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京大名誉教授・海洋研究開発機構アドバイザー白山義久先生に聞く!ESGの潮流、TNFD、ブルーカーボン

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白山先生は海洋生物学、系統分類学、生態学の分野で世界的に活躍されていて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書の執筆者でもある。生物多様性条約に関連する各種会議(IPBES)等にも日本の科学者として多数参加されている。
白山先生は海洋生物学、系統分類学、生態学の分野で世界的に活躍されていて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書の執筆者でもある。生物多様性条約に関連する各種会議(IPBES)等にも日本の科学者として多数参加されている。撮影:加藤俊(以下同)

生物多様性の保全は生物学者にとってその必要性は自明でも、企業を動かす動機は経済合理性に他ならない。

そのエンジンとしてのESGの潮流を歓迎するのは、40年以上にわたり海洋生物学研究に携わってきた国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境部門アドバイザーの白山義久先生(京都大学名誉教授)。

「環境問題は大ナタを振るって一挙に解決できる問題ではない」と説く白山先生は、海洋生態系が炭素を吸収するブルーカーボンの活用も「大切な要素の1つ」と評価する。

研究現場で目にした地球環境の変化から、ESGに対する視線、ブルーカーボン活用の課題と展望までを、白山先生に伺った。

美濃部の排ガス規制、ノルウェーのCCS。枠組みが世の中を変える

加藤

企業の社会的責任として、企業活動が地球環境に与える影響についての情報開示が求められるようになってきた。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)では生物多様性に関する情報開示も求められるようになっている。こうした流れをどう見ているか。

白山

企業の経済原理に働きかける枠組みができてきたことについては、好意的に受け止めている。
生物多様性の保全の必要性を理解するにあたり、一般の市民と企業とでは動機付けが大きく異なる。

一般の市民には、パンダやシロクマといったアイコニックな生物の保全を呼びかけることが有効かもしれない。一方で、企業には「生物多様性を保全したほうが儲かる」という経済原理が最も有効に作用する。

経済原理が環境改善につながった成功例の1つが、ノルウェーのCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)だ。ノルウェーでは、二酸化炭素を大気中に排出すると高額な税金を徴収される。

そこで、北海のガス田から天然ガスを採取する際に発生する二酸化炭素を回収し、再び海底に戻すCCSが活用されるようになった。

高額課税を回避するための手段としてCCS技術が発達し、二酸化炭素排出量は大幅に削減された。

日本でも過去に同様の例がある。かつて美濃部亮吉が都知事として猛烈な排ガス規制を敷いたことを機に、排ガスの少ない高燃費の自動車開発が急速に推し進められた。

クリアすることなど到底できないと言われていた規制だったが、これに対応すべく技術が向上し、ひいては日本の自動車産業も発展した。

このように、経済原理が企業の動機となるフレームワークができれば、「生物多様性を念頭におかなければ企業活動が正常に機能しない」「生物多様性を無視した企業活動は収益よりも損失を生む」といった状況になる。

短期的には厳しい規制のように感じられるかもしれないが、長期的視点で見ると企業を含め皆にとって利益になる。

近年、経済原理に紐づいた枠組みが整ってきたことで、生物多様性の保全に協力的な企業が増えている印象だ。

かつては対立構造に陥りがちだった生物多様性の保全と企業活動の在り方に変化が生じている。良い方向に変わりつつあると感じている。

ブルーカーボンがクレジットとして機能するには?課題は定量化

研究で最も喜びを感じるのは、あれこれ工夫をこらしたことが上手くいった瞬間。手作りの装置を使って深海で生きる線虫の呼吸量計測に成功したときは本当に嬉しかった。おそらく私が線虫の呼吸量を正確に測ったことのある唯一の人間だと思う。(白山)
研究で最も喜びを感じるのは、あれこれ工夫をこらしたことが上手くいった瞬間。手作りの装置を使って深海で生きる線虫の呼吸量計測に成功したときは本当に嬉しかった。おそらく私が線虫の呼吸量を正確に測ったことのある唯一の人間だと思う。(白山)
加藤

グリーンカーボンによる炭素吸収がJ-クレジットに適用されるのと同様に、ブルーカーボンも排出権取引の対象にしようという流れがあるが、どう捉えているか。

白山

地球環境問題は、大ナタを振るって一挙に解決できるような問題ではない。

塵を積もらせて山にしなければ、環境保全は叶わない。ありとあらゆるポテンシャルを利用する必要があり、ブルーカーボンも大事な要素の1つと言える。

ブルーカーボンが排出権の取引対象になるということは、ブルーカーボンが経済活動と紐づき企業のモチベーションにつながるということ。

よって、ブルーカーボンにカーボンクレジットが適用されること自体は歓迎する。
ただし、クレジットとして機能するには、未だ定量性の確保が不十分と言わざるを得ない。

ひとくちにブルーカーボンと言っても、藻場からマングローブまで様々。炭素の固定量も場所によって大きく異なり、外洋では少ないが沿岸では森林かそれ以上の炭素固定量になるところもある。

