための空間を確保し、保守にも費用が要る。導入した以上は、それに見合うだけの検査件数を積まなければ、投資は回収できない。地方の小さなクリニックにとって、これは相当な賭けである。
結果として、多くのクリニックは高額な機器を持たない。持たなければ、原因のはっきりしない不調を訴える患者が来ても、その場で詳しく調べる手立てがない。腹痛の原因が分からないとき、患者は改めて高度医療機関へ足を運ばなければならない。予約を取り、日を改め、また出向く。その手間を思って受診をためらううちに、見つかるはずのものが見つからないまま時間が過ぎていく。
きたかみ腎クリニックの榎本純也院長が引き継いだとき、このクリニックにも古いCTが一台あった。かなり以前の機種で、ほとんど使われないままになっていた。やがて故障し、動かなくなる。
榎本院長は、買い替えを選んだ。2026年2月、16列マルチスライスCTが稼働を始める。撮影にかかる時間は短くなり、画像は鮮明になった。
榎本院長
「クリニックというと、血圧のお薬を処方して、また次回というイメージを持たれる方も多いと思います。もちろん、そうした日常診療は非常に大切です。ただ、その質の違いは患者さんからは見えにくく、特色や優劣などはて伝わりにくい面があります。だからこそ当院では、ほかの医療機関で『原因が分からない』『なかなか診断がつかない』といった患者さんを積極的に受け入れ、診断や治療の糸口を見つけることに力を入れたいと考えています」
原因不明の不調を引き受けると決めれば、検査の出番は増える。同院のCTは、月におよそ100件が稼働している。クリニックの規模としては、決して少ない数字ではない。
そして、検査を重ねれば見つかるものがある。腹痛を訴えて来院した患者のCT画像から、思いがけない病変が見つかることもある。腎臓のクリニックでありながら、大腸のがんや卵巣のがんを見つけて中核病院へ送るという場面が、この2年のあいだに何度も起きてきた。検査が身近にできるかどうかは、患者にとって決して小さな違いではない。
だが、ここで一つの問いが残る。同院がCTを持てたのは、榎本院長が投資に踏み切ったからだ。では、その投資に踏み切れない周囲のクリニックは、原因のわからない不調を抱えた患者を前に、どうすればいいのか。
紹介では、連携は広がらない
答えは、すでに一部で動き始めている。現在は4つのクリニックが、CTによる検査の必要な患者を同院へ紹介している。
同院に検査の依頼が集まり、患者は身近な場所で必要な検査を受けられる。地域の医療機関どうしが助け合う、望ましい姿のように見える。
ところが榎本院長は、この状況を手放しでは喜んでいない。

「患者さんを送っていただくのはありがたいことです。ただ、紹介するクリニックの側には収益が残りません。それでは、積極的に活用しようという動機が働かないのではないかと考えています」
紹介という形をとると、検査にともなう収益は、検査を実施した医療機関に入る。送り出した側には、何も残らない。患者のためを思って送っているのだから、それでいいではないか、という考え方もあるだろう。実際、多くの医療連携はそうした善意によって成り立っている。
だが、善意で回る仕組みは、そこから先へ広がらない。
送るほど自院の収益が減るなら、積極的に送る理由は生まれない。目の前の患者のために送るという判断は、その医師の良心に委ねられる。良心のある医師は送り続けるだろうし、そうでなければ送らない。連携の密度は、個々の医師の善意の量に比例することになる。地域全体で見れば、それは極めて心もとない土台である。
問題は収益だけではない。榎本院長は、責任の所在にも引っかかりを覚えていた。
紹介を受ければ、その患者の診療の責任は、受け取った側へ移る。きたかみ腎クリニックが検査を行い、結果を判断し、必要な対応を決める。だが、その患者を長く診てきたのは、送り出したクリニックのほうである。日頃の様子を知り、過去の経緯を把握しているのは、元のかかりつけ医だ。検査のために患者を手放した瞬間、その蓄積が診療から切り離されてしまう。
送り元には収益も責任も残らず、受け手にはその両方が集まる。この構造では、連携は増えるほど歪んでいく。榎本院長が組み替えようとしたのは、まさにこの部分だった。
取り分を減らして、仕組みに変える
榎本院長が着目したのは、画診共同という制度である。
画像診断の設備を、複数の医療機関で共同利用する枠組みを指す。近隣のクリニックが、きたかみ腎クリニックのCTを、いわば自院の設備の一部として扱う。患者を紹介するのではなく、自院の検査として撮影をオーダーする。そして検査にともなう収益は、実施した同院と、オーダーした側のクリニックとで分け合う。
