2018年に誕生した「KITOWA」は、日本の香りの文化を現代に昇華させた、ラグジュアリーフレグランスブランドだ。
ブランド名は「木と和」を意味し、日本特有の繊細な美意識と、自然の恵みである和木が織りなす奥深い香りが、感性を揺さぶるような、唯一無二の世界観を創り出している。
しかし、このKITOWAの挑戦は、一朝一夕に生まれたものではない。その背景には、青雲や毎日香などの線香ブランドを持ち、450年の歴史を重ねてきた香十を源流に持つ、薫香業界トップの日本香堂の存在がある。
グローバルに薫香ビジネスを展開する日本香堂が、なぜ全く新しいフレグランスブランドに挑戦することになったのか。
それは、伝統を守ることだけを是とせず、常に革新を追い求めてきた、日本香堂のDNAに深く根ざしている。
今回は、日本香堂から独立し、事業会社として新たなスタートを切ったKITOWAの代表取締役 保科裕之氏と、創業メンバーの一人である尼野大吾氏に、その誕生秘話や、ブランド戦略、そして今後の展望について、話を伺った。
「KITOWA」誕生秘話 – 社内プロジェクトから生まれた挑戦
2015年、日本香堂では将来のビジネスの種を見つけるべく、複数の新規事業プロジェクトが立ち上がった。
その中で、保科氏、尼野氏を含む3人のメンバーによって提案されたのが、日本初のメゾンフレグランスブランドの創出という、当時としては非常にチャレンジングなプロジェクトだった。
「当時、百貨店やセレクトショップに並ぶ香水ブランドは海外ブランドばかりで、日本のブランドは一つもありませんでした。日本の香文化は長い歴史を持っているにもかかわらず、世界の香り業界で、海外のハイエンドブランドと戦えるような、日本の香りの会社がない。
これは、日本香堂のように、日本の香り文化と密接に関わってきた会社が挑戦すべきなのではないか、という想いが、プロジェクトの出発点でした」(保科氏)
しかし、社内では当初、戸惑いの声も少なくなかった。 「本当に売れるのか?」「価格設定が高すぎるのではないか?」といった声があがるのも事実だった。
「社内の反応は、ある意味予想通りでしたね。成功は反骨精神から生まれるもの。そうした声があったからこそ、逆に奮起することができました」(保科氏)
試行錯誤を繰り返しながら、プロジェクトメンバーは、日本の香料と西洋の調香技術を融合させた、全く新しい香りの開発に情熱を注いだ。そして、ついに商品化までこぎつけたとき、日本香堂の中興の祖である小仲正久会長から、独立を勧められることになる。
「会長は、長年、日本香堂を率いてきた経験と、鋭いビジネスセンスを持つ方でした。 『これは別会社でやった方がいい』と、会長に後押しされたことで、我々も覚悟を決め、2018年、株式会社KITOWAとして独立する道を選びました」(尼野氏)。
KITOWAの戦略 – 差別化とブランド価値の確立
フレグランス市場といえば、すでに多くのブランドがひしめくレッドオーシャンだ。
その中で、新興ブランドであるKITOWAがどのようにして独自のポジションを築き、顧客に受け入れられていったのだろうか。
「我々は、最初から『安易に規模を追わない』ということを徹底しました。百貨店や高級セレクトショップなど、ブランドイメージに合致した場所に販路を限定し、顧客との接点を厳選することで、KITOWAの世界観を丁寧に伝えていく道を選んだのです」(保科氏)
KITOWAの競争戦略において、特に重要だったのが「ブランド」そのものを差別化要因として確立することだった。
「競合ひしめく香り業界で、どのようにビジネスを展開していくか。 我々は、競争戦略の視点に立ち、まず『日本初のメゾンフレグランス』というホワイトスペースにポジショニングしました。 つまり、競合と戦うのではなく、唯一無二の存在になることを目指したのです」(保科氏)
「そして、このポジションを支えるリソースとして、KITOWAでは『ブランド』を最も重要なものと位置づけました。 ブランドとは、複雑で、どうやって作ったらいいか誰にもわからないからこそ模倣困難であり、競争優位性を生み出す源泉となります。 我々は、KITOWAに関わる一人ひとりの哲学や強い想い、プライドこそが、このブランドを形作っていると信じています。 目に見えない無形のものだからこそ、真似できない価値があると考えたのです」(保科氏)