また、森林なら炭素が木材に固定されるが、ブルーカーボンの場合は固定される確実性が低い。

海藻が腐って二酸化炭素と水に戻ってしまえば大気中の二酸化炭素を減らしたことにはならないし、藻場で一時的に海草が増えても、夏になれば枯れて沖へ流れ出る。

その後どのような運命をたどるかによって、最終的に吸収された二酸化炭素の量は異なる。

ブルーカーボンをカーボンクレジットに活用する際には、「一時的にその場で固定した炭素量がそのままカーボンクレジットになるわけではない」ということをよく理解し、共通認識としなければならない。

より多くの科学的データの収集と、定量化の方法確立が求められる。

気候危機を前に、求められるイノベーション。企業にできることは?

JAMSTIC動画 【必見】深海にも私たちのゴミが流れてくる
加藤

各国で様々な気候変動対策が打ち出されているが、パリ協定の「2℃目標」や「1.5℃目標」の達成の見込みはあるか。

白山

差し迫ったニーズがあれば、技術は急速に進歩するものだ。地球全体の熱量が増えていることは紛れもない事実であり、二酸化炭素の大気中濃度の上昇が桁違いに加速していることも否定できない。

海水温の上昇も、長期的な観測データに基づき証明されている。これは氷河のフロントライン後退にも表れている。

人間活動による地球環境の変化を示すエビデンスを挙げればきりがない。将来的にカーボンネガティブにしなければならないことは、誰の目にも明らかだ。

カーボンネガティブを実現するには、大きなイノベーションを起こす必要がある。海に多くの炭素を吸収させるアイデアや、水素社会を目指すアイデアなど、色々とイノベーションの種はある。

実現に向けて科学が前進するか否かは、そこにどれだけ人材と資金が投入されるかにかかっているだろう。

加藤

こうした状況下、企業には何ができるか。温暖化や海洋酸性化など環境変動が海洋生態系へもたらす影響をどう考えればよいのか。

白山

「自然環境をコントロールして儲ける」考え方から、「自然の力を巧みに利用して生産活動に生かす」考え方へと、発想の転換が求められる。

ある環境経済の研究者によると、森林を伐採し牧場を開拓して儲けるよりも、森林を維持しながら経済活動の便益を上げるほうが、長期的にはより多くの収益を上げられるそう。

これが何を物語っているかというと、自然を破壊するよりも自然の力を使って収益を上げるほうが賢明だということ。

人間が自然環境をコントロールして収益を上げようとすると、莫大な人的資源やエネルギーを投入しなければならない。その結果、コストが嵩む上、長期的な収益は見込めない。

SDGsは単なるconservation=保全ではなく、あくまでdevelopment=開発。

人間の経済活動の規模拡大を目指している。そこに持続可能性の視点を入れたとき、いかに自然の持つポテンシャルを上手く活用した生産活動を追求できるかが、重要になってくる。

地球のキャパシティには上限があり、現状ではまだ上限に達していないという前提で「持続可能な開発」が掲げられている。

しかし、長期的なスパンでは必ず限界が訪れる。

上限が近づくにつれ、厳しい世の中になるだろう。人口が急増し、地球のキャパシティが一杯になれば、人間同士ないし国同士の資源の奪い合いが起きる。

我々の生きる世代では到来しないかもしれないが、遅かれ早かれそのような現実に直面する日が来る。

自然を上手く活用し、1人1人の資源の利用量を減少させることは、地球のキャパシティを広げることになる。

我々は地球のキャパシティを広げ、限界に達する日を遅らせる努力をしなければならない。人類全体の幸福は、その努力にかかっている。

本当に長い目で見れば月や他の惑星に住むこともあるのかもしれないが、1人1人がこのまま大量の資源を使い続けていれば早期に上限に達してしまう。少しでも多くの人が幸せになれる方向を希求したい。(白山)
本当に長い目で見れば月や他の惑星に住むこともあるのかもしれないが、1人1人がこのまま大量の資源を使い続けていれば早期に上限に達してしまう。少しでも多くの人が幸せになれる方向を希求したい。(白山)

沖縄のサンゴ礁に導かれ海洋研究の道へ

加藤

海洋研究に携わるようになった経緯は。

白山

幼少時代、母方の田舎である三重県の海で遊んでいた原体験がある。

ちょうど大学受験の頃に三重県四日市市の公害が深刻化していたため、大学では工学を勉強して「公害のない化学工学を目指そう」と考えていた。

ところが大学でスキューバダイビングクラブに入り、沖縄のサンゴ礁を目にしたときの感動が転機となった。沖縄返還の翌年、1973年のことだ。

あまりに美しい海を前に、「壊れた海を治す努力も大事だが、壊れていない海を守る努力により意味があるのでは」と思い、以来、生物学を熱心に学び始めた。

その後、東京大学大学院の動物学教室へと進み、海洋研究所助手、助教授を経て瀬戸臨海実験所の教授となった。

修士ではサンゴ礁の研究に携わっていたが、海洋研究所が深海研究に恵まれた環境にあったため、博士では深海生物の生態学の研究に没頭した。

海洋研究所助手時代には、スミソニアン博物館ポストドクトラルフェローとなる機会にも恵まれた。

瀬戸臨海実験所には15年ほど在籍していたが、単身赴任を解消したいと考えていた時期に国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTIC)から声が掛かり、理事に就任した。

