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佐藤二朗「もうフジとは関わりたくない」橋本愛との『夫婦別姓刑事』騒動で露呈した“現場崩壊”

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佐藤二朗
佐藤二朗 公式Xより

俳優の佐藤二朗が、フジテレビに対して「もう関わりたくない」と言い切った。4月期ドラマ『夫婦別姓刑事』をめぐるハラスメント報道、フジテレビの経緯説明、そして佐藤の再反論。表に出ている言葉だけを追えば、佐藤と橋本愛の間で起きた衝突に見えるが、撮影前の情報共有、現場での距離感、トラブル後の説明までをたどると、主演二人を同じ現場で守り切れなかった制作側の危うさが浮かび上がる。

 

 

佐藤二朗がフジテレビに突きつけた「決別」

佐藤は7月7日夜、自身のSNSを更新し、同日にフジテレビが公表したドラマ制作をめぐる経緯説明を受けて「フジテレビは、なぜ、そこまで片方だけに寄り添うんでしょうか。残念です」と投稿した。さらに、出演していた映画『踊る大捜査線 N.E.W.』についても、本広克行監督や関係者に謝罪したうえで「映画本編も、僕のところは全てカットしてほしい」と踏み込んだ。最後に置かれた「僕は心から、もうフジとは関わりたくないです」という一文は、怒りをぶつけるだけの言葉ではない。自分の出演作にまで傷が及ぶと分かっていて、それでも名前を消してほしいと言わずにいられなかった俳優の拒絶である。

フジテレビは主演二人に負担をかけたとして謝罪したが、佐藤はその説明に、自分の側の事情が十分に扱われていないと受け止めた。局が事実関係を並べて火を消そうとしても、当事者のひとりが「片方だけに寄り添っている」と感じた時点で、説明文は鎮火どころか、新しい火種になる。現場で起きたズレが、放送後の文書によってさらに深くなった形だ。

 

『夫婦別姓刑事』はなぜこじれたのか

騒動の舞台となった『夫婦別姓刑事』は、佐藤二朗と橋本愛がW主演を務めたフジテレビの連続ドラマである。夫婦であることを隠しながら刑事として事件に挑む設定で、二人の距離感、掛け合い、空気の揺れが作品の見せ場になるはずだった。佐藤といえば、独特の間、アドリブ、相手の反応を引き出す芝居で知られる俳優である。その持ち味を期待して起用したのであれば、制作側は、相手役との距離感について最初から慎重に設計しておく必要があった。

一方で、橋本側には身体接触に関する配慮事項があったとされる。フジテレビの説明では、キスシーンやベッドシーンがある場合は事前相談し、必要に応じてインティマシーコーディネーターを関与させることなどが条件として示されていたという。制作側はその情報を佐藤の所属事務所には伝えたが、佐藤本人には当初共有されていなかったと説明している。夫婦役として近い距離で芝居を組み立てる俳優に、相手役の配慮事項が直接届いていない。その状態で撮影が始まれば、現場の足元に見えない段差が残る。

撮影中には、台本にない形で橋本の顔に触れる場面があったとされる。ただし、フジテレビはこの接触自体について、橋本側も同社もセクシャルハラスメントとは受け止めていないと説明している。問題は、その後のやり取りで大きくなった。撮影を進める中で、アドリブによる身体接触や距離感の近さが気になる場面があり、橋本側から制作側へ、配慮事項が佐藤側に伝わっているか確認が入ったという。佐藤からすれば、夫婦役として作ってきた芝居に、後から見えない線を引かれた感覚があったはずだ。橋本側からすれば、事前に伝えた配慮が、現場でどこまで共有されているのか不安が残ったのだろう。どちらかの感情だけを切り取れば話は簡単になるが、実際には、制作側が最初に整えるべき説明の不足が、主演同士の間に持ち込まれている。

 

長谷川豊氏が指摘した「フジ制作陣も被害者に近い」という見方

この点について、フジテレビOBの長谷川豊氏は自身のXで、責任の所在について私見を述べている。長谷川氏は、フジに最終的な現場責任があることは認めつつも、橋本側の事務所が初動で判断を誤ったという趣旨の見解を示した。配慮事項があり、相手役の演技や距離感に影響するのであれば、まず共演者へきちんと伝えるべきだったという考えである。

長谷川氏は、橋本本人ではなく事務所の対応を問題視した。フジテレビに判断を委ねたこと、伝達をフジ側に任せたことが、結果として橋本本人を守れない形になったという見立てだ。さらに、佐藤にとっても、何カ月も役作りをして現場に入ったあとで、突然事情を知らされる状況は理不尽に映ったはずだとし、佐藤に同情的な姿勢を示した。フジテレビOBとしての見方である以上、そこには局側の現場感覚もにじむ。制作側がすべての責任を免れるわけではないが、橋本側事務所、フジテレビの間で、誰が何を伝えるのかが曖昧だったことは、この騒動をより複雑にした。

 

「ハラスメント」か「助言」かに押し込めた瞬間、見えなくなるもの

佐藤はその後、橋本の楽屋を訪れ、演技に制約があるなら事前に共有すべきだったという趣旨や、俳優を続けるべきではないのではないかという趣旨の発言をしたとされる。フジテレビ側は、この言動について外部弁護士が「受忍限度を超える精神的負荷」を与えるものとしてハラスメントと評価したと説明した。ここから世論は割れた。佐藤の発言は先輩俳優としての助言だったのか、それとも相手のキャリアを否定する強い言葉だったのか。その二択で語りたくなるが、そこに押し込めた瞬間、制作側の責任が薄れてしまう。

ただ、佐藤だけに責任を寄せて整理するのはあまりにも乱暴である。本人に重要な情報が共有されていなかったとすれば、佐藤もまた十分な説明を受けないまま、現場のズレを背負わされた側だからだ。本来なら、佐藤が楽屋に行く前に、プロデューサーやマネージャー、第三者を交えて話すべきだった。直接対面で感情がぶつかる前に、誰かが止めるべきだった。現場を仕切る側がそこを預からなかったから、主演同士が正面から向き合うしかない形になった。

 

主演二人を守れなかったフジテレビの責任

『夫婦別姓刑事』は、夫婦で刑事という距離の近さを売りにしたドラマだった。その作品で、主演二人の間に必要な情報共有が曖昧だった。アドリブを期待したのか、制限を優先したのか。身体接触をどこまで認めるのか。相手役へ誰が説明するのか。ひとつひとつの確認を怠った結果、視聴者が見るはずだったドラマの外側で、主演たちが消耗している。

佐藤二朗の「もうフジとは関わりたくないです」という言葉は、感情的な捨てぜりふとして片づけるには重すぎる。橋本愛を守ることと、佐藤二朗を孤立させないことは、本来なら両立できたはずだ。その両方を成立させられなかった現場が、いまさら長文で事情を並べても、失った信頼は簡単には戻らない。主演を守れない現場が、いい作品だけは作れると思っていたのなら、その思い上がりこそが一番痛い。

 

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ライター:

Webライター。きれいごとだけでは済まない現実を、少し距離を置いて綴っています。

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