世界中の人々が人生の選択を自ら決定できる社会を目指し、社会課題の解決に取り組む、公益財団法人ミダス財団(以下、ミダス財団)。2025年に初のインパクトレポートを発行しました。インパクトレポートとは組織の活動を通じ、社会や環境に与えたポジティブな影響(インパクト)を定量的に測定・評価し、その結果を示す報告書です。2年目となる今回は、活動の成果を示すだけでなく、そこから得た学びや課題、その後の改善までを可視化・報告しました。
インパクトを測定することだけで終わらせず、いかに次の改善へつなげていくのか。本記事では、インパクトマネジメントの専門家である須藤奈応さんと、ミダス財団でインパクトマネジメントを担うChief Impact Officer 山添真喜子さんが、2026年のレポートを振り返りながら、財団がインパクトを報告する意義やミダス財団の実践、今後の課題について語ります。
財団法人がインパクトを報告する意義とは
まず、財団法人がインパクトレポートを発行することには、どのような意義があるのでしょうか。
須藤
とても大きな意義があると思っています。大切なのは、単に「良いことをしている」で終わらせず、その結果としてどのようなインパクトが生まれたのかを、ステークホルダーにきちんと説明することです。
2026年7月に発行したミダス財団のレポートでは、特に「どのような社会をどう実現したいのか」が丁寧に書かれていました。社会課題の解決に向けてどう取り組み、その進化をどう捉えるのか。文字から熱意が伝わってくる感覚がありました。
山添
昨年、初めてのインパクトレポートを発行した後、さまざまな有識者の方から感想やアドバイスをいただきました。今年はそれを可能な限り反映するとともに、PDCAサイクルをきちんと可視化することを目指しました。
また、昨年度は社会課題の構造化や事業内容が中心でしたが、今年は実際に取り組んだ成果はどうだったのか、その結果を受けて何が変わったのかまでをレポートしたいと考えました。
須藤奈応さん(提供:ミダス財団)
ミダス財団の「4つの姿勢」に表れた、理念と実践のつながり
須藤
今回、特に印象に残ったのが「4つの姿勢」(P12-13)です。最初は「姿勢とはどういう意味なのだろう」と思いましたが、各事業のページを読み進めると、実際の取り組みにしっかり表れているものだと分かりました。
個別の事業ごとに良いことをするのではなく、「ミダス財団はこういう姿勢で取り組む」という方針があり、そのポリシーに沿って各プロジェクトと向き合っている。しかも、それを実務だけでなく、きちんと言語化しています。報告書のために後から作ったものではなく、もともとの理念を実務で実践してきたものなのだと感じました。
ミダス財団の「4つの姿勢」を伝えるページ。全事業に共通する姿勢をイントロダクションとして紹介してから、活動を報告している(画像提供:ミダス財団)
山添
まさにそのとおりです。実は、昨年度のレポートについて「ミダス財団の事業でのコントリビューションが十分に伝わってこない」というコメントをいただきました。そこで、もともとのミッションやビジョン、財団としての特徴をもとに「実際の事業で財団の考えをどう実践につなげてるのか」を整理したものとして4つの姿勢を提示しました。
例えば、一度立ち上げた事業は基本的に継続することを前提に、持続できる設計を意識しています。また、助成金を出して他の組織に事業推進をお任せするのではなく、私たち自身も現場に入り人的資本を提供しながら一緒に進めます。構造そのものを変えなければ解決できない課題には、データやエビデンスを蓄積し、政策に関わる方々も含めて働きかけます。そうした考え方が、さまざまな事業に表れているのだと思います。
インパクトマネジメントの本質は、測定ではない
須藤
ミダス財団のレポートでは、PDCAのサイクルをきちんと回している点も印象的でした。インパクトマネジメントは、定量的に測ることばかりに注目が集まりがちですが、本質はマネジメントにあります。
指標や目標を設定するのは、立てた仮説が正しかったのかを確認し、正しくない場合には次の活動に生かすためです。一般の事業でいうPDCAを、インパクトの視点からどう回すかという考え方が「インパクト測定及びマネジメント(Impact Measurement and Management(IMM)」※1です。
ミダス財団は、学びをもとにその学びを活かして、新しいインパクトの取り組みも始めているようですね。次の一手まで打っている点に、戦略と組織の柔軟性を感じました。
※1インパクト・メジャーメント&マネジメント(IMM) :「社会的・環境的インパクト」を管理し高めていくための手法。
山添真喜子氏(提供:ミダス財団)
山添
国内事業ではアウトカム指標やKPIを設定し、毎月データを確認しています。うまくいっていないことが見えると、代表理事の吉村英毅氏に必ず「では次に何をしますか」と聞かれるので、現場でも次の打ち手まで考えることが習慣になっています。
須藤
そうした意識は、どうやって組織に浸透していったのでしょうか。
山添
組織文化も大きいと思います。国内事業を統括するメンバーは動きが速く、オープンで、人を巻き込む力が強い。まず人に会い話を聞き、情報交換する。私が入ったときには、すでにそのカルチャーがありました。
代表理事の吉村氏自身が起業家・投資家なので、社会的インパクトに関してもKPIを見ながら改善することに違和感がありません。そうしたリーダーシップや文化が、スピード感につながっていると思います。
「うまくいかなかった」も、開示する
山添
今回のレポートでは、うまくいかなかったところもできるだけ正直に出しました。
例えば特別養子縁組に関する事業では、連携組織の運営体制などの課題が見えてきたため、新たにマネジメント人材に入っていただいたり、現場の方々のスキル向上を目的とした研修事業を立ち上げたりしました。
