株式会社ProsWorkで新規事業開発部長を務め、同時にFUN SMILE株式会社の代表取締役として自らの事業も牽引する和田淳之介。かつては大企業で華々しいキャリアを築いていた彼だが、2019年、突如としてくも膜下出血に倒れ、2カ月間も意識を失うという壮絶な経験をした。歩くこと、話すこと、そして家族など、多くのものを一度は失った彼を再び奮い立たせたのは、名もなきストリートミュージシャンの姿と、「人は笑っているから幸せなのだ」という哲学的な言葉だった。
もし明日、これまでのキャリアや当たり前の日常をすべて失ったとしたら、あなたは自分の人生に後悔はないと言い切れるだろうか
現在、ProsWorkにて中小企業の伴走支援を行いながら、自社ではアーティストの夢を繋ぐプラットフォーム事業を展開する彼。一度きりの人生を後悔なく生きるために走り続ける和田に、これまでの激動の半生と事業にかける思い、そして彼を支えてくれた人々への「ありがとう」を語ってもらった。
和田淳之介にとっての「ProsWork」とは
和田さんにとって「ProsWork」とはどのような存在、どのような場所でしょうか?
和田
そうですね……一言で言えば、「今までになかった視点を得られる場所」であり、「新たな知見を身につけられる場所」です。
ProsWorkには、各分野のプロフェッショナルが集まっています。コンサルタントという職業は、どうしても自分一人の専門性や知見に依存する「個人商売」になりがちで、パフォーマンスには限界があります。
しかしProsWorkでは、いろんな分野のプロフェッショナルと連携しながら、提供できるパフォーマンスを最大化していける。そこが最大の強みであり、私自身にとっても非常に大きな意味を持っています。
和田さんご自身も、ProsWorkの中で新たな知見を獲得されていると。
和田
はい、間違いなく成長させてもらっています。例えば、補助金の活用を見据えた事業計画の整理や、経営課題を踏まえた計画の磨き込みについては、ProsWorkの磯島さんから深く学ばせていただきました。また、高野さんのPRに関する知見なども、私にとってはこれまであまり経験してこなかった領域であり、日々新しい視点を学ばせていただいています。
クライアントに対して各プロフェッショナルの強みを活かして価値を提供するだけでなく、私自身も畑違いの専門家の視点を近くで学ばせていただける。他ではなかなか得られない環境で、自分自身の器を広げてもらっていると実感しています。
ProsWorkで描く、中小企業の「明るい未来」への伴走
現在、ProsWorkの中では具体的にどのような業務を担っていらっしゃるのでしょうか?
和田
担当部署としては「新規事業開発部長」というポジションになります。業務のウェイトとしては大きく2つありまして、半分がProsWorkとしての「新規事業の立案・立ち上げ」、もう半分が中小企業向けの「事業計画の策定支援」です。
「新規事業の立ち上げ」では、具体的にどのようなプロジェクトを動かしているのですか?
和田
直近で立ち上げたのは、「生成AI研修」の提供スキームです。人材開発支援助成金を活用することで、中小企業のお客様は費用の75%の助成を受けながら生成AIの研修を受講できるという仕組みを作り、これから本格的に顧客へ提供していくフェーズに入っています。
もうひとつの「事業計画の策定支援」についてはいかがでしょう?