商品や香りの品質はもちろんのこと、販売戦略、デザイン、プロモーション、顧客とのコミュニケーションに至るまで、すべてに彼らの哲学が反映されている。
KITOWAは、目に見えない価値を徹底的に磨き上げることによって、唯一無二のブランドとしての地位を築き上げてきたのだ。
著名人による口コミと共感の広がり
立ち上げ当初は、売上も思うように伸びず、厳しい時期が続いた。しかし、転機が訪れたのは2020年頃のこと。
著名なインフルエンサーがKITOWAを気に入り、SNSで紹介してくれたことがきっかけで、一気に注目が集まったのだ。
「ブランドの哲学に共感してくださるお客様に、少しずつ、丁寧に届けていきたい。そう考えていましたが、当初はなかなか思うように認知が広がらず、苦しい時期もありました。そんな中、著名なインフルエンサーの方々が『KITOWA』を気に入ってくださり、自身のSNSで紹介してくれたのです。 それが大きな話題となり、これまで以上に多くの方に『KITOWA』を知っていただくきっかけになりました」(保科氏)
「自分たちが本当に良いと信じて作り上げたものが、影響力のある方々によって高く評価され、拡散されていく。それは、我々にとって大きな喜びであり、自信にも繋がりました。 同時に、これまで以上に気を引き締め、ブランドの価値を守り続けなければいけないという責任も感じました」(尼野氏)。
世界を見据えた戦略 – 中東市場への挑戦
KITOWAは、日本国内だけでなく、世界を視野に入れたブランドとして誕生した。その中でも、特に力を入れているのが中東市場だ。
「中東といえば、香水の愛用率が高いことで知られています。そして、彼らは日本の文化や製品に対して、非常に高い関心と敬意を持っている。高品質な日本のフレグランスは、必ず受け入れられると確信していました」(保科氏)
2019年、アラブ首長国連邦のアブダビで開催された展示会への出展は、KITOWAにとって大きな転機となった。
そこで出会った人々との交流を通して、中東市場における「KITOWA」の可能性を確信したのだ。
「展示会では、想像を遥かに超える反響がありました。ブースに立ち寄ってくださった方々が、日本の香りに興味津々で、熱心に説明を聞いてくださったのが印象的でしたね。そこから何度も中東各国に足を運び、大使館や有力者と面談し、最終的にバーレーンに拠点を設けることにしました。
バーレーンは、法人税や所得税がほとんどなく、イスラム教の規制も緩やかで、ビジネスしやすい環境が魅力です。 また、経済の中心であるサウジアラビアと橋で繋がっており、地理的にも非常に魅力的でした」(尼野氏)
そして2024年、「KITOWA」はバーレーンに物流拠点を設立。現地パートナーと協力し、本格的な中東市場への進出を果たした。
今後の展望 – グローバルブランドを目指して
KITOWAは現在、全く新しい香水の開発にも力を入れている。それが、アルコールを一切使用しない、水性香水「オー・エクロジオン」だ。
「香水はアルコールベースが当たり前」という固定概念を覆し、独自の技術で開発された「オー・エクロジオン」は、肌へのやさしさと、香りが長く続く持続性を両立。
香水業界に新風を吹き込むと同時に、「KITOWA」が目指す、日本発のグローバルブランドへの道を、より確実なものにするだろう。
「『オー・エクロジオン』は、我々の挑戦の象徴となる商品です。 香水の本場であるフランスでさえ、珍しい水と香料だけで作る香水です。
開発は困難を極めましたが、妥協することなく、こだわり抜いた結果、自信作が完成しました。 この香りが、世界中の人々に愛され、日本から新しい香りの文化を発信していくことができれば、こんなに嬉しいことはありません」(保科氏)
老舗企業の挑戦は、伝統を守ることだけを意味しない。むしろ、その長い歴史の中で培ってきた技術や精神を革新の源泉として、新たな価値を創造していくことこそが、未来への道を切り拓く鍵となる。
日本香堂がKITOWAを通して世界へ届ける、日本の香りの新たな物語に、これからも目が離せない。
KITOWAについては、2024年9月に日経MJの連載、老舗リブランディングでも取り上げています。日本経済新聞電子版に記事が掲載されています。▶こちらから