
雨の中、男は城を捨てた。妻も、家臣も、そこに残された命も置き去りにして、自分だけが生き延びる道を選んだ。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』でトータス松本が演じた荒木村重の逃亡劇に、朝ドラ『おちょやん』のテルヲを思い出す声が相次いでいる。怒りを買ったのは、ただ卑怯だったからではない。あの情けなさが、あまりに人間臭かったからだ。
『豊臣兄弟!』荒木村重の逃亡が残した後味の悪さ
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で描かれた荒木村重の逃亡は、画面の空気を一気に冷え込ませた。荒木村重は、戦国時代に摂津を拠点とした武将で、織田信長に仕えながら、のちに反旗を翻した人物である。信長に重用された男が、なぜ城を捨て、妻や家臣を残して逃げるところまで追い詰められたのか。ドラマでは、その転落を美談にせず、恐怖に足を取られた人間の醜さとして描いた。
有岡城に籠もる村重は、しばらく城を持ちこたえていた。ところが、兵糧の流れを突き止められ、補給路を断ったことで、城内の空気は目に見えて変わっていく。食糧が尽きていく不安、信長の怒り、家臣たちの視線。追い詰められた村重は、幽閉している黒田官兵衛に知恵を求めるが、官兵衛は答えない。妻のだしは、家臣を救うためにも信長に謝罪すべきだと説く。そこで村重は、万が一のことがあれば命に代えても守ると口にする。夫として、城主として、最後だけは踏みとどまるのかと見えた。
だが、その言葉は翌朝には破られる。村重は、毛利のもとへ援軍を求めに行くという書き置きを残し、妻も家臣も城に置いたまま逃げ出した。残された者たちがどうなるか、想像できなかったはずがない。それでも逃げた。雨に打たれながら死にたくないと叫ぶ姿は、戦国武将の勇ましさとは遠く離れていた。そこにあったのは、責任よりも自分の命を選んだ男の、剥き出しの本音だった。
妻・だしを踏みにじった村重の「最低さ」
荒木村重がここまで嫌われたのは、城を逃げ出したからだけではない。逃げる前に、妻を守ると言ったからだ。だしは、ただ夫のそばで泣いているだけの人物ではない。城の行く末を見て、家臣の命を思い、村重に現実を突きつけようとする。だからこそ、村重の裏切りは重い。妻を置いていっただけではなく、妻が最後に信じようとした言葉まで踏みにじった。
しかも、その逃亡は村重ひとりの臆病さで済む話ではなかった。城に残された家臣、だし、近親者たちは、村重が背負うべき恐怖の後始末をさせられる。視聴者が強く反応したのは、ここだろう。村重は最初から冷え切った悪人として描かれていない。妻をまったく愛していない男でも、家臣を最初から捨て駒として見ている男でもない。守りたい気持ちは、おそらくあった。けれど、その気持ちは自分の命が危うくなった瞬間、あっけなく崩れた。
この中途半端な人間臭さが、かえって腹立たしい。冷酷な悪役なら、視聴者は距離を置ける。だが村重のように、優しい言葉を口にしながら肝心な場面で逃げる男は、戦国の画面の向こう側だけにいる存在ではない。責任を取るべき場面で姿を消す人や、謝るふりをしながら、結局は自分だけを守る人。きれいな言葉を置き土産にして、残された側に苦しみを押しつける人。だから村重の逃亡は、古い時代の出来事でありながら、いまの視聴者の胸にも嫌な形で刺さった。
トータス松本はなぜ「テルヲ以下」と言われたのか
ネットで多く見られたのが、朝ドラ『おちょやん』のテルヲを思い出す声だった。トータス松本は同作で、ヒロインを振り回す父・テルヲを演じた。金にだらしなく、娘に甘え、傷つけ、それでもどこか憎み切れない弱さをまとった男だった。当時、テルヲは朝ドラ史上最低の父とも言われ、視聴者の怒りを一身に浴びた。