和田
私たちが提供している「事業計画の策定支援」は、単に計画書を作ることが目的ではありません。企業が思い描く「明るい未来」を共に描き、そこに到達するための道筋を、事業計画として具体化していく支援です。
その計画を実行に移すうえで、資金面の後押しが必要になる場合には、補助金などの制度活用も視野に入れます。ただ、補助金はあくまで目的ではなく、描いた未来を実現するための手段の一つだと考えています。
そして私たちは、計画を作って補助金を獲得して終わりではありません。チラシやホームページの制作、PR・広報施策、システム開発など、具体的な実行支援までワンストップで伴走できる体制を整えています。
和田
南伊豆で無農薬栽培を行っている「日本晴」さんという農家さんの事例があります。「古民家を改修して農家民宿をやりたい」「農業を学びにきたり、美味しい野菜を食べたりできる宿にしたい」というビジョンをお持ちでした。
そこで私たちが事業計画の策定を支援し、補助金を獲得。さらに、ホームページ制作を中心に、宿泊料金や体験メニュー、運営プランなども一緒に考えながら、構想を実際の事業として形にしていきました。明るい未来へ行くまでの具体的な道のりを、共に歩んでいくのが私たちのスタイルです。
突然の病魔と、すべてを失った「空白の2カ月」
入院中の様子
和田さんはProsWorkに参画される前、ご自身で起業されていますが、その前は大企業で華々しいキャリアを築かれていたとお聞きしました。
和田
はい。高知県出身で、中高時代は野球に打ち込んでいました。当時バッテリーを組ん
でいた投手がプロ注目選手で、「君はプロの道を歩んでくれ。僕は将来、君に野球道具を提供するために勉強の道に進む」と約束し、東京理科大学を経てミズノ株式会社に入社しました。
ただ、配属されたのは野球部門ではなく、100周年記念プロジェクトで立ち上がったばかりの「ゴルフボール事業」でした。
そこで新規事業の立ち上げに携わったことが、私のキャリアの大きな原点になっています。
その後も、子会社であるミズノテクニクス株式会社が、強みとするカーボン成形技術を活かし、親会社だけに頼らない新たな売上をつくるための多くの新規事業に携わりました。
さらに、四国化成工業株式会社、現在の四国化成ホールディングス株式会社では、未経験から営業を担い、全国1位の営業成績を複数年にわたって収めることができました。同社でも新規事業部の立ち上げ期から関わり、新しい事業を形にしていく経験を積ませていただきました。
「ゼロイチ」の経験を豊富に積まれていたのですね。順風満帆に見えますが、そこからなぜ起業に至ったのでしょうか?
和田
2019年に、突然くも膜下出血で倒れたんです。四国化成工業で新しい部署に異動し、香川県に移り住んで、わずか1カ月後のことでした。
くも膜下出血は「金属バットで殴られたような衝撃」と言われますが、私には倒れた瞬間の記憶すらありません。家のリビングで倒れていたところを発見され、救急搬送されました。水頭症も併発しており、気がついたときには「2カ月」という時間が経過していました。
2カ月間も意識がなかったのですか……。目覚めたとき、どのような状況だったのでしょうか。
和田
まさに、すべてが一変していました。体には多くのチューブが繋がれ、一人では立つことも歩くこともできず、上手く話すこともできません。排泄のコントロールも難しい状態で、当たり前にできていたことができなくなった現実を受け止めるのは、本当に大きなショックでした。それまで積み上げてきた自信や、自分らしさのようなものが、一気に崩れてしまった感覚がありました。
さらに、闘病の最中には家族関係にも大きな変化があり、心身ともに厳しい時間を過ごしました。
そこからのリハビリは壮絶だったと想像します。現在、後遺症などはあるのでしょうか?
和田
くも膜下出血は、3分の1は亡くなり、3分の1は重篤な後遺症が残り、社会復帰できるのは残りの3分の1と言われています。私は奇跡的に1年弱のリハビリで復帰できましたが、「高次脳機能障害」という後遺症は残っています。
外からは分かりにくいのですが、考えを言葉にする、思考を行動に移す、必要な記憶を引き出すといった場面で、以前より時間がかかるようになりました。
だからこそ、語彙のストックを増やし、メモや記録を徹底しながら、自分の担う範囲を見極め、必要に応じて周囲と連携することを大切にしています。
「最後死ぬ時に『あの時こうしておけばよかった』と後悔して死んでいくのが、人生最大の失敗だ」
人生の残り時間をどう生きるか。「笑っているから幸せなのだ」FUN SMILEの誕生
入院中の様子。手術後の痕が残っている
絶望的な状況から、どのようにして前を向き、起業へと至ったのですか?