紹介との違いは、患者がどこの診療として扱われるかにある。紹介では、患者は一度きたかみ腎クリニックの患者になる。画診共同では、患者は元のクリニックの患者のまま、必要な検査だけを同院の設備で受ける。
この違いが、二つの問題を同時に解く。
まず、オーダーした側に収益が残る。CTを活用するほど、そのクリニックの診療としての対価が生まれる。善意に頼らずとも、活用する理由が仕組みのなかに埋め込まれる。
そして、責任が元のクリニックに残る。患者を長く診てきた医師が、検査の結果を受け止め、次の判断を下す。かかりつけ医としての蓄積が、診療から切り離されない。
各クリニックにとっての利点は、それだけではない。CTを購入するという投資も、放射線技師を雇用するという負担も、負う必要がない。機器を持たないまま、患者に高度な検査を届けられる。
2026年6月から、この仕組みが動き始めた。近隣の診療所がクラウド上で同院のCTの予約状況を確認し、そのまま検査の予約を入れられる。患者の個人情報は見えないように設計されている。予約から患者への案内までの流れを整えただけの、単純な仕組みである。
「短期的にうちのクリニックの収益が減ってでも、各クリニックにインセンティブが働いて、よりよく活用してもらえるほうが、地域にとってはプラスになると考えています。地域全体で一つの総合診療科、総合病院をつくるようなイメージです」
自院の取り分を、あえて減らす。経営者としては、不合理にも見える判断だ。だが榎本院長には、その先が見えている。
紹介という形では、検査が増えるほど、読影や診断の責任はきたかみ腎クリニックへ集まっていく。一人の医師が抱え込む構造では、地域全体の診療力は育たない。画診共同であれば、画像を依頼したクリニックの医師も、自ら結果を見て判断し、その経験を積み重ねていくことができる。
診療の力を一人に集中させるのではなく、地域全体で育てていく。そのためには、参加するクリニックにも利点があり、使い続けたいと思える仕組みでなければならない。短期的には、自院の取り分は減る。しかし、利用する医療機関が増え、仕組みそのものが定着すれば、結果として検査件数も増え、自院にとっても持続的な利益につながっていく。
目先の収益を最大化するよりも、長く続くかたちをつくる。そのかたちができて初めて、この仕組みは他の地域へも応用できる。
榎本院長は、以前身を置いたベンチャーの世界で、こんな言葉を交わしていたという。最も得をするのは、惜しみなく与える人である。そして、最も損をするのも、また与える人だ。それでも与える側でありたい、と同氏は言う。
ただし、その与え方は、無償の献身とは違う。与えることが、与えた側にも返ってくるように仕組みを組む。善意を、善意のままで終わらせない。
地方には、機器も、医師も、技師も足りない。足りないものを誰かの献身で埋めようとすれば、その人が力尽きた時点で終わる。だが、関わる全員に利のある形に組み替えられれば、仕組みは自ら回り、隣の地域へも渡っていく。きたかみ腎クリニックの一台のCTが試しているのは、地方医療を支えるものが何であるべきかという、その問いへの一つの答えである。
救急医療の現場から医療ITのベンチャーへ、そして医療法人の経営を経て岩手のクリニック承継へ。医師・経営者・エンジニアという三つの顔を持つに至った榎本純也院長の歩みや、書類作成や検査データの確認を仕組みに委ねる日々の実装、2027年春に予定する2院目の構想については、医療系メディア『ウィズマインド』の特集記事をご覧ください。
特集記事『医療・経営・テクノロジーを横断して。地域で支え合う医療を描く、きたかみ腎クリニック』
※ウィズマインドは、あなたの悩みに寄り添った美容クリニック・医療機関を発見するために、医師・スタッフの「想い」をお届けするメディアです。
【クリニック情報】
きたかみ腎クリニック
院長・理事長:榎本 純也(えのもと じゅんや)
所在地:〒024-0083 岩手県北上市柳原町4丁目15-9
URL:https://www.kitakami-jin.jp/
2024年2月、親族外承継により現院長が就任。腎臓内科・泌尿器科を軸に、透析医療、生活習慣病や一般内科の診療、通院が難しい方への訪問診療までを担う。2026年2月に16列マルチスライスCTを導入し、原因のはっきりしない不調の検査を積極的に引き受けている。同年6月からは、近隣の医療機関がクラウド上で予約し、自院の検査としてCTを活用できる「画診共同」の仕組みを稼働。院内のシステムやホームページも院長自身が構築し、テクノロジーを基盤とした診療体制づくりを進めている。2027年春には北上市駅前に2院目を開設予定。



