
海水温の上昇で、全国の産地が次々と姿を消しつつある天然のすじ青のり。その価値を次の世代へ引き継ごうと、徳島・吉野川の漁師が動いた。水産業を営む株式会社紬が、吉野川産のすじ青のりを使った商品「香乃幸(かのさち)」を全国に向けて発売する。
産地の危機を、直販という新たな挑戦で乗り越えようとする試みだ。
生産量が1年で3分の1に
同社によると、徳島県のすじ青のりは危機的な状況にある。2025年度の漁連の販売実績は22トンで、前年度の60トン超からおよそ3分の1に激減した。原因は、海水温の異常な上昇だ。10月の水温が平年より1~2℃高く、秋口の水温低下が遅れたことが、生産量を大きく落ち込ませた。徳島は、全国のすじ青のり生産量の7~8割を占めてきた産地であり、その打撃は業界全体に及ぶ。気候変動が、伝統的な水産物の足元を揺るがしている。
青のりは、香りの高さと風味で知られる海藻で、料理に彩りと香りを添える食材として親しまれてきた。中でも天然採苗のすじ青のりは、養殖の中でも手がかかり、環境の変化に左右されやすい。海水温という自然の条件に生産が大きく左右されるだけに、気候変動の影響をまともに受ける。産地の減少は、食文化の一端が失われることにもつながりかねない。
全量手摘み、漁師による一貫生産
「香乃幸」は、こうした状況の中で生まれた。同社によると、吉野川で天然採苗によって育てたすじ青のりを100%使い、全量を手摘みで収穫する。機械での刈り取りを避け、異物の除去も丁寧に行う。加工から包装まで、漁師自身が一貫して手がける。商品は、原藻の「堂々」1グラム×5袋と、粉末の「細やか」1グラム×7袋を各1缶、計2缶で構成し、価格は税込3456円。賞味期限は9か月だ。徳島県知事が認定する「とくしま特選ブランド」にも選ばれている。手間を惜しまない生産が、品質の裏づけとなっている。
手摘みにこだわるのは、品質を守るためだ。機械で刈り取れば効率は上がるが、雑多なものが混じりやすい。一本一本を人の手で摘み、異物を丁寧に取り除くことで、香りと質を保つ。少量でも価値の高いものを届けるという考え方が、商品の構成にも表れている。原藻と粉末の二つの形で用意したのも、料理や好みに応じて使い分けてもらうためだ。汁物や卵焼きに散らす、料理の仕上げに振りかけるなど、家庭でも使いやすさに配慮した。
漁連出荷から直販へ
今回の全国発売には、販売の形を変える狙いもある。同社によると、従来の漁連への一括出荷では、品質への評価が生産者に直接届きにくかった。そこで、消費者の声を直接聞き、適正な評価を得るために、直販への転換を決断した。作り手が価値を自ら伝え、消費者と直接つながることで、すじ青のりの価値を正しく高めようとしている。代表取締役の土井誠さんは、漁師歴およそ30年、養殖歴はおよそ18年のベテランで、32歳で独立した。長年、海と向き合ってきた漁師の危機感が、この挑戦を後押しした。
気候変動の時代に、産地をつなぐ
株式会社紬は、2014年に設立された、徳島県松茂町の水産業の会社だ。吉野川という地の利を生かし、すじ青のりの養殖を続けてきた。今回の取り組みは、気候変動という避けがたい逆風の中で、産地を守り抜こうとする試みといえる。
海水温の上昇は、すじ青のりに限らず、各地の水産業に影を落としている。獲れる量が減れば、価格や経営が揺らぎ、担い手も離れていく。その悪循環をどう断ち切るかは、多くの産地に共通する課題だ。
食材の産地が抱える危機は、生産者だけの問題ではない。その味を食卓で楽しんできた消費者にとっても、いったん失われれば取り戻しにくい。作り手が価値を伝え、食べ手がそれを支える関係が築ければ、産地は続いていける。直販は、その関係をつくる入り口でもある。
同社は今後、百貨店や食品小売店、料理人との接点を広げ、「吉野川のすじ青のり」の認知度を高めるために新商品の開発にも取り組む方針だ。一人の漁師の直販への挑戦が、危機に立つ産地の未来をどう照らすのかが注目される。