企業の場合、うまくいかなかったことを外に出すのは難しい面もあると思います。でも、「良いことをやっています、良い結果が出ています」とだけ書いても、その分野ですでに活動しているステークホルダーには「そんなに簡単にはいかないはず」と思われてしまいます。だからこそ、直面する課題と、それにどう対応するのかまで示した方が信頼につながると考えました。
須藤
うまくいかなかったことを出すことには抵抗感もあると思います。でも、それを次に活用できるのは組織としての強さです。何があり、何を学び、どう改善したのかまで示しているところに、今回のレポートの立体感を感じました。
次に問われるのは、データを「どう読むか」
今後、レポートをさらに良くしていくとすれば、どのような点が考えられるでしょうか。
須藤
とても難しいテーマですが、「最終的にどのような状態になれば、その課題が解決したと言えるのか」という目標が見えると、さらに分かりやすくなると思います。
ゴールに対して今どこまで進んでいるのかを示す。それが難しくても、データをどう解釈するのか、社会的にどのような意味があるのかという考察や見解が加わると、理解しやすくなります。
山添
私たちもその必要性を感じています。今回はまずデータと課題への対応を示すところまででしたが、データが積み上がれば、次は考察が必要になります。来年はアウトカムデータの分析にぜひチャレンジしたいと思っています。
また、私たちが掲げる目標は、自分たちだけで実現できる規模ではありません。さまざまなステークホルダーを巻き込みながらシステムチェンジを起こす必要があります。
須藤さんから、どのようなステークホルダーがいて、どこに働きかけているのかを示す「システムチェンジマップ」があると分かりやすいのでは、という話もいただきました。これも来年に向けて考えてみたいです。
専門家にも、初めて読む人にも届くレポートへ
須藤
もう一つ期待しているのは、「なぜ今この課題に取り組むのか」を、初めて読む人にも分かるように言語化することです。
プロの専門家に対して説明をするレポートもありますが、財団のように社会性が強い団体には、専門家が読んでも「ああ、なるほど」と思えて、詳しくない方が読んでも「なるほど」と思える。その境界を追求してほしいです。
インパクトは、専門家だけで追求するものではありません。多様なステークホルダーとともに社会課題の解決に取り組むものです。さまざまな人に説明できる力は、財団が持つ大きな価値だと思います。
山添
ミダス財団でも、インパクトレポートは「私たちがどういう財団で、何をしているのか」を伝えるコミュニケーションツールだと考えています。
これまでも、難しくしすぎず、専門的に取り組んでいる方にもきちんと伝わるものにしたいという意識はありました。ただ、「専門性の高い方と、そうではない方の両方が読者である」と整理したことはありませんでした。来年以降はそこをより意識したいと思います。
最後に、日本のフィランソロピーでインパクトマネジメントを広げていくうえで、どのような課題があると考えていますか。
須藤
一つは、専門人材やノウハウの不足です。インパクト投資の世界でも実務を担える人材は不足しており、財団やフィランソロピーの領域ではなおさらです。
もう一つは、「インパクト評価」という言葉から、査定や監査のように捉えられてしまうことです。IMMは何かを公表するためだけではなく、より良いインパクトを生み出すためのマネジメントツールであり、学習と改善のサイクルを回すためのものです。
山添
ミダス財団では、代表自身が以前の職場でIMMの知見を深めており、また財団のトップがKPIを見ながら改善する発想を持っているので、社会的インパクトの可視化やIMMの実践に違和感がありませんでした。私はそれを自然なことだと思っていましたが、今回のお話を聞いて、実はかなり恵まれた環境なのかもしれないと感じました。
日本のフィランソロピーでのインパクトマネジメントはまだ発展途上と思いますが、ミダス財団のようなIMMを実践している組織が存在するということを今後は海外、特に我々が事業を展開するアジアのほかの財団にも知っていただけるよう、発信を強めていきたいと思っています。
▶︎「公益財団法人 ミダス財団 IMPACT REPORT 2026」
<プロフィール>
須藤 奈応
Director, Impact Frontiers
代表理事、一般社団法人インパクトマネジメント実践機構
Global Impact Investing Network, Senior Advisor (Japan)インパクトマネジメントの知識開発を専門とする米団体Impact Frontiersにて機関投資家向けの研修開発や環境整備プロジェクトに従事。アジア法人の代表理事を務める。そのほか、Global Impact Investing Networkのシニアアドバイザー(日本担当)、慶應イノベーション・イニシアティブIMMアドバイザー、海外のインパクト投資動向を日本語で解説するニュースレター等を提供する一般社団法人ImpactShare代表理事を務める。日経文庫「インパクト投資 入門」著者。The Wharton School MBA。
山添 真喜子
公益財団法人ミダス財団
チーフインパクトオフィサー 米コロンビア大学行政学(環境政策)修士課程修了。ITコンサルティングファーム、監査法人、国際環境コンサルファームで経験を積み、大学院留学後に三菱総合研究所に入社。10年以上サステナビリティ経営を専門とするコンサルタントとして活躍。その傍らインパクト投資や社会的インパクト測定・マネジメント(IMM)に関する知見・スキルを深め、2025年1月よりミダス財団へチーフインパクトオフィサーとして参画。急性白血病に罹患した経験があり、治療後寛解を維持。仕事・育児・治療の両立についての著書「経営コンサルタントでワーキングマザーの私ががんにかかったら」(東洋経済新報社)を有し、東洋経済オンライン等での情報発信を続けている。行政学修士。