
「2000万円規模のシステム投資をして会社を変えたいが、費用が捻出できない」。ある中小企業が、自社の命運を懸けて『ものづくり補助金』の獲得を目指していた。最初に身近な士業に申請の支援を依頼したものの、あえなく不採択。時間だけが過ぎ、社内のDXプロジェクトは頓挫しかけていた。
だが、あるコンサルティング会社と出会ったことで状況は一変する。彼らの伴走のもとで再挑戦した結果、見事に1300万円の補助金が下り、念願のシステム導入を果たしたのだ。この劇的な逆転劇を支援したのが、株式会社ProsWork(プロスワーク)である。
デジタル化の遅れや属人的な労働環境に悩む中小企業に対し、公的支援を活用したDX推進で圧倒的な実績を誇る同社。代表取締役社長の磯島裕樹氏の言葉からは、独自の強みを生み出す緻密な戦略と、その根底に流れる「働く人を守りたい」という切実な願いが浮かび上がってくる。
コンサルに頼んでも落ちる壁。採択につなげるを実現するプロの伴走

中小企業がDX推進に踏み切る際、最も大きなハードルとなるのが投資負担である。プロスワークは、補助金などの公的支援を活用することでこの費用負担を大幅に軽減しているが、補助金獲得の道は決して甘くない。
「自分たちだけでやってしまったり、あるいは身近にいる申請経験のない士業の先生にお願いしたりすると、どうしても採択率が大型の補助金では採択率が5割程度にとどまってしまい、なかなか動き出さないプロジェクトが多いんです」
磯島氏は、一般的な補助金申請の厳しい現実をそう語る。しかし、プロスワークが支援した企業の実績は桁違いだ。
「うちが支援させていただいた企業は、一度失敗してしまったケースも含めて、最終的にはおよそ9割が補助金採択されています。審査する側の視点として、単なるシステム投資の計画だけでなく『加点要素』が非常に重要になるんです」
普通はそこまで手間をかけないようなBCP(事業継続力強化計画)の認定取得などを事前に複数提案し、一緒に伴走して加点認定を取った状態で申請を行う。さらに、専門用語が多く難解になりがちなシステム投資の計画を、ITの知識がない審査員にも伝わるように翻訳して書き上げる。この徹底したサポートが高い採択率を生み出している。
料金体系も中小企業に寄り添っている。「着手金として最初に10万から15万円をいただき、採択後に10%から15%を成功報酬としていただいています。一番多いのは15%のプランで、これは採択後にお金が受け取れる『実績報告』のところまで、最後まで丁寧にサポートする形です」と磯島氏。
同社の強みは補助金獲得だけにとどまらない。プロスワークの支援は、補助金申請そのものではなく、現場の業務整理から要件定義、導入後の定着までを含めた伴走支援に特徴があり、補助金活用もその実現を後押しする手段の一つだ。「私自身が元々SEをずっとやってきた知見から、単にデジタル化して生産性を上げるだけでなく、守りの部分であるセキュリティもしっかり考えながら支援できるのが強みです」と語るように、攻めのDXと守りのセキュリティを同時に構築できる点が、プロスワークならではの価値となっている。
さらに、社内では毎年半年間にわたり、磯島氏自らが直接指導する事業計画策定講座を開催している。「素人だった方が講座を受けて実務に入り、自分で志願して作った事業計画は、これまで全員が採択されているんですよ」と磯島氏が微笑むように、大企業出身のコンサルタントたちが共通の確固たるノウハウを持ち、チームとして顧客に伴走しているのだ。
運動が苦手な文学少年。金融不安の時代にIT業界の扉を叩く
圧倒的な専門知識で中小企業を導く磯島氏だが、幼少期から活発なリーダータイプだったわけではない。
「小さい頃に川崎病にかかってしまって、激しい運動ができず肥満傾向だったんです。中学に入ってからは、クラスの片隅で読書をしているような、誰ともあまりコミュニケーションを取らない大人しい子どもでしたね。歴史モノ、特に日本の戦国時代や維新の頃の歴史小説が好きでした」
親の転勤で関東へ移り住み、慶應義塾中等部へ合格。そのままエスカレーター式で慶應義塾大学の経済学部へと進学した同氏は、1997年に就職活動の時期を迎える。当時は就職氷河期であり、山一證券の破綻など金融不安が日本中を覆っていた。
「金融ビッグバンの時代で、金融機関は危ないと思いました。当時はWindows 95が出てインターネットが普及し始めた頃だったので、IT企業を中心に受けて、内定が出たのがNTTデータだけだったんです」
時代に導かれるように飛び込んだITの世界が、磯島氏のその後の人生を大きく決定づけることになる。
激務の果ての休職。自身の「うつ病」が教えてくれたこと
NTTデータに入社後、磯島氏は長年にわたり大規模な金融系システムの裏側を支え続けてきた。しかし、小泉政権下の郵政民営化によって状況は激変する。随意契約から競争入札へと切り替わり、生き残りをかけた過酷な戦いが始まった。
「1000億円単位だった予算が1桁下がるような世界になり、非常に厳しいコスト削減と入札競争にさらされました。ハードウェアの調達コストを極限まで下げる調整など、信じられないほどの激務をこなしました。その結果、無事に受注はできたのですが、その直後に私自身がうつ病になってしまったんです」
限界を超えて働き続けた結果、心身のバランスを崩してしまった磯島氏。しかし、この休職期間が人生の新たな扉を開く。「仕事に全力を注げない時期だったからこそ、中小企業診断士の勉強に時間を充てられたんです」と語る同氏は、より経営に近い場所で支援を行いたいとコンサルティング業界へ転身し、現在の独立へと至った。
属人的な頑張りに頼らない「仕組み」が人を幸せにする
自らが限界まで働き、うつ病で苦しんだ経験は、磯島氏の経営支援の哲学として深く刻み込まれている。
「私がうつ病になった経験から学んだのは、『自分一人で抱え込みすぎてはいけない』ということです。何でも自分でやろうとしてパンクしてしまう状況は、多くの中小企業経営者や従業員の方にも当てはまると思います」
現在、多くの中小企業では、一部の優秀な人材の過剰な努力によって何とか業務が回っているケースが珍しくない。磯島氏は、そんな現場の痛みを誰よりも理解している。
「だからこそ、属人的な頑張りに頼るのではなく、システムによる『仕組み作り』が重要なんです」
プロスワークが提供するDX支援の本質は、ただ便利なツールを導入することではない。適切な仕組みを導入することで、働く人が無理なく良い結果を出せる環境を作り、誰も一人で限界まで苦しむことのない社会を実現することにある。
「私たちは、そのための伴走支援を全力で行っていきたいと考えています」
そう語る磯島氏の言葉には、痛みを乗り越えた経験者だからこその深い共感と、プロフェッショナルとしての確かな覚悟が宿っている。プロスワークはこれからも、公器としての使命を胸に、仕組みによって誰もが人間らしく健やかに働ける持続可能な社会の実現を目指していく。