中学生時代の愛読書は高橋和巳の『散華』や中島敦の『山月記』。公務員の父を持つ身からしたら、そこに登場する主人公はとてつもなく非安定的でエクストリーム。フィクションとしてそんな人生が立ち上がってくる小説を、好んで読んでいた。(白山)
中学生時代の愛読書は高橋和巳の『散華』や中島敦の『山月記』。公務員の父を持つ身からしたら、そこに登場する主人公はとてつもなく非安定的でエクストリーム。フィクションとしてそんな人生が立ち上がってくる小説を、好んで読んでいた。(白山)
加藤

具体的にどのようなことを研究してきたか。

白山

深海に生息する体長1mm以下のメイオベントスという生き物の生態学と系統分類学に主に携わってきた。

メイオベントスはとにかく個体数が多く、わずかな資料を採取するだけである程度意味のあるデータを収集できる。通常の海では1㎡あたり100万匹ほど、深海でも1万匹ほどのサンプルが採れる。

採集した後はひたすら顕微鏡を使った作業になる。ラボでの研究は大変だが、サンプル採集が比較的容易であるため研究には有利な生物だ。環境影響評価などにも活用できる。

データは海図となり、未来を読み解く指針になる

加藤

研究に携わってきた数十年間で、環境の変化によるメイオベントスへの影響は見られたか。

白山

もちろん影響はあるが、影響には揺れがあり、一方向の変化とは限らない。

そもそも比較対象となる過去のデータと現在のデータの両方が揃っていなくては、話にならない。しかし過去のデータが揃っていることは稀だ。

ただ、幸運なことに、環境省のいくつかの事業で価値あるデータが集積されている。

例えば「海洋環境モニタリング」は、日本周辺の海洋環境を50年近くモニタリングしている事業。PCBなどの汚染物質や重金属といった物理化学のデータが主体だが、生物のデータも集めている。

また、15年ほど前に始まった「モニタリング1000」は、国内の1000地点で100年間にわたり生物多様性のモニタリングをしようという壮大な計画だ。1000地点は、森林から海まで様々な地点を網羅している。

さらに、2015年の国連サミットにおけるSDGs採択を機にサステナビリティに対する意識が高まったことで、企業にサステナビリティ関連の情報開示が求められるようになった。

その副次的な効果として、アーカイブが残るようになった。

統合報告書などにまとめられたデータは、現在の企業活動を評価する資料としてだけでなく、例えば10年後に未来を考える際の参考データとしても活用できる。

レビューする際に過去のデータの蓄積がないゼロベースの状態だと、広大な海を漂流するようなもの。過去のデータは海図となり、未来を読み解く指針になる。

加藤

実感として、生物多様性は失われているか。

白山

50年前のフロリダと現在のフロリダとでは、釣れる魚がまるで違う。私が最初に潜った1973年の沖縄の海と現在の沖縄の海も、全く異なる。

人為的にエネルギーを費やして懸命に保全しようとしているものの、かつての海の状態に比べたら随分と貧相になっている。生物多様性をはじめ、自然が大きく変化していることは間違いない。

とはいえ、何もせずに放置していたらより深刻な状態になっていただろう。

枯れそうだったランを何年もかけてここまで育てた。園芸が好きかと問われればそうではなく、育てられるのはランだけ。ランは数日間水をやらなくても耐えられるが、他の鉢はすぐに枯れてしまう。動物も飼えそうにないな。(白山)
枯れそうだったランを何年もかけてここまで育てた。園芸が好きかと問われればそうではなく、育てられるのはランだけ。ランは数日間水をやらなくても耐えられるが、他の鉢はすぐに枯れてしまう。動物も飼えそうにないな。(白山)
ランを前に白山義久先生

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ライター:

1985年生まれ。米国の大学で政治哲学を学び、帰国後大学院で法律を学ぶ。裁判所勤務を経て酒類担当記者に転身。酒蔵や醸造機器メーカーの現場取材、トップインタビューの機会に恵まれる。老舗企業の取り組みや地域貢献、製造業における女性活躍の現状について知り、気候危機、ジェンダー、地方の活力創出といった分野への関心を深める。企業の「想い」と人の「語り」の発信が、よりよい社会の推進力になると信じて、執筆を続けている。

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