今回の荒木村重にも、その匂いがある。立派な男として見せようとしない。悪役として格好よく決めるわけでもない。情けなさやみっともなさを隠さず、むしろそこをさらけ出してくる。そして声が揺れ、目が泳ぎ、体から力が抜けていく。恐怖に追い詰められた男が、自分の卑怯さに気づきながら、それでも逃げるのだ。その惨めさを、トータス松本は真正面から演じていた。
だから視聴者は腹を立てる。ただ、腹が立つだけなら、ここまで話題にはならない。腹立たしいのに目が離せないうえ、最低なのに印象に残る。そこに、トータス松本という俳優の強さがある。『豊臣兄弟!』と『おちょやん』はいずれも八津弘幸氏が脚本を手がけており、ネットでは同じ脚本家による“最低男”の再来として受け止める声もあった。視聴者がざわついたのは、単なる偶然の配役ではなく、記憶の中のテルヲと目の前の村重が嫌な形で重なったからだ。
八津弘幸脚本が描く「弱さで人を壊す男」
八津弘幸氏の描くどうしようもない男は、単純な悪人では終わらない。言い訳を口にし、泣いてすがる。自分のひどさに気づいているような顔もする。けれど、最後には自分を守る方へ転がっていく。その弱さが、周囲の人間を傷つける。
テルヲと村重は、まったく同じ人物ではない。だが、どちらにも共通しているのは、自分の弱さで他人の人生を壊してしまう男だという点だ。冷血さより、弱さの方が残酷になることがある。ひどいことをしている自覚が少しあるぶん、なおさら始末が悪い。『豊臣兄弟!』の村重は、その厄介さをかなり苦い形で見せた。
さらに今回は、『おちょやん』でテルヲの息子・ヨシヲを演じた倉悠貴が、黒田官兵衛役で登場している。村重に幽閉される官兵衛を倉が演じることで、朝ドラを見ていた視聴者には奇妙な因縁も重なった。作品は別物でも、俳優の記憶は視聴者の中に残っている。その記憶が、今回の反響をさらに大きくしたといえる。
史実の荒木村重は、本当に「逃げただけの男」だったのか
ドラマの村重は、妻や家臣を置き去りにした最低男として強烈に描かれた。ただ、史実の荒木村重をその一言だけで片づけるのは少し乱暴でもある。村重は信長に仕え、摂津で力を持った武将だった。信長に反旗を翻して有岡城に籠城し、その後、城を脱出して尼崎城へ移ったとされる。結果として有岡城は落城し、一族や家臣が処刑されたため、後世には裏切りや逃亡の印象が強く残った。
それでも、彼の行動には解釈の余地がある。尼崎城で戦況の打開を図ったと見ることもできるし、信長の苛烈さを前に追い詰められた武将の判断だったと見ることもできる。だが、ドラマはそこを過度に弁護しなかった。逃げた理由よりも、残された者の怒りと痛みを前に出した。だから視聴者は、村重の事情ではなく、だしの叫びを聞くことになる。この描き方はかなり残酷だが、ドラマとしては効いている。人は逃げた側の事情より、置き去りにされた側の痛みに反応する。どれだけ理由があっても、城に残された人々の運命は変わらない。村重が命を惜しんだ瞬間、その代償を払わされたのは、彼ではなく妻や家臣たちだった。
トータス松本の荒木村重は、大河に残る嫌われ役になった
「テルヲ以下」という言葉は強い。だが、その強さはトータス松本の演技が視聴者の感情を動かした証でもある。好感度を上げる役ではない。むしろ、嫌われるために画面に立つ役だ。しかも、ただ憎まれるだけではなく、情けなさや弱さまで見せなければならない。
荒木村重の逃亡劇は、『豊臣兄弟!』の中でも強烈な後味を残した。信長の恐怖、官兵衛の沈黙、だしの怒り、秀長の驚き。そのすべてが、村重の逃亡によって悲劇へ流れ込んでいく。トータス松本は、またしても損な役を引き受けた。けれど、その損な役をここまで記憶に残る人物にした時点で、俳優としては勝っている。
妻を守ると言いながら、最後は妻を置いて逃げた男。家臣を抱える城主でありながら、城に残る者たちの運命から目をそらした男。村重の叫びは、命を惜しむ人間の本音だったのかもしれない。だが、その本音で踏みつぶされた命がある。そこを忘れた瞬間、この男の情けなさは、ただの武将ドラマの見せ場にすり替わってしまう。