和田
一番のきっかけは、闘病中に病室で見ていたYouTube動画です。路上ライブの映像が流れてきて、歌手の方々がマイク1本だけを持って、自分の夢や好きなことを必死に掴み取ろうとしている姿に、ものすごく勇気と感動をもらったんです。
死の淵をさまよったことで、「最後死ぬ時に『あの時こうしておけばよかった』と後悔して死んでいくのが、人生最大の失敗だ」と痛感していました。だからこそ、自分のやりたいこと、好きなことを行動に移そうと決意し、まったく未経験でしたが経営コンサルタントとして起業しました。
ご自身で立ち上げられた「FUN SMILE株式会社」のパーパスには、強い思いが込められていますね。
和田
当社のパーパスは「笑って、健幸に生きるひとをふやす」です。フランスの哲学者アランの『幸福論』に、「人は幸せだから笑うのではない。笑っているから幸せなのだ」という考え方があります。
これは、笑顔などの表情が感情に影響を与えるという心理学の「顔面フィードバック仮説」とも通じます。姿勢を整え、笑顔をつくることで、心の状態も少しずつ前向きになっていく。私は、その心と体のつながりを大切にしています。
和田
はい。闘病中で笑えなかった時期、どんどんネガティブな方向に思考が落ちていく怖さを実感しました。だからこそ、笑うことや、笑顔になれる場の大切さを強く感じています。
ビジネスは人生の一部です。だからこそ、ただ業績を上げるだけでなく、経営者や従業員が「笑って、健幸な状態」、つまり「Well-Smiling®」を実現していけるような事業運営をサポートしたい。それがFUN SMILEのコンサルティングの根幹です。
夢への架け橋、シンガーマッチングサービス『KAKERU』
FUN SMILEでは、実事業として『KAKERU』というサービスも運営されていますね。
和田
起業して数年が経ち、ビジネスが軌道に乗ってきたとき、私に起業の決意をさせてくれたミュージシャンたちに「恩返しがしたい」と思い、2024年に立ち上げたのがシンガーマッチングサービス『KAKERU』です。
これは、活躍や表現の場を探している歌手と、集客や賑わい創出に課題を抱えている飲食店や商業施設などの事業者をマッチングするサービスです。
和田
現在、歌手が約100名、事業者が約20名、そしてファンが約60名の、合計180名ほどにご登録いただいています。初期費用や登録料はすべて無料で、マッチングが成立した際に、歌手・事業者の双方からそれぞれ8.6%の手数料を頂戴するビジネスモデルです。
ファンがイベントに訪れることで、飲食店側は飲食売上の向上や賑わい創出につながりますし、歌手の皆さんには正当な報酬と活躍の場を提供できます。歌手と事業者、それぞれのありたい姿の実現に寄与できる「夢への架け橋」になれればと思っています。
自己決定感を取り戻し、後悔のない人生を
お話を伺っていると、ProsWorkでの活動も、FUN SMILEでの活動も、すべてが和田さんの「生き方」に直結しているように感じます。プライベートでも大きな変化があったそうですね。
和田
ええ。病気を経て、再発への不安もあり、「そばにいてくれる人がほしい」と思うようになりました。そんな中で出会ったのが、現在の妻です。
病気のことや後遺症のことも包み隠さず話しましたが、妻はそれを受け止めたうえで、前を向いて歩こうとする私を信じてくれました。結婚し、子どもにも恵まれたことで、人生をもう一度前向きに歩んでいく大きな力をもらいました。
どん底から這い上がり、今は充実した日々を送られていらっしゃいますね。
和田
人間の幸福度に直結する大きな要素として「自己決定感」があります。起業したことで、誰と付き合うのか、何をするのか、自分の人生を自分で決められるようになりました。
もちろん大変なことは山ほどありますが、嫌々やらされているのとは全く違います。自分で決めた道を歩んでいる今、心から「楽しい」と言えますし、幸せな人生を歩ませてもらっています。
ありがとうメッセージ
最後に。cokiは「ステークホルダーへの感謝」を可視化するメディアです。和田さんが今、一番「ありがとう」を伝えたい相手に向けて、メッセージをお願いできますでしょうか。
和田
たくさんいますが、大きく3つ伝えさせてください。
まずは、病室のベッドで絶望していた私に、生きる気力と起業の勇気をくれた、あの画面越しのストリートミュージシャンの方々へ。 マイク1本で夢を追うあなたたちの姿がなければ、今の私はいませんでした。「ありがとう」。だからこそ、私は『KAKERU』を通じて、あなたたちのようなアーティストの夢を全力で支援し続けます。
次に、私のすべてを受け入れ、共に歩んでくれている妻へ。 私がくも膜下出血という大病を患い、見えない後遺症を抱えていることを知った上で、私の生き方を信じてくれました。あなたと出会い、新しい命を授かったことで、私の人生は再び鮮やかに色づきました。本当に、心から「ありがとう」。
最後に、株式会社ProsWorkの仲間たちへ。 それぞれ違う専門性を持つ皆さんから日々刺激を受け、私自身のコンサルタントとしての器を広げてもらっています。私一人では決して描けないようなクライアントの「明るい未来」を、皆の力を掛け合わせることで実現できる。この環境で共に働けることに、深く感謝しています。いつも「ありがとう」。
和田さんの圧倒的な熱量と、周囲への深い感謝の念が伝わってきました。本日は貴重なお話をありがとうございました!